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子どもの視点でストン!とわかる絵本 〜てらしま家の絵本棚から〜

『はらぺこあおむし』の「あな」で子どもがあじわう達成感! 本好きが育つ家の工夫とは?

 

絵本記事を書いたり、絵本について研究の日々を送る、絵本研究家のてらしまちはるさん。その活動の原点には、小さな頃にお母様から読み聞かせてもらったたくさんの絵本があるそうです。子ども時代の一風変わった、けれど本当はどこにでもある絵本体験を、当時の視点で語ってもらいます。「絵本の楽しさって何?」「読み聞かせているとき、子どもは何を思っているの?」そんな大人の疑問を解く、意外なヒントが満載です!

違和感の正体は?

私の実家には、子ども時代の絵本がいまもぜんぶとってあります。その数、ざっと400冊。

 

このあいだも帰省して、昔のままの『はらぺこあおむし』を開きました。すると、あれっ? 知らない本を見るような違和感が、私をすっぽり包みこみました。

 

なんでこんな感覚におちいるんだろう……? 違和感の正体をおいかけて絵本をめくるうち、ようやくつきとめました。ページにあいたしかけの穴が、小さくなっていたんです。いいえ、正確には、私のからだが大きくなっていたんですが(笑)。

 

穴というのは、ご存じ、あおむしが食べ物をかじった跡です。『はらぺこあおむし』は、卵から生まれたあおむしが一週間いろんなものを食べ、やがて蝶になる話。登場するどの食べ物にも丸い穴があけられて、読み手は彼のたどった跡をなぞることができます。

 

すっかり大人になった私の指は、もうその穴には入りませんでした。ちょっとさびしいけれど、なぞがとけてスッキリ。

なつかしい絵を、じっとながめます。すると、子ども時代の「没頭する感覚」が、クリアに浮かびあがってきました。

 

そう、3歳だったあのころ。私は、まだ小さかったひとさし指を、とにかく穴につっこみたくてしょうがなかったのです。

はらぺこあおむし

にちようびの あさ うまれた ちっぽけな あおむしは、 おなかが ぺっこぺこ。
げつようびには りんごを ひとつ、 かようびには なしを ふたつ……。
たくさん たくさん たべて、 ふとっちょになった あおむし。
さなぎになって、 さいごは うつくしい ちょうちょに へんしんします。

【読んであげるなら】4歳〜 

【私が昔読んだ年齢】4歳ごろ〜13歳ごろ

 ※本記事の内容は『はらぺこあおむし』〈通常版〉を想定しています。

あおむしになりきって、成功体験をかさねる快感

ページに描かれた食べ物の穴に、ひとさし指をすっぽりつっこみ、ウニウニ動かす。満足したらスポッと出して、次の食べ物でまた同じ動きをする−−。

 

夜の絵本タイムに母が読んでくれる間じゅう、あきもせず延々と、私はこれを繰りかえしていました。なぜでしょう? それは、自分の指がすっかり主人公になりきれるからでした。

 

穴のふちにふれるだけで、私のひとさし指はたちまちあおむしになります。指を奥まで進めて、つっこんだまま次のページをめくれば、「貫通するまでぜんぶ食べられた」という大きな満足感がみなぎります。

 

穴であそぶことは、そのまま「達成感や成功をあじわう」ことでした。

 

この気持ちよさは、本能。だから、じゃまされずに心ゆくまでかみしめたい。当時の心境をいい表すなら、まさにそんなところです。

 

昔の私と同じような子が、ほら、絵本ナビ「みんなの声」にも見つかりましたよ。

くだものに開いた穴はもちろん大好きで、このページにくると、必ず全部の穴に指を入れていましたね。

(R☆さん/40代ママ 2015年投稿 ※原文から抜粋・要約)

わかるわかる、気持ちいいよねえ……! いまの子たちもやっぱり変わらず、「できた!」の快感に身をゆだねているようですね。

 

