おばけ絵本はホラーじゃない! おばけの意外な目的ってなに?『ばけばけばけばけ ばけたくん』
絵本研究家のてらしまちはるさんは、子ども時代に自宅の「絵本棚」でたくさんの絵本に出会いました。その数、なんと400冊! 「子どもが絵本を読む目線は、大人の思い込みとはちょっと違う」そうですよ。
今日は、大人気のおばけ絵本『ばけばけばけばけ ばけたくん』を取りあげます。
おばけ絵本って、夏の定番ですよね。この季節には、書店の絵本コーナーで特集が組まれたりして、目にする機会が多くなります。
このジャンルって、特殊なように思えますが、実は、すべての絵本のたのしみとほとんど変わらないんです。
『ばけばけばけばけ ばけたくん』の観察から、そのことを見てみましょう。
『ばけばけばけばけ ばけたくん』
おばけのばけたくんは、とってもくいしんぼう。おいしそうなにおいがすると、ふわふわ、ふわ~りとんできて、パクパクつまみぐい!今日も夜中の台所にやってきました!キャンディー、いちご、スパゲッティー。「いただきま~す!」するとあれあれ・・・ばけたくんのからだが、食べたものにかわっちゃった!?
【公表された対象年齢】1歳〜
【私がおすすめしたい人】1、2歳ごろ〜全年齢
大人に気味悪がられるのってこんなとこ、でも……
『ばけばけばけばけ ばけたくん』の主人公は、ばけたくん。くいしんぼうのおばけです。
みんなの寝静まった夜、まっくらやみにふわふわ浮かんで、おいしいものをつまみ食いします。
「いいもの いいもの みぃつけた」と、ぺろぺろキャンディーやいちごを堪能。ばけたくんが食べると、たちまち体は食べものそっくりになります。
うずまき模様のぺろぺろキャンディーで「くるくる うずまき」。ぶつぶついっぱいのいちごなら、「ぶつぶつ まっかっか」です。スパゲッティーなんかにも、ばけちゃいます。
「ちょっと気味悪い……」の声を、大人からよく聞くのが、ここです。
たとえば、スパゲッティーに変身したばけたくんだと、にゅるにゅるしたミートソーススパゲッティーが体じゅうに。
けっこうリアルに描きこまれていて、じっと観察していると、ゾワッと鳥肌がたつ瞬間があります。
気味悪い、ちょっと怖い、と大人が感じてしまうのも、わからなくはないかも。
子どもが読むと、ちょっとちがう
かたや、同じ部分を子どもたちが読むと、大人の感じ方とはちがいが出てきます。
4歳ごろのものしずかな女の子と一緒にこの絵本を開いたときには、「ちょっと怖いね」といいながらも、彼女の目の奥にはきらめきが。おばけの物語への好奇心が見てとれました。
スパゲッティー姿のばけたくんのページに来ると、しばらく見入っていましたっけ。
あるいは、別の集団読み聞かせの場では、男の子が同じページに反応して「ぐっちょぐちょだぞ〜!」とたのしそうに走り回っているのを見たこともあります。
彼は5歳児で、集団内では日ごろからムードメーカー的存在。まわりの友達にそう言ってまわると、ほかの子どもたちも「なんでこんなにぐちょぐちょなんだよ〜(笑)」などとこたえ、空想上のおばけ遊びがひろがっていきました。
その子その子で反応は千差万別ですが、おばけという少しの怖さに踏みこんで、イメージ遊びの大きなたのしみをつかんでいるのは間違いありません。
ばけたくんに見る、おばけ絵本の選書ポイント
『ばけばけばけばけ ばけたくん』という一冊をふりかえってみると、特徴として、こんなポイントが整理できます。
① 「おばけ」という存在を、子どもが物語に入りやすいよう配置していて、
② ちょっとの怖さは感じられるものの、それはおまけで、
③ 物語の展開によって、読者のイメージをひろげることを主軸にしている。
この3点は『ばけばけばけばけ ばけたくん』の特徴でありながら、おばけが登場する絵本で、子どもに人気のある多くの作品に共通するポイントではないかと私は考えています。
