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アメリカの高校生が原爆の是非を討論!人種やバックグラウンドの違う8人が語る『ある晴れた夏の朝』

大人にも読んでほしい!アメリカ在住の著者が問いかける、戦争の歴史と記憶

戦争は悪いこと。もちろん原爆なんてもってのほか。

そう当たり前のように教わってきた日本人が海外ではじめて受ける衝撃的な事実は、実際に日本人以外の人と「戦争」「原爆」について語らないと知る由もありません。宗教観、倫理観、育った環境や考え方、国際情勢における国の立ち位置により、全く異なる意見をそれぞれの人が持論として展開する、そんな状況で、あなたは自分の意見をちゃんと言えますか。そもそも、あるテーマについてしっかりと相手の意見を聞きつつ、自分の意見を討論するような環境は、日本ではなかなかお目にかかれません。

 

ご紹介したい児童書は、2018年7月に発売された『ある晴れた夏の朝』。中学生からおすすめのこの本の舞台は、「原爆」の被害者であった日本ではなく、当時加害者であったアメリカが舞台。人種やバックグラウンドが異なる8人のアメリカの高校生が、原爆投下の是非について討論していく物語です。


物語は、日系アメリカ人のメイが、学校の人気者・ノーマンとスコットに、夏休みに行われる公開討論会に出ないかと誘われるところから物語は展開していきます。テーマは「原爆投下は本当に必要だったのか」。肯定派と否定派にわかれた8人の高校生たちは、自分たちの主張を展開していくため、資料を集め、それぞれ出自のちがう家族の話を聞いて考えを深めていきます。4回に渡って行われた公開討論会は、回を追うごとに白熱し、観客が増えていきます。果たして勝敗の行方は?

 

当事者ではない若者たちが自分たちなりに考え議論していく様は大変興味深く、それぞれの個人的なエピソードから社会的背景が見え隠れする複雑な現代社会の構図を知るきっかけにもなります。この本を読むことは、当たり前だと思っていたことが当たり前ではないという真実を知ること、固定概念に縛られていた人は目の前が開け、日本だけではなく世界のこと考えるスタート地点に立たされるということ、今までの考え方や視点から解き放たれ、より視野の広い人間に成長できるように後押ししてくれる本だと思います。

 

2020年に入り、待ったなしで世界全体で立ち向かわなければならない時代へと突入しました。それは、より一層、自分自身の意見や考えを世界から求められる場面が増えるという事実を意味しています。子どもたちに「考える」機会をたくさん与えて、自分なりの答えを導き出せるよう、応援してあげたいですね。

ある晴れた夏の朝

アメリカの8人の高校生が、広島・長崎に落とされた原子爆弾の是非をディベートする。肯定派、否定派、それぞれのメンバーは、日系アメリカ人のメイ(主人公)をはじめ、アイルランド系、中国系、ユダヤ系、アフリカ系と、そのルーツはさまざまだ。はたして、どのような議論がくりひろげられるのか。そして、勝敗の行方は?

肯定派?否定派?気になる8人の登場人物

 アメリカに住んでいるという共通点以外は、人種も考え方も異なる8人。メイは、同じ日系アメリカ人のケンがどうして肯定派にいるのか疑問に思いますが、彼の主張を聞いて、同じ日系人ではあるけれど、実は出自についての意識が自分とはまったく違うということに気がつきます。

 

 被爆国・日本としての考え方や資料などになじんできた私たちにとって、この本に出てくるような対戦国・アメリカで語られている歴史や主張は、初めて耳にするようなことばかりです。この本を読み終えると、ひとつの事実を多面的に捉えることで、冷静にものが見えてくるということにも気づかされます。

 8月は広島・長崎に原爆が投下された月です。ぜひこの本を手にとって、あなたなりの考えを展開させてみてください。

「原爆は正しい行為」原爆肯定派を主張するメンバー

ノーマン(リーダー)
ニューヨーク州生まれ。アイルランド系。愛称は「スノーマン」。成績はトップクラス。スポーツ万能でも有名。特技はアイスホッケー。
「広島は原爆投下を受けた、受けて当然であった、原爆投下は正当な行為であったと、日本では日本人教師が生徒達に教えている。つまり、日本人は原爆を肯定している」
 

ケン
ニューヨーク州生まれ。日系アメリカ人。ヤンキースファン。将来はミュージシャンになりたい。
「真珠湾攻撃でアメリカに戦争をしかけたのは日本なんだ。原爆は正しいリベンジだった。日本はぼくにとって、アメリカに戦争をしかけてきた外国なんだ」 

