【編集長の気になる1冊】はらぺこの記憶。『はらぺこさん』
「もう帰ろうよ……」
あたりはすっかり暗くなり、誰もいなくなった公園で、ひとり鉄棒にぶら下がっているのはわが息子。そのぼやけたシルエットを、ベンチに座って茫然と眺めているのが、10年前の私。
会社を飛び出し、満員の電車に揺られ、駅に止めてある自転車に飛び乗り、後から行く方がしんどいからとスーパーに立ち寄り、そのまま保育園へお迎えの時間ぎりぎりセーフで滑り込む。まっすぐ家に帰りたいところだが、公園へ。遊び足りない息子は更に鉄棒やらブランコやらを一通り楽しむのが日課となってしまっていたのだ。そして、ベンチの上の私は電池切れ。いけない、このままだと帰れなくなる。
片手をゴソゴソ、ほとんど無意識のままビニール袋の中に突っ込んで、器用に少しだけ食パンをちぎり、口に放り込む。なんとか咀嚼をしてゴクリと飲み込み、ひと呼吸。ふー。
「さ、帰ろうか!」
息子を抱え、かごにひょいと乗せ。再び全力で自転車をこぎ出しながら、少しクリアになった頭でこんなことを考える。
「ああ、人はお腹が空くと動けなくなるんだな」
先に買い物しておいて良かった。食べ物の力ってすごい。
これが、私の中の強烈な「はらぺこ」の記憶。
はらぺこさん
「はらぺこ はらぺこ ぺっこぺこ」
おやつの時間まであと20分、そんなに待てないよー。
はらぺこさんになっちゃうよー!
みんなも、よく「はらぺこさん」になるよね。夢中で遊んでて、気がついたらはらぺこさん。お父さんがご飯をつくると時間がかかるから、はらぺこさん。いいにおいがすると、はらぺこさん。はらぺこさんになると、なんだか声が小さくなる。ぐるぐるぐるって音がする時もある。
ぼくたちは、いつ「はらぺこさん」になるのかな?
どうして「はらぺこさん」になるのかな?
おやつでお腹をいっぱいにするのは、ダメなの?
……実はね。「はらぺこさん」になるのはとっても大事なことなんだって、この絵本は教えてくれます。そうか、そうなんだ。食事に関するあれやこれ。子どもにはとっては面白く、大人にとっても納得の楽しいかがく絵本です。
(磯崎園子 絵本ナビ編集長)
とっくにお迎えもなくなり、さらに在宅勤務が続く今、いつでも自分のタイミングで食べたいものが食べられる。
「もうだめだ、腹がへって動けない」
そう言って高校から帰るなりソファーに倒れ込む息子を見ながら、そういえば最近あんまり「はらぺこ」になっていない自分に気づく。食欲だって、そこそこだ。
「うんめっ!」
確かに一番のごちそうはお腹を空かせること。息子はどうやら知っている。感心しながら思い出すのは、あの食パンの味。大人こそ、食生活を見直さなくてはね。
磯崎 園子(絵本ナビ編集長)
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