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編集長コラム 大人が楽しむ絵本

【大人が楽しむ絵本】天才が好き。だけど……『コーネリアス』

 

目の前で繰り広げられているのは、夢の世界。きらきら輝く氷の上、人形のような可憐な姿で、軽やかにくるくる回っているのである。

 

なんて素敵、なんて優雅。
まるで重力なんてないみたい。

 

風を切り、身体を思いっきり反らしたかと思えば、後ろを向き、さらには片足を上げ、気持ちよさそうに滑っていく。大きなジャンプを決めた後には、細かなステップで観客を盛り上げる。ああ、いいなあ……。

 

子どもの頃、テレビで見て衝撃を受けたのは、フィギュアスケートの世界。ひらひらと舞う衣装にも、真っ白なスケート靴にも憧れたけれど、何よりもあんなに気持ち良さそうに滑っているのが羨ましくてたまらない。

 

靴下を履いたまま、すぐに廊下でポーズを真似して滑ってみる。うん、悪くない。助走をつけて滑ってみる。スピードは出るけど、廊下が短すぎるよね。今度は後ろ向き。手は横に出し、少し斜めに後ろを見るのが恰好いい。回転するのは怖いけど、ジャンプにも挑戦してみる。私、結構センスがあるんじゃないだろうか。気分の盛り上がりは止まらない。

 


ところが、数年経ち、生まれて初めて、実際にスケートリンクに立ってみて愕然とする。なにこれ、立てない。

 

立てないのである。立つ前に滑ってしまう(氷ですからね)。こんなものの上で、あの人たちは滑っているの? 後ろを向くの? 回ってジャンプするの? 信じられない……。夢中だった心が、一瞬のうちに離れていくのが自分でもわかる。こわくて転ぶことすら出来ない。私の憧れの世界が、音を立てて崩れていく。そして、そのすぐ横を颯爽と通り過ぎていく、ミニスカートで滑る少女を見ながら思うのである。

 

「……へえ、それで?」

コーネリアス

コーネリアス

コーネリアスは、立って歩くワニです。たまごの中から、立って歩いて出てきたのです!

草むらのずっと向こうまでの景色、上から眺める魚の姿。彼には他のワニたちには見えないものが見えます。だけど、嬉しそうに伝えるコーネリアスに対して、他のワニたちは言います。

「へえ、それで?」

怒って出て行くことにしたコーネリアスが出会ったのは、歩くだけでなく、逆立ちやしっぽでぶら下がることまで出来るサル。驚いたコーネリアスは、サルにその方法を教えてほしいと頼むのです。そして……。

颯爽と立って歩くコーネリアス。その堂々とした姿は、人間の私たちが見てもまぶしいくらい。生まれながらに出来てしまうのですから、大したものです。そんな彼が、自分たちに見えないものが見えると言う。私でも素直に関心を持てなかったかもしれません。

だけど、コーネリアスが本当に特別なのは、その後。最初から出来ることがあったからこそ、さらにその才能を伸ばし、習得し、それをみんなに生き生きと見せてくれます。この時、みんなの心の中に、何かが生まれるのです。

どんな生き方が素晴らしくて、どんな方法が最適か。私たちの中には、正解なんてありません。でも「何かが変わる予感」というのは、いつだって心を躍らせてくれるものですよね。

 

(磯崎園子 絵本ナビ編集長)

https://www.ehonnavi.net/ehon/4995/%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%83%8D%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%82%B9/

天才を見るのが好き。だけど、天才のしている事に少しでも触れてしまえば、その途方もない道のりを感じ、あっという間に途方に暮れてしまう。先を行くあの人は、どれだけの才能があるのだろう。どれだけの努力をしているのだろう。どれだけの時間を費やしているのだろう。こんな事を思うくらいなら、考えない方がましなのではないだろうか。思わず目を逸らしてしまう。

 

だけど、頭のどこかではわかっているのだ。憧れる心はちゃんと残っていること、そして、それでも挑戦してみたいという気持ちがあるということ。遅すぎるからと、誰かに止められているわけでもないことも。

 

大人になり、子育て真っ只中。自分のための時間なんて、あまりなかったけれど。小さかった息子を連れて、私は、スケートリンクにまたそっと立ってみるのである。

磯崎 園子(いそざきそのこ)

「絵本ナビ」編集長として、おすすめ絵本の紹介、絵本ナビコンテンツページの企画制作・インタビューなどを行っている。大手書店の絵本担当という前職の経験と、自身の子育て経験を活かし、絵本ナビのサイト内だけではなく新聞・雑誌・インターネット等の各種メディアで「絵本」「親子」をキーワードとした情報を発信。

著書に『ママの心に寄りそう絵本たち』(自由国民社)がある。

文:磯崎 園子(絵本ナビ編集長)
イラスト:掛川 晶子
 

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絵本ナビ編集部
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