ナオミ
マサチューセッツ州生まれ。ユダヤ系。趣味はガーデニングとバードウォッチング。
「私は原爆投下を、断固、肯定します。なぜなら当時の日本は、ドイツの同盟国であったから。ナチス・ドイツの同盟国ですよ! 許せません、そんな国!」

エミリー
マンハッタン生まれ。チャイニーズ・アメリカン。小説家志望。好きな作家はハルキ・ムラカミ。おしゃれが大好き。
「日本兵に殺された中国の一般市民こそが、罪もない人々なのです。原爆投下は、罪もない中国人の苦しみに対する報復であり、正当な行為だったのです」 

「原爆は人種差別の上に成り立った」原爆否定派を主張するメンバー

ジャスミン(リーダー)
ハワイ州生まれ。反戦・平和運動家。スピーチがとてもうまく説得力がある。
「原爆の投下の根もとにあったものは、人種差別ではなかったか。日本がもしも白人の国家であったなら、アメリカはあのように原爆を落としたでしょうか」

メイ
主人公。日本生まれ。日系アメリカ人。4歳まで日本に住んでいた。
ミドルネームは「さくら」。
「ヨーロッパで戦士したアメリカの日系人部隊には、両親が広島出身の兵士がひじょうに多かった。その出身地に原爆を落とした残酷さを想像してみてください」

 

 

スコット
ニューヨーク州生まれ。小学生のときと中学生のとき2回飛び級をした天才。愛称は「天才スコット」。猫が大好き。
「当時、戦争を望んでいなかったアメリカ国民を説得するためには『卑怯な真珠湾攻撃』が、なくてはならないきっかけだったのです。

 

ダリウス
ワシントンDC生まれ。将来は医師になりたい。趣味は漫画を描くこと。
「長い間、黒人は白人社会から締め出されてきた。だからといって俺たち黒人が白人を処罰していい、という議論は成り立たない。そういう考え方を持っている限り人類に平和は訪れない」

編集者からのメッセージ

反戦をテーマにした児童文学は、ほぼその刊行国の視点で描かれる場合が通例ですが、この作品は、日本人作家による、アメリカ側の視点で描かれた物語です。メインテーマは原爆の是非になっていますが、それぞれの登場人物のおかれた立場から、真珠湾攻撃、日中戦争、ナチズム、アメリカマイノリティなど、話が「アメリカの現代史」に及んでいきます。「先の日本で行われた戦争とは、なんだったのか」。日本の若い読者が、対戦国であったアメリカのいまの若者たちの姿を通して、戦争の歴史と記憶について考えるきっかけになればうれしいです。

著者プロフィール

著:小手鞠るい(こでまりるい)


1956年岡山県生まれ。1993年『おとぎ話』が海燕新人文学賞を受賞。さらに2005年『欲しいのは、あなただけ 』で島清恋愛文学賞、原作を手がけた絵本『ルウとリンデン 旅とおるすばん 』でボローニャ国際児童図書賞(09年)受賞。1992年に渡米、ニューヨーク州ウッドストック在住。主な作品に、『エンキョリレンアイ』『望月青果店』『思春期』『アップルソング』『優しいライオン やなせたかし先生からの贈り物』『きみの声をきかせて』『星ちりばめたる旗』『炎の来歴』など。

イラスト:タムラフキコ(たむらふきこ)


長野県生まれ。京友禅工房、アニメーション背景会社を経て、安西水丸氏にイラストレーションを師事。2006年にイラストレーターとして始動。書籍、雑誌、広告などを中心に活動中。装画作品に『たんぽぽ団地』『夏の果て』『自分なくしの旅』『アンネ、わたしたちは老人になるまで生き延びられた。』などがある

子どもだけはなく、今だからこそ大人にも読んでもらいたい児童書。

いろいろな人物の視点を知ることがどれだけ大切か、いろいろなことを考えさせられます。「ディベート(討論)する」こと自体に慣れていない日本人にとって、討論することの重要さに改めて気づかされます。自分以外の人間とあるテーマについて話し合うこと、それは子どもたちだけではなく、大人たちもすすんで行っていくべきなのではあいでしょうか。この夏の読書にオススメの一冊です。

富田直美(絵本ナビ編集部)

掲載されている情報は公開当時のものです。
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