グラフィック・ノベルの世界へようこそ
「グラフィック・ノベル」って、どんなもの?
「グラフィック・ノベル」とは、コマ割りの画面で構成された、海外のマンガ形式の書籍やビジュアルブックのこと。もとは、アメリカで書店販売のない いわゆる「スーパーヒーローもの」のコミック冊子と区別するために生まれた言葉だそうです。2015年「コールデコット賞」オナーへの『THIS ONE SUMMER』(岩波書店)の選出を皮切りに、児童書の文学賞にグラフィック・ノベルの受賞が見られるようになり、2020年からボローニャ児童図書展ラガッツィ賞にコミック(グラフィック・ノベル)部門が新設されるなど、児童書としても注目されているジャンルです。文学性・アート性など作家性の高い作品や、複雑多様な世界を感覚的に受容できるマンガの特性を生かした、社会派の作品も数多く生まれています。
絵本ナビでは、児童書、YA文学としておすすめしたいもののほか、絵本のなかでもマンガのようにコマ割りで表現されている作品をあわせてご紹介したいと思います。大人も読み応えがある作品がたくさん!
児童書、YA文学としてのグラフィック・ノベル
多様な社会・世界を見つめる
グラフィック・ノベルが扱うテーマは多岐にわたりますが、現代の社会問題を描いたジャーナリスティックな作品や、歴史を描いたもの、伝記なども数多く出版されています。児童向けの作品も増えており、マンガの形式は、複雑な事象をわかりやすく伝え多様なテーマを身近に感じさせてくれます。
【小学校高学年~】子どもの視点から難民生活を描いたグラフィック・ノベル
こんにちは、オマルです!
ぼくはソマリアで生まれました。
内戦でお父さんを殺され、お母さんとは生き別れになりました。
そして、4歳のとき、まだあかちゃんだった弟のハッサンとともにふるさとを離れ、ケニアの難民キャンプに行きました。
これは、15年にわたる難民生活の記録です。
ぼくの子ども時代は失われたも同然でした――
「本書は、難民の子どもたちが不遇な環境の中でも夢と希望を捨てず、夜空に輝く星を目印に行く旅人のようにひたむきに歩き続ける姿を描き出します。その姿から私たちは多くを学ぶでしょう」(監修者より)
ケニアの難民キャンプで15年を過ごしたオマル・モハメドさんが、アメリカへ移住後に企画し出版されたノンフィクションのグラフィック・ノベル。子どもの目から見た難民キャンプの生活が、フルカラーで読みやすく描かれています。難民キャンプについて知り、考えるきっかけになることはもちろん、そこで生きる子どもたちの友情や兄弟の絆が描かれ、物語としても読み応えがある内容となっています。希望を捨てずひたむきに歩き続けるオマルくんの姿には誰もが心打たれることでしょう。
「New York Times」優良児童書25選(2020年)、「TIME」年間ベストブック(2020年)、「School Library Journal」年間ベストブック(2020年)、ニューヨーク公共図書館子ども向けベストブック他受賞。
【小学校高学年~】「アンネの日記」をグラフィック・ノベルで
隠れ家での2年間の雑居生活。異常な環境で思春期を迎えた13歳の少女の不安、恐れ、怒り、愛を書きつづった「アンネの日記」。500ページ近い大著を、アンネ・フランク財団監修のもと、150ページのグラフィック版で刊行。
フルカラーの美しいビジュアルで味わえる『アンネの日記』。500ページ近い原作が読みやすい150ページにまとめられ、原作を読んだことがない人も手に取りやすくなっています。陰鬱な状況のなかでもユーモアを忘れない原作のエッセンスもそのままに、アンネの日々や心情が生き生きと描かれています(表情豊かなアンネが魅力的!)。アンネ・フランク財団監修のもと、隠れ家の部屋の構造や当時の生活を詳細な絵で見られるのも、グラフィック・ノベルならでは。原作を読んだことがある方にも、改めて発見がある一冊です。
【中学生~】アメリカ公民権運動の歴史を描く骨太のグラフィック・ノベル三部作
アラバマの農場で育った少年,ジョン・ルイスは、成長するにつれて社会の不平等を意識せずにはいられない.折しも公民権運動が始まりつつあった時代,ジョン・ルイスは自らも行動を起こすべく,差別に抗うための非暴力の手法を学び,レストランでの座り込みに参加する.
