【編集長の気になる1冊】はじまりはいつだって。『あした、がっこうへいくんだよ』
「……やっぱりダメだ。行きたくない」
家で待っている私に、息子からのか細い声が届く。今どこにいるのかと聞けば、学校のグランドがすぐそこに見えるほどの距離にいると言う。電話口から彼が必死の声で訴えかけてくる。
「大丈夫、とにかく行ってみな」
「いやだ、できない」
「とにかく行っちゃえば、絶対に声をかけてくれるから」
時間がかかってでも、電話は切らずに励まし続ける。わかるよ、わかるその気持ち。だって、私だったらきっと逃げ出していたもの。
彼が躊躇したのは、自分から行きたいと言い出した野球チームの練習場。今日から参加すると伝えてはいるものの、すでに始まっているチーム練習の雰囲気に割って入っていくのはなかなかの試練。それに練習着だって自分だけちょっと変。だけど、彼ならきっと乗り越えられる。
何を隠そう、彼以上に「はじめて」が苦手なのは私の方。初めて入る幼稚園の部屋の前で立ち往生、初めて一人で向かったピアノの教室の前でUターンをし、知らない人ばかりがいる遊び場やイベントから何度も逃げ出してきた。今日だって、息子に一人「はじめて」を背負わせている……だけど。
あした、がっこうへいくんだよ
「おやすみ、ウイリー。
あした、きみ がっこうへいくんだよ。」
大丈夫、学校って素敵なところさ。
だから、おやすみ。
君は大きくなったんだから、灯りを消しても寝れるよね。
……でも、今夜だけ。
「ウイリー? まだおきてるの?」
のどが渇いてるんだ!
ぼくも飲んでいい? ああ、落ち着いた。
もう寝れるよね。
一晩寝たら初めての学校の日。楽しみだってあるけれど、やっぱりちょっと落ち着かない。不安だってある。だけど、ぼくだってこんなに大きくなったんだから、きっとがんばれる。先生に会って、給食を食べて、友達にも会って……。
行ったりきたりの気持ちを聞いてくれるのは、大好きなクマのぬいぐるみ、ウイリー。新しい一歩を踏み出そうとする彼を見送ってくれるのだって、ウイリー。自分をはげまし、奮い立たせる方法は色々あるし、ちょっぴり時間だってかかるもの。この愛らしくも健気なやり取りこそ、大切で邪魔をしてはいけない瞬間なのです。
さあ、いってらっしゃい。急がなくても大丈夫、 ウイリーと一緒に、その背中をしっかり見守っているからね。
(磯崎園子 絵本ナビ編集長)
確かに困難な状況。だけど、小さいながらに、彼は自分をはげまし、奮い立たせながら同じ状況を何度も乗り越えてきたのを知っている。時間はかかるけれど、逃げ出さずに何とか踏ん張っている。私にできるのは、話を聞き、理解をし、ゆっくりと見守っていることだけなのである。
絵本の中の彼は、もうウイリーの方を振り向くことはないのかもしれない。いつか、息子だって私の事を振り向かなくなっていくのかもしれない。そうなったら嬉しい。そうなるまでには、まだまだ時間がかかるのかもしれないけれど。
こちらはいそいでないので。今日もまたゆっくりと「はじめて」に向かって。
「いってらっしゃい」
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磯崎 園子(絵本ナビ編集長)
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