【夏フェア 絵本】どこかにある夏。
熱くなった地面の上をサンダルで駆け抜けていき、やがて見えてきた砂浜に荷物を投げ捨て、浮き輪を抱えたまま海に飛び込んでいく。
タンクトップと半ズボン、麦わら帽子をかぶってホースを持ち。兄弟で広いお庭に水を撒く。撒いているうちに楽しくなって、水のかけあいになり、全身びしょぬれになる。
畳の部屋に扇風機、机の上には冷えた麦茶とスイカ。縁側にすわって、スイカを食べながらタネをはきだす。
「あーそーぼ!」
迎えにきたお友達と商店街に寄ってかき氷を買い、海の見える堤防にすわって食べる。
「おまたせー」
氷と一緒に盛られた真っ白なそうめんを思いっきり食べながら、ちりりりんと鳴る風鈴で風を感じる午後。
そのままうとうと昼寝をして過ごす夏休み……。
経験したことあるような、したことないような。
でも、なぜか情景がいくらでも浮かんでくる夏の日の一場面。
もしかしたら、小さな細かい思い出が色々とつながって、みんなと共通の「夏のイメージ」が出来上がっていくのかもしれない。だって、夏の思い出は人によって違うはず。子どもたちがみんな平等に楽しい夏が過ごせるとは限らない。
だけど、やっぱり。
こんな絵本を読めば、どこか懐かしく感じ、強烈に憧れてしまうのです。
夏がきた
「ことしも あえた なつのおと」
目が覚めると元気なセミの声。窓際では風鈴の音が鳴り、食卓のお茶が麦茶に変わってる。ああ、夏が来たんだな、と感じる朝。
「あーそーぼー」
青々と茂った草の道を通り、堤防を走り抜け、遊びに行くのは、もちろん海! 待ちに待ったぼくらの季節! 海開きまではあと少し。海の家の開店準備を手伝って、スイカとおにぎりをごちそうになってくると、とたとた、とたたん…夏が雨をつれてきた!
どこまでも広く澄みきった「夏の青い空」。この景色を見ているだけで圧倒されそうになるのだけれど、強い日差しにどっしりと構えた古くて大きな民家、走ればすぐに見えてくる海と立ち並ぶ迫力の松の木、そこに描かれているのは豊かな自然の残る四国の夏。行ったことはなくても、どこか懐かしさを感じてしまうのは、とても具体的で魅力的な絵だからでしょうか。
さらに耳を澄ませば、氷の入ったコップの音や道を駆けていく少年たちの足音が聞こえ、絵を眺めれば、ちりんちりりんと鳴らす風や汗ばむ程の暑い空気を感じることができて。徳島に在住されている作者羽尻利門さんがあざやかに切り取った夏の一日は、子どもの目にも大人の目にも眩しく、読むたびに胸が高まるのです。
「夏がきた!」
今年もまた、そう思わせてくれる日本の夏の絵本です。
(磯崎園子 絵本ナビ編集長)
家から駅までの通勤路、いかに強い日差しと紫外線を避けながら歩けるか。
冷たい飲み物とアイスの大量摂取をいかに我慢するか。
冷房による冷えと、節電による熱中症…今夜はどちらを防御するべきか。
炎天下で行われる息子の部活のために、いかに氷と麦茶を切らさずに用意できるか。
現実には、今年も何だか味気なく切実な夏がやってきます。
だけど「つらいだけの夏」なんて嫌だしつまんない。
そんな時は空を見上げて、もやあっと熱い空気を胸いっぱいに吸い込んで。
自分の記憶のどこかにある「あの夏」を探し出し、心のなかでつぶやいてみることにします。
…ああ、今年も会えたね。
磯崎 園子(絵本ナビ編集長)
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