アメリカの公民権運動を描いた3部作。公民権運動の闘士ジョン・ルイスの半生を描いた自伝であり、公民権運動の流れが当事者の目線で振り返って描かれています。一見取っつきにくそうなアメコミテイストのタッチですが、読み始めるとあっという間に引き込まれてしまいます。教科書で学んだだけでは分からない、当時の社会、人々の感情や闘いの緊迫感が生々しく伝わってきます。ブラック・ライブズ・マター(BLM)運動の歴史的背景を学ぶ入門書としてもおすすめです。「全米図書館賞」(児童文学部門)を、グラフィック・ノベルとして初受賞した作品です。
【中学生~】広い世代に戦争の意味を投げかける北欧グラフィック・ノベル
世界17の国や地域で翻訳された北欧グラフィックノベルの傑作!
子どもの目線で描かれた不条理な現実。
繊細なイラストと言葉で紡がれるメッセージは、国境を超え、あらゆる世代の心に 戦争の意味を投げかける。
小さな村の少女アミーナのもとにもシリア内戦の影は刻々と近づきつつあった。
戦火を逃れるためアミーナはボートで国を脱出しようと試みるが、荒波に襲われ船は転覆してしまう。
暗く深い海の中、アミーナは村での出来事を思い出す。
お母さんとかくれんぼで遊んだこと、ドルマというぶどうの葉っぱでつくる料理を一緒に作ったこと。おじさんと船に乗り込むまでの旅路。そしてシリアの女王ゼノビアのこと。
デンマーク発の色鮮やかなフルカラーグラフィック・ノベル。シリアの内戦下、難民となった少女アミーナ。彼女の乗った漁船が荒波で転覆するところから物語は始まります。海に投げ出されたアミーナの頭に浮かぶのは、家族との幸せな思い出の断片、国外へ脱出する漁船に乗るまでの出来事、ママがよく話してくれたシリアの女王「ゼノビア」のこと。そして、回想とともに描かれるのは、ゆっくりと沈んでいくアミーナの小さな体と、深い深い海……。
子どもを飲み込む不条理な現実が読者に突き付けられます。この物語はフィクションですが、同じように犠牲となっている命を考えずにはいられない、強く心に残る一冊です。
10代の繊細な心を描き出す
思春期の心の揺れ動きを丹念に描いた、文学性の高いグラフィック・ノベルたち。言葉と絵、コマ割りで切り取られた情景が、鮮明な印象として残ります。
【YA】グラフィック・ノベル初の「コールデコット賞」オナー選出作
夏休み。母親がもうひとり子どもを望んでいたことに、ローズは気づいている。それで両親がぎくしゃくしていることにも。友だちが子どもっぽく見える時があるし、雑貨屋の店員のダンクがなんだか気になって??。浜辺の別荘地で過ごす、ある夏のできごと。思春期の入り口でゆれる心に寄り添う、傑作グラフィック・ノベル。
カナダのイラストレーター、ジリアン・タマキと、作家マリコ・タマキ、いとこ同士の著者による共作です。毎夏を湖畔の別荘で過ごすローズの、ある夏の数日間。彼女の夏休みは、1つ年下の友達とつるんで湖で遊び、お菓子を食べたり、他愛ないおしゃべり、あとは何となく家族と過ごすだけ。ドラマチックな出来事はほとんど起こらないし、どちらかといえば冴えない。けれども、画面に描かれる微妙な表情や仕草、目に映る一瞬の景色が、言葉で捕らえられない思春期の心の動きを浮彫りにしていきます。両親へ苛立ったり、急に友達が子どもっぽく思えたり。異性を追いかけて地元でバカ騒ぎしている若者たちへの興味と嫌悪感、だけど自分も近所の売店にいる年上の男の人に片思いして空回ったり。美化されないあまりの生々しさに、ああ、この感覚知ってる!と叫んでしまいそう。グラフィック・ノベルだからこそ味わえる世界だと感じます。映画を1本観たような読後感。心揺さぶられる一冊です。コールデコット賞オナー、アイズナー賞受賞。
【YA】気鋭のコミック作家による青春メモワール
21歳にして各賞総なめ、グラフィック・ノベルの新たな才能! スケートの練習に明け暮れ、いじめや親との関係に悩みながら、同性愛者である自分を受け入れていく少女をリリカルに描く。
あの頃、わたしにはスケートの才能があった。それが煩わしかった。
そして、ひそかに女の人に恋をした。何度も何度も。
わずか22歳にしてイグナッツ賞&ブロークンフロンティア賞受賞、アイズナー賞候補!
