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赤ちゃん研究から誕生した絵本で楽しく親子のコミュニケーション

その子の言語発達段階にあった絵本を一人ひとりに届けたい!「パーソナルちいくえほん」が誕生するまで

NTTコミュニケーション科学基礎研究所が持つ「幼児語彙発達データベース」をもとに作る、我が子にぴったりな世界にひとつだけの絵本「パーソナルちいくえほん」。こちらの記事で概要をご紹介しましたが、今回は同研究所の上席特別研究員・小林哲生さんにこの絵本の開発秘話や、絵本が一人ひとりのお子さんに合わせて作られることのメリットを絵本ナビ代表 金柿がうかがいました!

左:小林哲生さん(こばやしてっせい)

NTTコミュニケーション科学基礎研究所 上席特別研究員。名古屋大学情報学研究科 客員准教授を兼務。NHK幼児番組「いないいないばぁ」の監修を担当。著書に「0〜3さい はじめてのことば」(小学館)、監修絵本に「あかちゃんごおしゃべりえほん」(主婦の友社)など。

 

右:金柿秀幸(かながきひでゆき)

株式会社絵本ナビ 代表取締役社長 CEO。大手シンクタンク勤務後、2001年、愛娘の誕生にあわせて退職。約半年間子育てに専念した後、2002年、絵本選びが100倍楽しくなるサイト『絵本ナビ』をオープン。2003年、「パパ’s絵本プロジェクト」を結成、全国で絵本おはなし会を展開中。NPO法人ファザーリング・ジャパン初代理事。

4,000人以上のパパママが参加し、月齢別に“話せる言葉”を大調査!

金柿:小林先生との対談、楽しみにしていました!今日はよろしくお願いいたします。まずは、「パーソナルちいくえほん」の基盤ともいえる「幼児語彙発達データベース」について詳しく教えてください。子どもが話せるようになる言葉を月齢ごとにデータベース化されたと聞いています。

 

小林:こちらこそ、よろしくお願いいたします。僕は、長年、乳幼児の言語や認知の発達を心理学的に研究してきました。今回のデータは4,000名以上のパパママにご協力をいただき、どの月齢の子どもがどんな語を話せるか、という大規模データを収集して作られたものです。ご協力いただいた方には、約2,700の語を見てもらい、「うちの子、このことばは言えるな」と思うものを選んでいってもらいます。

そうすると、例えば「ワンワン」という語を言える子どもの月齢がどこに集中しているか、ということが見えてくるんです。さらに解析をすると、「全体の50%のお子さんがワンワンと言い始める月齢は15.8ヶ月で、イヌと言い始めるのは26.1ヶ月」というデータになっていきます。

 

このデータは、学術研究に役立てるだけでなく、子どもの言語発達に関わるさまざまな分野で活用してほしいと考えています。例えば、絵本で使われている言葉をこのデータと照らし合わせると、「この絵本は、月齢◯ヶ月の子どもが話せる言葉がたくさん使われているな」ということがわかるので、絵本を探す際のひとつの指標として活用することができます。こうした指標を用いて絵本検索システムも開発しておりまして、図書館や保育園などで実際に利用してもらっています(※1)。

金柿:小林先生の研究データを1人の親として見た時に、ともすれば、我が子が15.8ヶ月を過ぎても、まだ「ワンワン」と言えない場合は、「平均より遅いんだ」と悲観してしまいそうですが、決してそういう意味ではないですよね?

 

小林:おっしゃる通りですね。言葉の発達は、個人差がものすごく大きいものです。育児書には、1歳の誕生日には初語(初めて発する意味のある語)を発すると書いてあることが多いですが、全員のお子さんが初語を話し始めるわけではありません。2歳ちかくになっても初語がまだ出ていないお子さんもいますし、その場合でも、後からおしゃべりが上手にできるようになっていくことが多いです。つまり、お子さんそれぞれのペースがあるということだと思います。

一人ひとりの言語発達ステージに合わせた「自分だけの絵本」

小林:我々が開発した「パーソナルちいくえほん」も、先ほどのデータベースを活用した別の事例とも言えますが、おしなべて「◯歳向けの絵本」という、ざっくりした指標ではなく、発語という視点で「この子にとってちょうどいい言葉」が使われている絵本を一人一人に届けたいというコンセプトから生まれました。

