【世界の絵本作家】メキシコの伝説を通して自然と語り合う-竹田鎭三郎さんとメキシコの絵本
メキシコから日本へ「メキシコの神話や民話を伝承する絵本」
2010年よりメキシコ在住で、メキシコの魅力を発信している長谷川律佳さん。
大ヒット映画『リメンバー・ミー』を生み出したカラフルで奥深いメキシコの不思議を現地に住む長谷川さんから教えて頂いたご縁で、(関連記事:【話題】世界中に愛された大ヒット映画から発見!楽しくて愛しいカラフルな「メキシコ」の世界)今回、メキシコ在住の画家である竹田鎭三郎さんへの貴重なインタビューを絵本ナビスタイルにて掲載することになりました。絵本ナビスタイルをご覧の日本のみなさんにメキシコの絵本を知っていただけたらと思います。とても面白い、素敵なお話です。ぜひ、楽しんでくださいね。
竹田鎮三郎インタビュー「メキシコの伝説を通して自然と語り合う-竹田鎭三郎とメキシコの絵本-」
ディズニー/ピクサー映画の影響で、すっかり日本でも身近になったメキシコという国。ですが、まだまだメキシコを扱った子ども向け絵本は数がそう多くありません。今日は現在まで5冊の絵本を出版し、メキシコの美術界においても教育者として大きな影響を与え続けているメキシコ在住の画家・竹田鎭三郎先生にお話をうかがいました。
-竹田先生は、福音館書店より5冊の絵本を出してらっしゃいますが、もともとはどういったきっかけがあったのでしょう?
竹田: きっかけ、というか、最初に話があったのは僕がメキシコに渡る前だから1963年以前のこと。その頃、のちに福音館の社長になる松居直さんから「これからメキシコに行くって? それは面白い。ぜひメキシコの絵本を描いてくれないか」って言われてたんです。
でも当時は、絵本の挿絵という子ども向けの絵を専門にしている人間と、僕のような絵描きとは、きっぱり分かれていた時代。僕にとっても、「これからメキシコに絵の勉強をしに行くんだ」という意欲に燃えていたところで、松居さんの話には特に興味を惹かれることなく、そのまますっかり忘れてしまっていました(筆者注:1953年に編集長に就任していた松居直氏は、そういった時代に、当時一流画家であった朝倉摂や丸木俊などを児童書に起用していた人物)。
それから何年も経ってから、ある編集者さんが本の挿絵をお願いしたい、とメキシコを訪ねてきたことがあったんです。文章を読んで、それにあった絵を自由に、おもしろく描くことができる上に、お金にもなるというんで引き受けたのが、最初に受けた本の仕事だったな。それが「ふしぎなサンダル (世界むかし話14 中南米)」 (ほるぷ出版/1979年)だったのだけれど、その本の翻訳をしていた福井恵樹さんが福音館に僕を再度繋げてくれたんです。
-日本では数が少なく、貴重な「メキシコの神話や民話を扱った絵本」ですが、その挿絵を描く上で、先生はどういった思いやメッセージをこめていらっしゃるのでしょう?
