【小学5、6年生におすすめの新刊】『その魔球に、まだ名はない』
女の子にこそ読んでほしい物語
まずこの本の表紙をパッと見た時、どんなお話を想像しましたか?
ピッチャーの男の子が球を投げる瞬間が描かれているので、野球の話だと思ったでしょうか? おっ、野球の話だ! と手にとる男の子もいれば、なんだ野球の話か、と興味をなくす女の子もいるでしょう。
けれどもこの本は、実は女の子にこそ読んでほしいお話なんです。それはなぜかというと……。
『その魔球に、まだ名はない』
出版社からの内容紹介
野球から世界が見えてくる、少女の成長物語です。
10歳にしてインテリの剛腕K.C.ゴードンは、独自の魔球を編み出し、草野球では無敵のピッチャーとして活躍していました。
ある日、その実力がリトルリーグのコーチの目にとまり、すすめられるがままにトライアウトを受けてみたところ、みごと合格!
ゴードンはメジャーリーグへと続く新たな世界に心躍らせるのですが、その扉は密告によって、鼻先で閉ざされてしまいます。
ゴードンのフルネームは、キャスリン・キュリー・ゴードン。
女の子だったからです。
でも、ゴードンは泣き寝入りしませんでした。
リトルリーグの規定、第3条G項「女子は対象外とする」は不当であること、女子にも野球はできるということを証明すべく、調査を開始。
図書館に走り、女子野球について調べるうちに、思いもかけない真実が……!
1957年、スプートニクが宇宙へ飛び立ち、公民権運動が盛り上がりつつあるこの時代の空気が、いきいきと伝わってくる物語です。
おすすめポイント
この本の表紙で球を投げようとしている子は男の子ではなく、女の子。そしてこのお話をひと言でいうなら、女の子が闘うお話なんです。
今よりもずっと女子はこうあるべき!という見方が凝り固まっていて、行動にも制限のあった1957年のアメリカで、野球が大好きなケイティは、<女子は対象外>と譲らないリトルリーグになんとか入会を認めてもらうため、闘うための材料を集めていきます。
野球の話が中心ではありますが、野球に限らず、なにか壁にぶち当たった時に、自分の力でどう乗り越えていけば良いか、あきらめずにどう行動していけば良いかをケイティが身をもって教えてくれる物語です。
どんな子におすすめ?
小学5、6年生におすすめしたいお話です。先ほどから何度も言ってしまっているのですが、特に女の子が読むと勇気づけられるお話ではないかと思います。野球以外にも社会のさまざまな問題を知ったり、考えるきっかけとなり、読み応えがあるので中高生にもおすすめしたい作品です。野球が好きな子は興味深く読める場面がたくさんあるので、本を読むのは苦手だけれど野球は好きという子にも手渡してみたいお話です。一方で野球に関心が薄かったり、野球のことをあまり知らなくても面白く読めます。
野球の話題以外では、舞台となる時代が1957年という、世界初の人工衛星であるスプートニクの打ち上げに成功した年なので、宇宙開発に盛り上がる当時の空気や人々の様子が描かれます。よく見ると本の表紙にもスプートニクらしきものが!? 宇宙に関心のある子にも手渡してみたい作品です。
また、かつて野球少女・野球少年だった大人の方にもおすすめします!
どんなお話?
主人公のケイティ・ゴードン(10歳)は、野球が大好きな少女。ある日、ケイティのピッチングを見たリトルリーグのコーチの目に止まり、リトルリーグの入団テストを受けることに。ケイティは、力学を用いて生み出した、まだ名前のない決め球を見せて見事合格!しかし、同じく入団テストを受けたメンバーから女の子だということを密告され、リトルリーグへの入団を取り消されてしまいます。その手紙に書いてあったのは次のような文言でした。
「リトルリーグの選手は男子のみ、いかなる状況でも女子は対象外」
「リトルリーグは、女子を差別しているわけではありません。それどころか保護しているのです。」
この取り消しにどうにも納得できないケイティは、闘うことを決意し、理解あるママのアドバイスや協力を得ながら、リトルリーグの言い分が間違っていることを証明する証拠を集めに動き出します。証明するための証拠とは、活躍した女子野球選手の情報を見つけること。はじめはほんの少しだった手がかりも、行動していくうちに新たな事実が見つかり、さらには元女子野球選手だったという女性たちに、実際に会って話を聞くことができたケイティでしたが……。はたして、ケイティの努力と望みは、リトルリーグの本部に届くのでしょうか。
ここが面白い!
- このお話に出てくるケイティと家族、友だちはすべて架空の人物ですが、登場する女子野球選手は実在の人物です。プロとして活躍したたくさんの女子野球選手がいたこと、しかし実力に反してさまざまな苦労を強いられていたこと、今でもメジャーリーグでは女子選手はひとりもおらず、女子選手との契約を禁じるルールが正式には破られていないこと。その事実を知り、どんなことを考えますか?
- 主人公のケイティの行動のいつも心強い味方となってくれるのが、ケイティの母親です。常にケイティの意思を尊重しながらも的確なアドバイスをする母親の姿は、女の子を持つ親御さんにも共感される部分が多くあるかもしれません。
「行動には結果がともなう」
「あなたには、なにがあろうと、正しいと思うことをしてほしい。でもね、かわいい娘が傷つくのは、ぜったい見たくない」
「一口に闘いといっても、闘い方は千差万別よ」
母親がケイティにアドバイスとしてかけた言葉が心に残ります。
- リトルリーグには拒絶されてしまうものの、草野球チームの男の子たちは、ケイティの実力を認め、快く野球仲間として受け入れてくれます。新しく仲間に入ってきた子はきまってはじめにケイティをバカにするのですが、ケイティの投げる球のすごさを体感した途端に見る目が変わるところは、してやったりといった感じでスカッとする場面です。
- ケイティの担任のハッシュバーガー先生の、クラスの子どもたちに出す課題が面白く、社会のあらゆる問題に対する考え方や姿勢はクラスの子どもたちを正しく導く頼もしさがあります。ハッシュバーガー先生の存在もケイティに大きな力を与えています。
- はじめは図書館で女子野球選手の新聞記事や雑誌記事を見つけるだけだったのが、実際に元野球選手として活躍した女性にインタビューする機会を得たり、また身近な先生が元野球選手だったりと、どんどん求めていた情報が見つかっていくところに興奮します。
⇒自分と同じように悩み、行動した先人の存在に励まされます。
- はたして最後にケイティが手にしたものは何だったのでしょうか? ケイティの熱意と勇気が、どんな風に周りを動かすことになったかにも注目してみて下さい。大人だけでなく、ケイティの行動に励まされた子どもたちもいたようですよ。
いかがでしたか?
このお話は、大きく3つのことを伝えてくれているように思います。
・あきらめないで行動することの大切さ
・行動する時には、その方法をよく考えること
・正しく行動したからといってうまくいくとは限らないこと
とくに、3つ目の現実は、この物語を通して初めて理解する子どもたちも多いかもしれません。けれども求めていた結果にたどり着かなかったとしても、行動することによって想像もしていなかったものが得られることもある。そこに大きな希望と勇気が感じられる力強いお話です。
秋山朋恵(絵本ナビ 児童書担当)
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