あの一瞬がやってくる。
ああ、またやってきた。この感じ。
私は今どうやって指を動かしているんだっけ?
次は何を弾くんだっけ?
頭の中が真っ白になってきて、演奏が…止まった!
ああ、体がカチコチになっているのがわかる。
ボールの離し方がわからない。
ラケットの振り方がわからない。
それでも、飛んで来たボールを打ちかえ…せない!
いつもは何でもこなせる私なのに、本番になると、極度に緊張してしまい、何にもこなせない子になってしまう。あの「大事な瞬間」がどうしても乗り越えられないまま、大人になってしまった様な気もする。
「ああ、そっちに飛んでいかないで。頼むから」
これは、息子の野球の試合を観ている時。大きく飛んだフライを取る瞬間というのは、みているだけでも怖いのである。失敗する瞬間をみるのも怖い。
だけど、息子はなんなくキャッチする。仲間と肩を叩き合いながら、何でもない風にベンチに走って戻ってくる。息子はとっくに乗り越えているのだろうか。
ぼくにまかせて!
ああ、ボールがこっちに飛んできた。
オーライ、オーライ、
「ぼくに まかせて!」
この一瞬。
自信と不安、負けたくない気持ちと緊張感。
さまざまな気持ちが入り混ざり、見え隠れする映像は…?
主人公は、草野球をする様子をフェンス越しに眺めていた少年。何とか仲間に入れてもらおうと掛け合ってみると、外野を任される。すると、バッターの打ったボールが空高く上がり、少年のところに飛んできて…。
みんなが自分を見ている。期待と不安が込められた目で見ている。もし、足もとを木の根っこに邪魔をされたら…あと少しのところでボールに届かなかったら…みんなのがっかりする姿が見える。いやいや、ボールまであと少しで届く。でももし、大きな木がいきなり生えてきて、僕の行く手を阻んだら…。
さらにプレッシャーが大きなボールに姿を変え、いつのまに他の子たちも追いかけ始め、自分がどんどん小さな姿になり……それでも、それでも!
確かにこれは特別な瞬間。
一度でも野球をやった事があるのなら。
もしくは、我が子の野球を応援したことがあったなら。
その一瞬の長さがよくわかる。
ほとんど文字がなく、コマ割りの手法も取り入れながら、絵だけで少年の心理を見事に描いているのは、コールデコット賞作家デイヴィッド・ウィーズナー。晴れ渡った青く爽やかな空を背景に、楽しくも真剣な場所である子どもたちの時間を共有してくれます。
大人になっても思い出す、忘れられないあの「一瞬」。
私にもあっただろうか…。
親子で思い出しながら、この物語を味わってくださいね。
(磯崎園子 絵本ナビ編集長)
聞けば、息子もボールが飛んでくるのは怖いという。やっぱりあの瞬間と戦っているのだろう。だけど、逃げずに何度も向き合って行けば、そのうちに乗り越えて行く方法が見つかるのかもしれない。
「あの一瞬を乗り越える」ために。息子と同じくらい、まだまだ模索中の私なのです。
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磯崎 園子(絵本ナビ編集長)
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