達成感や成功体験は、子育てのキーワードとしてもたびたびとりあげられる話題。これをしっかり感じられるのは、成長のたいせつな原動力になります。シンプルで力強い『はらぺこあおむし』のような、良質の絵本なら、たとえばこんなあそびをとおして体験できていることはよくあります。

 

絵本を子どもが心底おもしろがっているとき。それは「生きるためのエッセンス」をぐんぐん吸収しているときです。

 

そばにいる大人は見守って、一緒にあそんでみてください。よりそう人の存在があれば、その吸収力はいちだんと大きくなります。

絵本がおもしろい、だからやぶれてしまうんだ

さっき紹介した「みんなの声」のR☆さんは、投稿でこんなこともおっしゃっていました。

「きんようび」と「どようび」のページなんて、どの穴もヨレヨレです。あっちのページ、こっちのページ、いたるところセロハンテープだらけです。そのうち下の子が生まれ、下の子もやっぱりこの絵本が大好きで、セロハンテープはますます増えました。

(R☆さん/40代ママ 2015年投稿 ※原文を要約)

R☆さんは、穴あそびで絵本がやぶれるのをいやがらないお母さんのようです。このきょうだいは幸せですね。子どもが絵本をこころゆくまで楽しめるのは、安心をくれるこんな大人のそばなんです。

 

『はらぺこあおむし〈通常版〉』を読むのは、たいてい3歳前後より大きな子。このくらいの子が絵本をやぶるのは、1歳の子がそうするのと意味がちがうのは、きっとお気づきですね。もちろん、個人差はありますが。

 

2歳ごろは、絵本のとらえ方が「おもちゃ」から「本」へと変わるはざまの時期。それをすぎた多くの子は、絵本を「おもちゃ」として乱暴にあつかうことはぐっと減り、「本」へのリスペクトをどことなくいだきはじめます。

 

とすれば、『はらぺこあおむし』の読者がページをやぶってしまうのに、もてあそんで手荒にあつかったケースはごく少ないでしょう。私自身の経験からは、ほとんどが「おもしろいから自然とやぶれてしまった」んだと思うのです。

 

好きなタイトルほど、何度もひらいて、いつも同じように使いますもんね。とくに『はらぺこあおむし』の穴は、指をつっこむためにあります。たっぷりあそんだ結果そうなったなら、絵本として冥利につきるというもの。

 

「やぶっちゃった、どうしよう」ととまどう子には、どうか「一緒に直そう」と声をかけてあげてください。まわりの大人のおおらかさが、その子の本とのつきあい方を、将来にわたって前向きなものにしてくれます。

「一緒に直そう」は、本とのいい関係の第一歩

実際、私の母や祖父母はセロハンテープで直してくれて、子どもとしては深い安心感を覚えました。「仕方なくやぶれたなら、怒られはしない。ちゃんと修理すればいいんだ」というやすらいだ気持ちは、やがて本そのものへの愛着となって、いまも私の奥を流れつづけています。
 

直し跡は、子どもに愛された勲章。よごした分だけ人としての実りはゆたかになると、ゆったりした気持ちでつきあってあげてくださいね。

「通り道に本棚」で本の好きな子に

子ども時代の身のまわりを思い浮かべていて「そういえば、これも本好きになったきっかけだ」というのが、けっこうあると気づきました。

 

そのひとつは「通り道に本棚があったこと」。せっかくなので、今日はこれをじっくり思い出してみましょうか。

 

私が小学校を卒業するまで住んだ家は、30年前で築50年超の木造一戸建て。古くてせまくて、家族がひしめきあっていました。その家では、大人の背丈ほどの本棚を、きゅうくつな廊下にでんと置いていたんです。

 

上の方の段には、母の小説や父の趣味の本。下の、子どもの目線くらいの段には、絵本がぎっしりつまっていました。

 