例えば「すきなもの」という絵本を注文する際に、今お子さんが言える言葉をチェックしてもらいます。チェックされた言葉のリストを研究データと照らし合わせることで、お子さんが次に言えるようになる言葉を統計的に推定できますので、それらの言葉を盛り込んで絵本が完成するという仕組みです。

 

金柿:その時の成長過程が刻まれた、特別な一冊というわけですね。大人になった時に「この時に、こんな言葉を話せるようになったんだな」と思い返せる。まさに親にとっても子どもにとっても、宝物のような絵本になると思います。

 

小林:ありがとうございます。この絵本は、だいたい1歳半~2歳半頃のお子さんを想定して作っていますが、その時期になると、「語彙爆発」といって、言葉を覚えるスピードが5倍ぐらいになるタイミングがあります。平均的には5日に1語のペースが1日1語ぐらいになるんです。ですので、もうすぐ言えるようになる語をチョイスして絵本に盛り込み、おしゃべりがどんどんできるようになるきっかけをより多く提供できたらと思っています。

 

金柿:子どもって急に話せるようになっていきますもんね。僕は今の話を聞いて、歩き始めたばかりの赤ちゃんとパパママの姿を想像しました。よちよち歩きしている子どものちょっと目の前に手を差し出すと、そこめがけて楽しそうに歩いてきますよね?「パーソナルちいくえほん」も同じで、もうちょっとで話せそうな言葉はこれだよ、と優しく導いてあげられるなと感じました。

「自分だけの絵本」だからこそ生まれる、親子のコミュニケーション

小林:「パーソナルちいくえほん」には、お子さんそれぞれの言語発達段階に合わせた言葉がちりばめられているだけでなく、注文時に指定してもらった「お子さんの好きなもの」をストーリーに反映させることで、お子さんの興味をひき、反応を得やすくする工夫がされています。絵本に出てくる言葉が難しすぎたり、子どもの興味とあまりにもかけ離れていたりすると、せっかく読んであげても、お子さんのリアクションがなく、もどかしい気持ちになってしまいますよね。せっかく読むのであれば、親子のコミュニケーションが促進されるような絵本を、という想いで開発に取り組みました。

金柿:親が話しかけた言葉を、子どもが言えるようになる時って、親自身も充実感を得られる瞬間ですよね。子どもの成長に貢献できている、と実感できると、日頃の疲れも吹っ飛ぶ気がします。

 

小林:はい、小さなコミュニケーションの成功体験が積み重なって、親子の絆は深まっていくのだと感じます。金柿さんは、よく「絵本はコミュニケーションツールだ」とおっしゃっていますよね?

 

金柿:そうなんです。言葉を覚える前の赤ちゃんでも、コミュニケーションは始まっていますが、親になったばかりの頃は何を話しかければいいかわからないものです。特に男性は、子どもに話しかけるのが恥ずかしくてしょうがない、と感じる方も多いのではないでしょうか。職場では真面目な顔をしていても、家に帰ると全力で「いないいないばぁ」をしている。このギャップに、最初は私も戸惑いました(笑)。

小林:僕は子どものお風呂担当なのですが、生まれたばかりの頃は、何を話せばいいかわからず、子どもを無言で洗っていました(笑)。妻に「何か語りかけてあげたら?」と突っ込まれたことがあります。言葉を専門にしていても、いざ子どもを目の前にすると難しいものですね。

 

金柿:そうだったんですね(笑)。そんな時こそ、絵本は最良のツールです。絵本の言葉を借りてコミュニケーションをとることができるんですよね。そうしているうちに、こんな言葉で話しかければいいのか、赤ちゃんはこういうところに興味を持つんだな、とわかってきます。

 

小林:僕も、絵本からいろいろなヒントをもらったパパの1人です(笑)。

 

金柿:「パーソナルちいくえほん」は、子ども自身の名前が登場しますし、その子が言えそうな言葉だけが使われているので、そのまま読んであげるだけで、子どもとのコミュニケーションが楽しめそうですね。「読み手を選ぶ絵本」とは違い、“楽しく読む技術”が不要なので、新米パパママにとって心強い絵本だと思います。

