【編集長の新宿絵本日記】わたしにはライオンがいる。 2020年6月24日『ラチとらいおん』
外に出るのが怖い。
なぜなら、声が聞こえてくるから。
いつもなら昼間に家にいることはなかったのに、気がついてしまったのだ。すぐそこが、近所の人の井戸端会議の場所となっていることに……。
どうしよう買い物に行きたいけど、もっと後の時間にしようかな。それとも今日はやめようかな。でも、やっぱり今アイスが食べたくなっちゃったし。うーん、それほどでもないかな。
「なにこれ。」
ちょっと声に出して言ってみる。なにこの感じ。これじゃあなにもかもに怯えて生きていた小さい頃の私と一緒じゃないか。ほんの数か月家に閉じこもっていただけで、数十年分も後戻りしちゃうものなのか。
大体、アイスを買いにちょっと外に出るだけの大人を攻撃してくる人だって、襲ってくる動物だっているわけがないのだ。だけど……。
私は少し考えて、全身の服を着替え、お気に入りのショッピングバッグを持ち、髪の毛を整え、マスクをつけ。軽く体操をした後に、運動靴を履き軽快な足取りで外に飛び出す。そう、ちょっとした「やる気」を身に着けて。
ラチとらいおん
ラチは世界でいちばんの弱虫です。なんたって、犬をみると逃げ出すし、隣の暗い部屋にも怖くて入れません。これでは「飛行士」になりたい夢だって、かないそうにありません。友だちさえ、怖いのです。
泣いてばかりいたラチのところに、ある日小さな赤いライオンがやってきました。彼は可愛らしい風貌とは裏腹に、とっても強いのです。そして言うのです。
「君も強くなりたいなら、ぼくが強くしてやるよ」
それは特別なことではありません。体を動かし、外へ出て、前に一歩だけ踏み出す勇気を持つことです。ポケットにライオンがいれば、ラチの心は不思議と少しずつ強くなるのです。そしてすっかり自信がついてきた頃、ライオンは手紙を残して……。
1960年代にハンガリーからやって来たこの愛らしい絵本は、日本の子どもたちと大人の心をすっかり掴み、今でも変わらず愛され続けています。それは、ラチの心の中にいる弱虫が、どんな子どもの心の中にも多かれ少なかれ住んでいる共通した「気持ち」であるからなのでしょう。それこそ些細な悩みに見えたとしても、本人と家族にとっては切実な思いがあるのです。
「ぼくには、ライオンがいる」
「我が子にはライオンがいる」
そのことが、図らずも多くの親子を勇気づけてきたのかもしれません。弱虫だっていう子にも、そうでない子にも。一度は読んでみてもらいたい、魅力的な絵本です。
(磯崎園子 絵本ナビ編集長)
小さい頃にそばにいてくれたライオンは、今はもういない。だけど、ライオンがいてくれたことを思い出すことはできる。少し気持ちがひるんだ時、その「心強さ」をポケットにそっとしのばせて、深呼吸をすれば。
ほら、やっぱり私にはライオンがいるのです。
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磯崎 園子(絵本ナビ編集長)
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