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【編集長コラム 大人が楽しむ絵本】持て余してるのは「今の気分」。

なんだか広くて落ち着くテーブルがあったから、そこにパソコンと資料を広げて仕事を始める。しばらくすると人の気配があって、あっそうだここはカフェなんだと思い声をかける。

 

「コーヒーをいただいてもいいですか?」

 

人の良さそうなその人は、軽く会釈をした後、またすぐにどこかに行ってしまった。テーブルがすごく広いので、持っている資料をどんどん広げ、軽快にキーボードを叩く。ああ私、集中してるな。仕事をしている自分にちょっと浸っていると、いい香りがするので振り向くとさっきの人がコーヒーカップを手にしながら話しかけてくる。

 

「こういう仕事をされているんですね」

 

私は嬉しくなって、そうなんですと具体的に説明を始めると熱心に聞いてくれるので、どんどん続ける。私がやりたいのはこういうことで、でも大変なこともあって、だからこそ楽しくて。いくら話しても聞いてくれるので、一緒に仕事をしている人のことや尊敬している人のことまで話す。

 

「ぼくもその人と仕事をしたことがあるんだけどね」

 

そう言って、彼もすごく面白い話をしてくれる。自分の仕事場から資料を取り出しながら説明をしてくれる。気が付くと、その人の隣にはさらにもう一人。彼女は自分の名前が載っている冊子を見せてくれ、みんなで感動して喜ぶ。そうこうしているうちに、私は実家からの帰り道だったと思い出し、自分のかばんに入っている荷物一つ一つをテーブルに出しながら説明をしていく。このお菓子は必ず用意してもらっていて帰りには少し持ってかえるのだとか、これだけの洋服があれば何日あっても大丈夫とか、これは家族で車で出かけた時のお土産なんだとか、最近あまり帰れないけれど声だけは聞くようにしているのだとか……すごく迷ったけど今回は帰るのはやめたのだとか……あれ?

 

おかしいな、と気が付いた瞬間に目が覚める。そうか夢だったか。そりゃあそうか。じゃないと見も知らぬ人があんなに話を聞いてくれるはずもないし、知り合いだとしても私のかばんの中に入ってるもの一つ一つについてのエピソードを永遠に聞いてくれる人など存在しないだろう。だけど彼らは聞いてくれた。もっと話がしたい、もっと聞いてもらいたい、あの店に行きたい! (お店だったのかな?)もう一度目をつぶって夢の続きを見ようと試みるも、下心が邪魔してもちろん上手くいかない。

 

諦めて寝床からはい出し、顔を洗って、ご飯のしたくを始めながらふと思う。そうか、今私が聞いてもらいたい話は仕事のことばかりじゃないんだろうな。いったい他の人はどうしているのだろう。人に聞いてもらうまでもないけれど、話したくてたまらなくなった時。そもそもそんなに話したいことなんてないのだろうか。それとも頭の中はおしゃべりでパンパンになっていたりするのだろうか。

 

例えばこんな「あめだま」があったら……聞いてみたいけど、ちょっとこわい!?

あめだま

あめだま

ひとりでビー玉遊びをするのが好きなドンドンが、ビー玉のかわりに文房具屋で見つけたのは6つのちょっと不思議なあめだま。形も大きさも色々で、模様がおもしろい。どこかで見たような……。チェック模様のあめだまを食べてみると、リビングから変な音が聞こえてきた。

「ドンドン…ドンドンくん、ここや、ここ…」

話しているのはソファーや、ソファーがもの言うてる! 驚くドンドンをよそに、言いたいことを次から次へと話すソファー。どうやらリモコンがはさまって痛いらしい。それからそれから。

これはすごい。ブチ模様のあめだまを食べれば、犬のグスリと話ができた。8年暮らしてはじめてや。 いつも口うるさく注意するパパだけど、あめだまを食べて聞こえてきたのはなんと……。

2020年にアストリッド・リンドグレーン記念文学賞を受賞したペク・ヒナの絵本の特徴は、なんといってもその人形と緻密なセット作り。この予測もつかないユニークなお話をファンタジーな世界だけで終わらせないのは、どこまでも具体的なのに魅力ある表現の幅と、実在感。特にドクドクの表情と、あめだまのビジュアルは一度見たら忘れることができないほど。独特の雰囲気がクセになります。

だけど、韓国からやってきたこの絵本が国境を越えて多くの人の心を捉えて離さないのは、もちろんそれだけではありません。画面全体から繊細にあふれてくる愛情です。ひとりぼっちに見える男の子だけれど、こんな風にちょっとしたきっかけで見えてくる気持ちだってあるはずです。

日本では、長谷川義史さんの関西弁の翻訳で、楽しく、どこか懐かしく味わうことができますよ。

(磯崎園子 絵本ナビ編集長)

うん。必要なことはちゃんとしゃべればいいし、伝えればいい。だけど私がちょっと大事にしたいのはそこから少しはみでた「気持ち」。本当は直接会えばその表情から読み取ることができるはずの、ちょっとしたおしゃべりで伝えられるはずだった「今の気分」。だけど、それが上手に処理できない。持て余してしまっているのだ、きっと。

 

そんな大人にぴったりな「あめだま」ってあるのかな。

磯崎 園子(いそざきそのこ)

「絵本ナビ」編集長として、おすすめ絵本の紹介、絵本ナビコンテンツページの企画制作・インタビューなどを行っている。大手書店の絵本担当という前職の経験と、自身の子育て経験を活かし、絵本ナビのサイト内だけではなく新聞・雑誌・インターネット等の各種メディアで「絵本」「親子」をキーワードとした情報を発信。
著書に『ママの心に寄りそう絵本たち』(自由国民社)がある。

文:磯崎 園子(絵本ナビ編集長)
イラスト:掛川 晶子

掲載されている情報は公開当時のものです。
絵本ナビ編集部
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