夜、母が「もう寝るよ。絵本もっておいで」というと、てらしま家の三姉妹はその本棚にかけよって、めいめい好きなものを1、2冊つかんでくるのが日課。

 

でも、活躍するのはそのときだけじゃなかったんです。

 

この廊下は、みんながひんぱんに使う通り道でした。家の構造上、なにをするにも本棚の前をすり抜ける(という表現がぴったり!)しかありません。私はそのたびに、気になる絵本を立ち読みしていました。

 

本棚が物理的に近いと、いつも絵本が視界に入るんです。四六時中、ここが私の「娯楽」でした。

 

生まれてから小学校卒業までをそうしてすごした私には、絵本や本が近くにあってあたり前。のちに環境が変わっても、私の本好きはブレませんでした。

 

その土台が、ここで作られたんだと思います。

なにげない環境が、子どものその後を方向づけることも

かたや妹たちを見ると、状況がだいぶちがって興味深いんです。

 

私たち家族はそのあと、冒頭の「実家」に移ります。こちらは郊外の新築で、前よりは広く、家具を廊下に置かなくてもよくなりました。やれやれ。

 

けれど、本棚があらたにすえつけられたのは、2階の小部屋。用がなければ行かない場所です。とり出しにくい配置も手伝い、かなしいかな、この本棚はほとんど見向きもされなくなりました。

 

絵本タイムがなくなったのも引っ越しによる大きな変化でした。それまではひとつの空間でだんごになって寝ていたのが、一人ずつ部屋をもらったのです。末の妹までそれなりに大きくなっていたのもあり、自然となくなりました。

 

このとき、まんなかの妹は小学5年生、末の妹は小学3年生。

 

まんなかの妹はそれから、私とは好みのちがう本好きに成長しました。

 

引っ越してから、彼女はファンタジー系の児童文学をよく読むようになりました。中学生になった私は、児童文学をさほど熱心に読まなかったので、その姿がふしぎでなりませんでした。

 

でも、これも環境のなせるわざ。まんなかの妹の部屋には、児童文学や幼年童話のならんだ別の本棚が、置く場所をもとめて運びこまれていたのです。

 

寝起きするエリアにあれば、やっぱり手はのびますよね。それでおもしろさを知ったんだろうなあと、姉はいま、かってに納得しています。

 

さて、小学3年生だった末の妹は、それから本を読んでいるところを実はあまり見ませんでした。

 

いまから思えば、家での彼女の行動範囲には、本棚がどこにもなかったのです。目に入らないものに、アクセスはできませんよね。この子が本と疎遠になったのも、やっぱり環境の影響だろうと思うのです。

 

大人になった末の妹は、いまでは音楽の道にいます。たとえ本好きでなくても、世のなかと向き合うツールはほかにたくさんあって、読書だけがぜったいともいえません。彼女のありようは、それを教えてくれています。

 

でも、どのツール向きかが本当にわかるのは、大人になってから。そして、生き方のすそ野が本でひろがる体験を重ねてきた身には、子どもたちへ「この楽しみを知ってると、役に立つよ」とおせっかいをやいてみたい気持ちもあります。

 

ここで紹介した「本のやぶれをおおらかに受けとめる」「通り道に本棚を置く」の2つは、日常を大きく変えなくても、まわりの大人がすぐトライできることです。

 

ちょっとした環境づくりで、子どもの本への探究心を育ててあげてくださいね。

てらしま ちはる

1983年名古屋市生まれ。絵本研究家、フリーライター。雑誌やウェブ媒体で絵本関連記事の執筆や選書をするかたわら、東京学芸大学大学院で戦後日本の絵本と絵本関連ワークショップについて研究している。『ボローニャてくてく通信』代表。女子美術大学ほかで特別講師も。日本児童文芸家協会正会員。http://terashimachiharu.com/

写真:©渡邊晃子

掲載されている情報は公開当時のものです。
絵本ナビ編集部
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