【編集長の新宿絵本日記】彼はまっていた。そして私も… 2020年8月7日『まっている。』
「いってきます」
ボソッと小さな声でそう言い、マスクをつけて外へ出ていく息子を見送りながら、思い出す。部屋の片隅で目を閉じてほとんど動かない。座っているか寝ているかだった、ほんの数か月前のその姿。
とにかく体を動かしている時が一番楽しいと、こちらが心配になるほど部活に夢中だったはずなのに。自粛期間中は一歩も外へ出ず、鍛えもせず、かといって情緒が荒れることもなく。寝て、起きて、食べて、寝る生活。落ち込むことはないけれど、前向きな発言も行動も一切なし。何もしないから、何も生み出さない。髪が少しずつ伸びるだけ。そして驚くほど睡眠時間が長い。
「ほっといて大丈夫なのかしら……」
ところが学校が始まってみればあっという間に元通り。体力こそ落ちていたけれど、また部活に夢中になり過ぎている彼がいる。そんな様子を横目で見ながら「あの数か月は彼にとってなんだったのか…」と考える。
対する私はどうか。それはもう、長いトンネルをくぐってきたかの様な見えない疲労感に襲われつつある、のである。大事なものを見つけ出そうとして必死にあがき、むしろ見えなくなってきている気もしている。これじゃあいけない。こんな状態じゃ、大事な瞬間に飛び立てない。
まっている。
キョロロロロロ
キョロロロロロ
よく晴れた気持ちのいい空の下、山のどこかで響いているのはアカショウビンの鳴く声。ニイーニイ―ニイ―、セミの声も聞こえてきて。
ぼくはウキを見つめて、魚がかかるのを待っている。木の上ではクモが巣をはってトンボがかかるのを待っている。花はハチや蝶を、サンショウウオはアユを、セミは空を飛ぶ日を……待っている。
オオミズナギドリも、シカの子も、じっとそこにとどまって。それはほんの数秒かもしれないし、ずっとなのかもしれないけれど、そこで静かに待っている。だから、わたしだって「待ってみる」。すると降りそそいでくるのは……色んな感触! 音! そして。
何かが起こったような、起こらなかったかもしれない一日。絵本の中にあるのはのんびりゆったり、そんな時間だけ。でも、不思議とピンと張りつめているような緊張感もあり。読み終わってみれば、とても豊かで充実した一日を過ごしたような気持ちになるのです。
村上康成さんの最新作のタイトルは『まっている。』。言われてみて、私たちは改めて気がつきます。自然界ではそんな時間が当たり前なのだということ、そして「待つ」という行為そのものが、生きていくことなのだということに。
ふと周りを見れば、口をあけてどこか一点を見つめている子がいる。ベンチに座ったまま動かない人がいる。嬉しそうに少し笑ってお茶を飲んでいる人がいる。邪魔をしないようにしなくてはね。
(磯崎園子 絵本ナビ編集長)
「待つ」ってなんだろう。何もしないだけのことなのか、それとも全ての神経を研ぎ澄ませている状態のことなのか。「釣り」の出来ない私にはわからない。いや、すぐ目の前のゴールが見えないという状況に途方に暮れてしまうのだ。
でもあえて。真似事でもいいから。
ほんの数秒、じっと静かに。
何かが聞こえてくるまで、見えてくるまで。
……待ってみよう。
「まっている」絵本
磯崎 園子(絵本ナビ編集長)
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