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東北出身の絵本作家・あいはらひろゆきさんによる10年前の”あの日”の絵本『笑顔が守った命』

もうすぐ、3月11日がやってきます。多くの人の記憶に今も強く残る「東日本大震災」の日です。
あれから10年。みなさんはどんな10年を過ごしてきましたか?
「くまのがっこう」シリーズ(ブロンズ新社)や『はっはっはくしょーん』『ひっひっひくしょーん』(KADOKAWA)を生み出してきた絵本作家のあいはらひろゆきさんは、宮城県仙台市出身。あいはらさんにとって、この10年は地元であり被災地となった東北と歩み続けた10年だったそうです。
2020年、自らが代表を務める出版社「サニーサイドブックス」を立ち上げたあいはらさんが、3月11日に出版するのは10年の節目に最も伝えたかった作品です。

被災保育所の慰問を10年続けている作者だからこそ書けた渾身の感動作!

笑顔が守った命~津波から150人の子どもを救った保育士たちの実話

東日本大震災当日、仙台市中野栄あしぐろ保育所で実際に起きた愛と勇気の実話。大津波に襲われた保育所で150人の子どもたち全員を必死で守り抜いた保育士たちの感動の物語。今年2021年は東日本大震災からちょうど10年。ともすれば震災の記憶が風化しかねない今こそ、子どもたちに語り継がなければならない命の物語。

未曽有の大災害の中で、実際に起こったエピソードが絵本になりました。

この絵本は、2011年3月11日のあの日、宮城県仙台市内にある「中野栄あしぐろ保育所」で実際に起こったことを、とても忠実に描いています。

2011年3月11日、その日はいつもと変わらない、気持ちよく晴れた朝だったそうです。
午後2時46分、園舎がつぶれてしまうのではと思えるほどの大きな地震が保育園を襲いました。

「私たち」という保育士さんの立場での語られる“あの日”の出来事は、とても真摯に、実直に私たち読者の心に届いてきます。実際に保育士さんたちがどのように判断して、子どもたちを守るために行動をしたのか、あの震災を少しでも体験した私たちには、そのときの大変さが、自分たちの3.11とも重なって絵本から伝わってくることでしょう。

おはなしの中には、津波が襲ってきたショッキングな場面も忠実に描かれています。

しかし、おはなしの中から、悲壮感や絶望感というマイナスの感情が伝わってこない。絵本を読むと、そう感じる読者も多いと思います。一番に伝わるのは、保育士さんたちの前向きな姿。子どもたちの笑顔を守ろうとする、一生懸命な姿です。おはなし全体を通して、明るく前向きなメッセージが伝わってくる作品だからこそ、「震災のことはまだ冷静に振り返るのが難しい」。そう感じている人にも、手に取っていただきたい一冊です。

余震の続く中、子どもたちと一晩過ごした保育士さん。笑顔を絶やすことなく、接し続けたそうです。
泥水の中、保育園に駆け付けた佐藤所長。その姿はヒーローそのものでした。

「被災地出身の絵本作家として」あいはらひろゆきさんの思い。

作者のあいはらひろゆきさんの出身地は宮城県仙台市。広瀬川の河原で毎日のように走り回っている子ども時代を過ごしたそうです。そんな思い出深い地元が、突然東日本大震災の「被災地」となったとき、あいはらさんは真っ先に、地元の保育園への訪問を考え、行動を起こしました。絵本のモデルとなった「中野栄あしぐろ保育所」との交流はそれから10年間、毎年、行われています。
なぜ、10年経った今、あの日の出来事を絵本にしようと思ったのか、あいはらさんはあとがきにその思いを綴っています。

