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絵本ナビ編集長の気になる1冊

【編集長の気になる1冊】引き出しにしまってあるのは。『どうしてなくの?』

 

小さい頃からよく泣いてきた。そしてなぜか、理由もわからず泣いている時に見ていた景色の記憶は鮮明だ。

 

泣き続ける私の手を引き、困ったように校庭をウロウロ歩き続ける父の姿。誰もが声をかけるのを諦め、一人になっても泣く私が座っている大きなベンチ。

 

教室の真ん中でこっそりと涙を浮かべ、たまらなくなって飛び出していくのは、思春期すぎる学生時代の私。しゃくりあげながら料理をしていた台所の光景や、寝ている息子の横で、声が漏れないように手で口をふさいで横になっていたその部屋の暗さも忘れることはない。

 

切実な感情の一歩先。具体的な動機がないからこそ、もう一人の自分が冷静に眺めていたのかもしれない。そのどれもが大切な記憶。心の中の引き出しに大事にしまってきた。

どうして なくの?

どうして なくの?

マリオは考えごとをしています。そして、やっと聞こえる小さな声でお母さんに聞きます。

「ぼくたち、どうしてなくの?」

この質問に対して、お母さんはちょっと考えて。そして、お母さんの思う色々な「なく」について教えてくれます。三つ編みの少女だった頃の自分を思い出しながら。

例えば悲しい時は、体からあふれてしまうのだ、とか。怒った時は、黒い雲みたいに激しい雨を降らせたり、暗闇で自分のいるところがわからない時や、抱きしめてほしくて泣く事もあるのだ、とか。泣き方だって色々。何時間も叫んだり、締めたはずの鍵穴から流れ出すように泣くことも。

ぶつかった壁があまりにも高くて、泣いてしまったり、痛みを和らげてくれるような涙もある。ただ泣きたい時だってある。これはみんな、お母さんの経験なのかな。マリオはお母さんのはなにそっとキスをして……。

誰だってみんな泣くけれど、その理由はさまざまで、個人的なもの。この絵本では、ただ説明するだけではなく、感情に込められた色々な思いが伝わってくるような言葉。そして、呼応するかのように美しく抒情的に描かれた絵。それらが読む人の具体的な経験と重なっていき、いつしか包み込んでくれるかのような気持ちになっていき。だからこそ、とても魅力な1冊となっているのかもしれません。巻末には、「なみだ」についての科学的解説も!

(磯崎園子 絵本ナビ編集長)

https://www.ehonnavi.net/ehon/155243/%E3%81%A9%E3%81%86%E3%81%97%E3%81%A6%E3%81%AA%E3%81%8F%E3%81%AE%EF%BC%9F/

大人になれば、泣く回数は減っていく。だけど、かわりに記憶していくのは息子の涙を流す姿。空を見上げて、こちらをまっすぐに見ながら、膝を曲げて、ベッドの上に突っ伏して。どんな顔をしていたのか、声をあげたのか、静かにただ泣いているのか。それらを全部、自分の痛みとして刻み込み、引き出しにしまっていくのである。

 

そして息子も泣く回数が減っていく。今度目に入ってくるのは、知らない人の泣く姿。差し迫る感情は同じだけれど、私にはまだ、その記憶をどうしたらいいのかわからないでいる。

磯崎 園子(絵本ナビ編集長)

掲載されている情報は公開当時のものです。
絵本ナビ編集部
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