逆にいえば、『ばけばけばけばけ ばけたくん』では、3つをうまくおさえているからこそ、人気があるともいえます。
とくに大切なのは、②と③です。
おばけ絵本というと、「怖い」イメージが先立ちがち。それに隠れて「絵本が読者のイメージをひろげること」は、思いのほか見落とされがちな気がします。
でも、おばけ絵本も、れっきとした絵本に変わりありません。
おばけが出てくる、出てこないに左右されず、その作品自体が読者にどんな体験をもたらしてくれるか、という点で選ばれるべきなのは、ほかの絵本と同じなのです。
冒頭で「すべての絵本のたのしみとほとんど変わらない」といったのは、その意味でした。
『りんごかもしれない』との驚くべき共通点
ちなみに、『ばけばけばけばけ ばけたくん』を一般の絵本として見ると、似た作品のひとつに『りんごかもしれない』(ヨシタケシンスケ、ブロンズ新社)があります。
『りんごかもしれない』でヨシタケシンスケは、ただのりんごをモチーフにすえて、非日常の想像をうながしました。
テーブルにりんご、というありふれた光景から、あれよあれよという間に、私たちは未知の場所へと導かれていきます。知り尽くしたはずのものの、見知らぬ姿……。
なんの変哲もないくだものを、主人公と読み手とが一緒にじっと見つめることで、思索のおもしろさに気づかせてくれます。
さて、このイメージ遊びは、『ばけばけばけばけ ばけたくん』がさせてくれるそれと、めざすところがほぼ同じですよね。
つまり『りんごかもしれない』のりんごと、『ばけばけばけばけ ばけたくん』のばけたくんは、ほぼ同じ立ち位置なのです。
2つにちがう部分があるとすれば、おばけというモチーフの方は「おばけである」というだけで、私たちの想像がどこまでもひろがるということでしょう。
そう考えると、おばけが出てくるか、そうでないかで作品を判断しようとするのは、ナンセンスかも。
それよりも、読み手である子どもたちや自分が、その絵本の遊びにここちよくのっかれるかどうかが、選ぶポイントになるのです。
提案したい、おばけ絵本の選び方
ところで、私自身は子ども時代にいろんなおばけ絵本に親しんできました。
だから、おばけ絵本とよばれる作品群に出くわしたときに「怖い」「気味悪い」と思うことは、いまでもありません。子どもの読みに近いんだと思います。
一方で、大人からの「気味悪い」という声も理解できるいま、私には大人たちに提案したいことがあります。
おばけ絵本を選ぶとき、もしもあなたのなかで「気味悪い」の感情が顔をのぞかせたら。
その言葉を口にするのをひととき我慢して、子どもに判断をたくしてみてほしいのです。
店頭で、図書館で、とびだしてしまいそうなひとことをぐっとのみこんで、まずは一冊まるごとを子どもと一緒に読んでみてください。
そして、読む前、読む最中、読んだあとの子どもたちのようすを、よく眺めてください。
なんらかの興味が、子どもたちのなかに見てとれるなら、そのおばけ絵本は「絵本としても」悪くない可能性が高いでしょう。
おばけ絵本を、どうしてもジャンルで見てしまうという大人の方には、有効な方法だと思います。
これをくりかえしていると、おばけ絵本だけでなく、多くのすぐれた絵本を自力で見つけ出せるようになります。
てらしま ちはる
絵本研究家、フリーライター。絵本編集者を経験したのち、東京学芸大学大学院で戦後日本絵本史、絵本ワークショップを研究。学術論文に「日本における絵本関連ワークショップの先行研究調査」(アートミーツケア学会)がある。日本児童文芸家協会、絵本学会会員。絵本専門士。
写真:©渡邊晃子
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