境界線がきえるとき…。
「ちょっと、そんなに食べるなよ!」
これは、炊飯器にある残り少なくなったご飯を真剣に奪い合う父と息子の会話。親子という境界線が一瞬きえています。
「これ、私の方が似合うみたい」
そう言いながら旦那さんと服を共有しているのは、男女の境界線がなくなりつつある夫婦。
「今度こそあのチームに絶対勝つ!」
普段はケンカばかりしているのに、肩を組んで一致団結する瞬間。これはライバル同士という境界線が溶ける瞬間。
「どうしてもあの上司が苦手。」「わかる、わかる。」
これは、普段は緊張感ある空気で境界線を作っていたくせに、共通の敵を見つけると意気投合しがちな一般大人女子たち。
…どうでもいいほど些細な出来事の羅列。だけど、こうして境界線が消える瞬間というのを並べてみると結構どれも同じ仕組みが見えてくるものです。性別、年齢、国籍……どんどん境界線が太く大きくなっていったって、消える瞬間の仕組みっていうのは案外同じなのかもしれません。
だけど、これほど深い境界線が溶けてなくなる瞬間というのは聞いたこともありません。
それが「ほんとうの話」というのだから強烈なのです。
森のおくから むかし、カナダであった ほんとうのはなし
「想像の力」があれば、どんな事だって起こりうる絵本の世界。だから面白いし、夢中になれるのだけれど、時にはしばらく頭から離れないほど印象に残る「ほんとうの話」というのもあるんだと驚かされたのがこの絵本。
今から100年ほど前に、カナダでほんとうにあった話です。
もうすぐ5歳になるアントニオが住んでいたのは、深い森に囲まれた小さな町ゴーガンダ。おかあさんが湖のほとりに立っている3かいだてホテルをやっていたのです。近くに子どもがいなかったので、アントニオの友だちは、ホテルで働く大人たち。そして、食堂のはしっこの台所の奥にある小さな部屋がアントニオの寝る部屋。2階の客室のドアが開いていれば中をのぞいてまわり、2段ベッドがずらりと並んだ3階の部屋では猟をする人や木を切る人たちと、夜までにぎやかに過ごします。アントニオはこの部屋が一番のお気に入りでした。
動物を探しに森の中もひとりで歩きます。でも、普段は動物はめったに姿を見せません。猟師がいたり、罠があったりするからです。もっと奥の方に隠れているのです。
その夏、森から煙が出ているのに気がつきます。おそろしい山火事が起きたのです。あっという間に燃え広がり、逃げる場所はただひとつとなりました。湖です。町にいた全ての人たちが湖に浸かります。でもそれは、動物たちも同じでした。その時、目の前で繰り広げられたのは思いもよらない光景で…。
それは、絵本の中でも息を飲む瞬間。アントニオと同じく、読者もきっといつまでも忘れないことでしょう。人間と動物を隔てていたものがなくなった、その時間のことを。
(磯崎 園子 絵本ナビ編集長)
読み終わって数日経った今も鮮烈に頭に残っているその場面。子どもの時に読んでいたら、きっと大きな体験の一つとして体に残っていったでしょう。境界線がきえる…誰もに共通する一つの大きな夢でもあるのですから。
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磯崎 園子(絵本ナビ編集長)
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