震災を知らない子どもたちの心に、しっかりと「あの日」を残すために。

震災から1か月、被災した仙台市の中野栄あしぐろ保育園を慰問したとき、最初に強く印象に残ったのは先生たちの明るい笑顔だった。暗く、疲れ切った表情を想像していた僕は正直とても面食らった。でも、それから10年、毎年保育所に足を運ぶ中で、それがこの保育所のすばらしさであり、先生たちの底知れぬ強さなのだということが少しずつわかってきた。
つらい状況であればあるほど、子どもたちを不安にさせないために「笑顔」こそが何よりも大切であることを彼らは知っていた。恐怖と不安で泣き崩れそうになりながらも、彼女たちは必至で笑顔を向け、そうやって子どもたちの心を支え続けたのだ。
被災地出身の絵本作家として、ぼくにはやらなければいけないことがあった。被災から時が経ち、支援の手が少なくなり、人々の記憶から風化していく中で、震災を知らない子どもたちの心にしっかりと「あの日」を残すために、絵本を作らなければならない。あしぐろの先生たちが笑顔で子どもたちを支えた、その姿をしっかりと語り継がなければならない。震災10年を前になんとかその思いを形にすることができた。
先生たちから取材した「あの日」のことは、どれも感銘を受けることばかりだった。震災直後、マニュアルにあった園庭ではなく2階への避難を即座に指示した曾澤先生の的確な判断がなければ、子どもたちは津波に飲み込まれていただろう。胸まで水に浸かりながら保育所に戻った佐藤所長の命がけの勇気がなければ、先生たちの心は折れていたかもしれない、そして、若い先生たちの愛情と忍耐がなければ、決して子どもたちを守り通すことはできなかっただろう。
ぼくは、そんな彼女たちを心から尊敬してやまない。
そして、各地で同じように、必死で子どもたちを守ったすべての保育士たちにも心から感謝の言葉を伝えたい。

この絵本は、そんなすべての勇気ある人たちに捧げる。

あいはらひろゆき

あいはらひろゆきさんミニインタビュー

―― 10年間にわたり「中野栄あしぐろ保育所」へ慰問を続けられたとのことですが、絵本作りの構想はいつ頃から具体的に進められたのですか?

慰問をはじめて2、3年目の時からずっと考えていました。ただ、思い出したくないこともたくさんあるはずで、また、とても重いテーマなので、ちゃんとした作品にできるかの不安も大きく、保育所側にお話する勇気がなかなか出ませんでした。出版社に相談しても、出版に対して前向きな返事はもらえず、どうしたらいいのか悩んでいました。
2020年の自分の出版社を作ったことで、壁をひとつ越えられて、2021年の震災10年までにどうしても出さなければいけない、被災地出身の絵本作家として絶対にやらなければいけない責任があるという強い思いで、勇気を奮い起こして、保育所に相談をしました。先生たちは快く受け入れてくれて、コロナ禍だったこともあり、オンラインで取材をしておはなしを書きました。

―― ちゅうがんじたかむさんが絵を担当されていますが、『はっはっはくしょーん』や『てあらいマンとうがいひめ』ともまた違ったタッチで描かれていて、とても印象的です。ちゅうがんじさんにはどのようなタッチをお願いされたのでしょうか?

ちゅうがんじくんは、実は人物描写がとても繊細で、動物を描くほうが苦手なのです(笑)。一緒に保育所に取材に行き、先生に子どもを抱きしめてもらったり、昼寝をしている子どもたちの姿とか、一日中スケッチを繰り返し、できるだけリアルに描くように努力しました。彼もあしぐろ保育所を慰問した経験があり、震災への強い思いがあったので、その気持ちが今回のすばらしい絵に出ていると思います。

――絵本ナビユーザーへメッセージをお願いします。

絵本が完成した後、あしぐろ保育所で読み聞かせ会をしましたが、当時の園児で今は高校生になった子どもたちがた、元気に成長した姿でたくさん集まってくれました。あのとき先生たちが守ったから、今この子たちはここにいるんだと思うと、涙が出ました。
東日本大震災に関する絵本は驚くほど少ないです。暗い話が多く、子どもたちに読ませたくないと思うのかもしれません。でも、この絵本のようにたくさんの保育士や先生、保護者や一般の大人たちがあの時必死で子どもたちを守った、だから、今君たちは元気でいられるんだよ、君たちはそれだけ社会から愛されているんだよ、だから未来を信じて生きていこうというメッセージを子どもたちに伝えてもらえたらと思います。

2021年3月9日、日本テレビ系列「news every.」で『笑顔が守った命』が放送されます。

『笑顔が守った命』の絵本制作現場と、あいはらひろゆきさんが「中野栄あしぐろ保育所」へ慰問に伺っている様子の密着取材が、日本テレビ系列「News every.」で放送されます!
あいはらさん自らが絵本について語る、貴重な機会。ぜひチェックしてくださいね。

放送日:2021年3月9日(火) 日本テレビ系列「News every.」内 放送時間:15:50~19:00

掲載されている情報は公開当時のものです。
絵本ナビ編集部
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