子どもが読みたい絵本、大人が読ませたい絵本

金柿:イラストについても少しお聞きしたいのですが、この「パーソナルちいくえほん」を手がけられたのは、「しましまぐるぐる」でおなじみの、かしわらあきおさんですね。

 

小林:はい、赤ちゃん絵本の第一人者として世界的にも高く評価されている、かしわらあきおさんにお願いしました。

どんなイラストを採用するかを検討するにあたり、約2万人を対象に行った研究結果を参考にしました(※2)。その研究では、ロボットが子どもに「どの絵本を読んでみたい?」と話しかけ、浦島太郎や赤ずきんなどの定番絵本のイラストが異なる作品を数種類見せます。アニメっぽい絵柄のもの、シックな色合いのもの、人物より風景がメインのものなど…。

3歳以上の子どもたちはロボットとお話をしながら、読みたい絵本を選んでいくのですが、言葉でのコミュニケーションがまだ取りづらい0〜2歳児は、目の動きを測定して、どのイラストに注目するかを見ていきます。そうすると、コントラストがはっきりしたタッチで描かれ、目や口が強調されている絵が好まれる傾向にありました。かしわらあきおさんの「しましまぐるぐる」がまさにそうですね。

 

「しましまぐるぐる」は視覚の心理学的知見を参考に作られて人気を博していますが、赤ちゃんが視覚的に興味をもちやすい絵で言葉の発達を促せたらと強く思っていましたので、これはかしわらあきおさんにお願いするしかないと思い、オファーしました。

余談ですが、興味深いのは、大人が同じ質問をされた時の結果です。大人は、非常にアーティスティックな絵柄の絵本を読ませたいと思っているようです。「赤ずきん」で言うとバーナディット・ワッツ、「ねむりひめ」だとフェリクス・ホフマンの絵本です。金柿さんもきっと好きですよね?

金柿:たしかに、バーナディット・ワッツの赤ずきん、子どもに読ませていました。それにしても、大人と子どもでは完全に逆の結果が出ていますね!大人が読ませたい絵本と、子どもが本当に読みたいと思う絵本は、必ずしも一致していないということですね。せっかく絵本を読み聞かせるのであれば、子どもが面白そう!と感じる絵本を選んだ方が、反応がより大きく返ってくるので、親子のコミュニケーションツールとしては機能すると思います。

最新の研究が明らかにした「絵本を読むことの良い影響」

金柿:子どもの言語発達にも、絵本は良い影響をもたらすのでしょうか?これまでもたくさんの研究がされてきたかと思いますが…

 

小林:はい、最近になって面白い研究結果が出始めています。2019年に発表された米国の研究で、1〜2歳の時に絵本をたくさん読み聞かせてもらった子どもは、小学校2〜3年生になった時の国語と算数の学力が高くなるだけでなく、本を自ら読もうとする意欲も高かったということが明らかになりました(※3)。

これまでは家庭の経済状況や大人からの普段の声かけの量など、絵本読み以外の要因を十分に統制できていなかったのですが、今回の研究で初めて、「絵本の読み聞かせ量と、のちの学力に強い関係性がある」と結論づけられる研究が発表されました。研究に参加した1歳児を小学生になるまで追跡するのは非常に骨の折れる作業なので、こういった研究はなかなかできなかったのですが、絵本効果のエビデンスがようやくそろってきた感じがします。

 

金柿:おぉ、それはすごい!ここまで明確に「絵本を読むことの良い影響」を示してくれる研究データは、絵本ナビを運営する私たちの励みにもなります。これからも、情報発信者、研究者というそれぞれの立場から、1人でも多くのお子さん・パパママに、絵本を楽しんでもらえるよう活動を続けていきたいですね。本日はありがとうございました!

※1 NTTで開発した絵本検索システム「ぴたりえ」の紹介動画 https://www.youtube.com/watch?v=xhyKKJIWtkE&t=2s

※2 九州女子大学の村上太郎研究室との共同研究成果

※3 Demir-Lira, E., Applebaum, L.R., Goldin-Meadow, S., Levine. S.C. (2019). Parents‘ early book reading to children: Relation to children’s later language and literacy outcomes controlling for other parent language input. Developmental Science, 19(4), 673-685.

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絵本ナビ編集部
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