グラッフィック・ノベル界を震撼させた新たな才能が描く、
スケートと同性への恋に目覚め、喜び、泣いた、ひとりの少女の青春メモワール。
この作品は、作者ティリー・ウォルデンが21歳のときに出版されました。5歳から17歳までの12年間、フィギュアとシンクロナイズドスケート競技を続けていたという作者のメモワール(回顧録)的な作品です。母親との確執、セクシュアリティ、友達関係……。主人公が日々感じている孤独と心の痛みが、淡々と、けれども切実に描き出されます。アイススケートに取り組む若い選手たちの練習風景や日常のディテールも魅力のひとつ。紫色の優しい線と静かな画面が印象的なグラフィック・ノベルです。
異世界への扉
圧倒的なビジュアルで、見たことのない世界に引きずり込まれる体験も、グラフィック・ノベルの魅力です。
家族と別れ、故郷から異国へと移り住んだ男の、新天地での出発を描きます。文字は一切なく、絵だけで語られる移民の物語。見たことのない生き物、得体のしれない食べ物、奇妙な建物にまったく理解できない言葉……。ページに広がる異世界は、不思議で、どことなくノスタルジックです。出会った人たちに助けられ、次第に新しい場所での生活に馴染み家族を呼び寄せる男の姿に、人のつながりのあたたかさと希望を感じられます。作者、ショーン・タンの緻密な絵から生み出される世界観に圧倒される一冊です。
コマ割り絵本
絵本のなかにも、コマ割りで表現されているものがたくさんあります。新しい絵本はもちろん、読み継がれてきたロングセラーにも! 集めてみると、複雑な場面展開や繊細な心理描写、映像的な世界を楽しめる、ユニークな作品が並びます。
イザベル・アルスノーの絵本
カナダの人気絵本作家、イザベル・アルスノーの作品のいくつかは、物語の展開や繊細な心の動きをコマ割りで描いています。
仲間はずれにされているエレーヌは、悪口を言われても、居場所がなくても、大好きな本『ジェーン・エア』を読んでやり過ごしていた。
ところがあるとき、学校の合宿に青い目のジェラルディーヌがあらわれてから、小さな変化が訪れて…。
少女の揺れ動く心をみずみずしく描くグラフィックノベル。カナダ総督文学賞受賞作。
あたらしい町に引っ越してきたコレット。ペットがほしいのに、飼ってもらえません。がっかりしたまま家を出ると、男の子がふたり、近づいてきました。
「なにしてんの?」
「ええと……ペットのインコをさがしてるの」
思わずついてしまった、小さな「うそ」。にげたインコをいっしょに探すうちに、コレットは近所のいろいろな子どもたちと出会います。そのうち、「うそ」はどんどん大きくふくらんで......。
うそつきはともだちのはじまり!?