竹田: 僕には最初の奥さんとの間に2人息子がいるんだけれども、上の子が7歳のときに別居しましたから。絵本を生み出すときには、自分が息子にメキシコの何を伝えたいか、それがいつも頭にあります。もう僕は80過ぎのおじいさんだけれど、心はまだ7歳の息子のお父さんなんです。
僕が住んでいるオアハカは、メキシコの中でも先住民族の文化や伝統が色濃く残る土地です。日常生活に、ごくあたりまえに自然との共鳴がある。お祭りなんかも、歴史として過ぎ去ったものではなく、現代にまだ息づいている。そこがもっともチャーミングな部分だと思いますね。それを伝えたい。
-「ワニのお嫁さんとハチドリのお嫁さん」(福音館書店/2013)に出てくる、ウアベ国とチョンタル国の間で行われるワニの結婚式も、現在でも続いていますしね。
竹田: そう。Leyenda(レジェンダ。伝説の意)が自然との共存の素晴らしさを語ってくれる。レジェンダを通して、自然と共に語ることができるともいえるかもしれない。
-「美術は、自然と共鳴したことを表現すること」と語る、竹田先生の信念がここにも表れています。
竹田: 表現する際には子ども向けの絵本だからといって、オブラートに包むことはしないです。僕が絵描きとして与えられることは「リアリズム」であったり「現実」だけなんです。たとえ子どものものであっても、甘やかすことなく懇切丁寧に描いています。
-実は先生の絵本を初めて手に取ったとき、バッタやアルマジロ、そのほか動物の姿なんかが、絵本にしてはあまりにリアルで、正直なところちょっと怖いな……って感じました。
竹田: そうですか。そう感じていただけていればありがたい。
一方で、プレヒスパニックから続く呪術的な色使いを意識している部分もあります。かつて、オアハカの呪術師に弟子入りしていたこともあるんですよ(筆者注:弟子である版画家・筒井みさよさんいわく、竹田先生は鳥の話していることばがわかったのだとか)。
昔々、メキシコの海辺にあった二つの国、ウワベ国とチョンタル国は百年もの間戦いを続けていた。そして、調停のため両国の娘を花嫁として交換することにしたのだが……。
最新刊の「こやぎのチキと じいさんやぎのひみつ」(福音館書店/2018)だと、チキの首に赤いリボンが巻いてありますが、メキシコのピラミッドも、赤く塗られていたものが多かったといいますね。赤は魔よけの意味で、このあたりでは、今でも家畜が子どもを産んだときは、首に赤いリボンを巻くんです。
子やぎのチキは、謎めいたじいさんやぎが気になってしかたがありません。そのじいさんやぎは、時折群れを離れては、若返って戻ってくるのです。「魔術を使ったんだ」。チキは、母親や大人たちに止められていたにもかかわらず、じいさんやぎの秘密を探ろうとし、サソリにさされてしまいます。それをきっかけに、ふたりは秘密を共有することになります。メキシコの美しい色彩で描く、子やぎの成長物語。
-チキのリボンといえば、あるイニシエーションを経て、首からリボンが落ちますよね。「チャマコとみつあみの馬」(福音館書店/1986)では、それまで帽子の下に隠れていたチャマコの目が現れたり。こういった表現の仕方は、やはり絵本を生み出していく上で独特なものなのでしょうか。
竹田: はい、絵本というのは、絵でストーリーを作ってつないでいくものです。絵本を創る上では、まだまだそういう力が足りないな、僕は。
6歳の男の子チャマコは、おじいさんといっしょに牧場にいき、馬や牛に水を飲ませたり見張ったりするのが仕事です。牧場から帰ってくると、だれかれかまわず近くにいる動物を馬にして遊ぼうとします。ある日、みんな遊んでくれないので、山の中を歩いていくと、不思議なおじいさんに出会って、人間は好きな動物と兄弟にならなければならないと教えられます。チャマコは牧場にいって……。
今も1つ、絵本にしたいテーマがあるんです。世界が、人間が生まれる話。太陽がこぼした一粒の涙。その点が、線となり、平面となり、立体となって形を成して…それをマヤの神話とからめて描きたいと思っています。
-それは楽しみです!今日はありがとうございました。
作家紹介
竹田鎭三郎
1935年愛知県瀬戸市生まれ。
1957年に東京藝術大学美術学部絵画学科油画専攻を卒業。同年第1回東京国際版画ビエンナーレ展に入選。
北川民次に憧れ、1963年メキシコに渡航。サン・カルロス美術学校にて壁画を学ぶ。
1968年には岡本太郎「明日の神話」のメキシコ現地制作にも携わる。
教育者として後進の指導も行っており、1980年にはオアハカ州立自治ベニート・ファレス大学芸術学部長に任命される。2014年同大学より名誉博士号授与。タケダシンザブロウ国内版画ビエンナーレも開催。2012年瑞宝中綬章受章。
インタビュアー/長谷川律佳
東京都出身。2010年よりメキシコシティ在住。
2011年~2015年まで現地唯一の日西語月刊情報誌にて執筆・撮影、および2012年からはディレクションも担当。現在はweb媒体や書籍にて執筆。
お問い合わせは下記サイトより。
https://www.mexicogurashinotecho.com/about
メキシコのことが知りたくなる絵本
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