あたらしい生活がはじまるときのちぐはぐな気持ちを、洗練されたうつくしい絵でゆたかに描く。ニューヨーク・タイムズ最優秀絵本賞、カナダ総督文学賞ほか、数多くの支持をあつめるカナダ在住の人気イラストレーターが、はじめて作・絵を手がけたコマ割り絵本。
デヴィッド・ウィーズナーの絵本
文字のないコマ割り絵本といえば、デヴィッド・ウィーズナー。リアルな描写と、自由自在なカメラワーク。まるで映画を見ているような場面展開が見どころです。
コールデコット賞 絵本にっぽん賞特別賞受賞 よい絵本選定
それは、ある火曜日の夜のこと。蓮の葉に乗ったたくさんのカエルたちが、池から町をめざして飛び始め…。夜明けまでの出来事をリアルな描写で描き、日米両国で高い評価を受けた傑作絵本。
ねこのワッフルはすっかり退屈しています。飼い主が買ってくるおもちゃにも飽きて値札がついたままほったらかし。そこにまぎれるように小さな宇宙船がありました。それはどこか遠くからやってきて、たった今地上におりたったところ。中では、宇宙人たちが無事着陸したことを喜んでいます。その小さな宇宙船に気づかず、通り過ぎたように見えたワッフルでしたが……。過去3度もコールデコット賞を受賞したウィーズナー。3度の受賞はアンソニー・ブラウンと並んで受賞者最多です。この作品も2014年のコールデコット賞オナーブックに選ばれました。
レイモンド・ブリッグズの絵本
レイモンド・ブリッグズ作品の特徴である、連続のコマ割りの表現は、ひとコマひとコマすみずみまで見応えたっぷり。子どもから大人まで楽しめます。
少年がつくったゆきだるまに命がやどり、二人はいっしょに楽しいときをすごします。夜空に飛びだし、美しい風景を心ゆくまで味わう一夜の出来事。アニメにもなったレイモンド・ブリッグズの名作が、新装版で登場です。文字のない絵本が、ゆたかな余韻をお届けします。
狭い煙突の通路に文句をいいながら、プレゼントを配達して歩くサンタのおじいさん。ほんとはちょっと気むずかしやで寒がりなんです。
子ども向けバンド・デシネ
フランス・ベルギーなどを中心とした地域で出版されたコミックス、バンド・デシネ。子ども向けから大人向けまで幅広い作品があります。世界中の子どもたちに愛されているバンド・デシネといえば、ベルギー生まれの「タンタンの冒険」シリーズや「スマーフ」シリーズが日本でもおなじみですね。
国際的なニセ札偽造団を追う少年記者タンタンは、スコットランド沖の黒い島へと犯人を追いつめるが、そこには恐ろしい怪物が……。綿密な取材に基づく本格的冒険漫画。
今話題のアニメ原作本も!
「ヒルダの冒険」シリーズは、イギリスのグラフィック・ノベル作家、ルーク・ピアソンによる絵本。現在Netflixで配信中、アニメ界でのアカデミー賞ともいわれる第48回アニー賞にて3部門で受賞した、話題のアニメシリーズの原作です。
ある日丘にスケッチに出かけたヒルダは、おそろしいトロールに出会って…。
北欧のおとぎ話のような世界観、独特な愛嬌を感じさせる不思議な生き物たち、
怖いもの知らずのヒルダの冒険と成長…
お子様はもちろん、大人も魅了するグラフィックノベル。
どこか懐かしくて、ファンタジックな物語世界です!
いかがでしたでしょうか。読み応えのある作品が多いですが、小説や絵本とも違う、グラフィック・ノベルだからこそ伝わる説得力や空気感があることを感じます。今後さらに広がっていくだろうグラフィック・ノベルの世界。マンガ文化で育つ日本の子ども・大人たちにはとても親しみやすいジャンルです。ぜひ気になる作品を選んで楽しんでみて下さいね。
文・構成:掛川 晶子(絵本ナビ副編集長)
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