『しろくまちゃんのほっとけーき』人気の謎を読み解く! 大人たちが挑んだ子どもを夢中にさせる2つの条件
絵本記事を書いたり、絵本について研究の日々を送る、絵本研究家のてらしまちはるさん。その活動の原点には、小さな頃にお母様から読み聞かせてもらったたくさんの絵本があるそうです。子ども時代の一風変わった、けれど本当はどこにでもある絵本体験を、当時の視点で語ってもらいます。「絵本の楽しさって何?」「読み聞かせているとき、子どもは何を思っているの?」そんな大人の疑問を解く、意外なヒントが満載です!
人気絶大、そのワケは?
今日とりあげる絵本は『しろくまちゃんのほっとけーき』。この話、覚えている人はきっと多いでしょうね。
オレンジ色の表紙を頭のなかに思い浮かべて、ちょっとおさらいしてみましょう。さあ、用意はいいですか?
はじめのページをめくりました。まず姿を見せるのは、しろくまの女の子「しろくまちゃん」です。「わたし ほっとけーき つくるのよ」って、私たちに話しかけています。
そうか、ホットケーキを作るのね。じゃあ一緒にやってみよう。たまごを割って、粉をまぜて、熱々のフライパンに「ぽたあん」。どろどろの液体が、ふんわりほかほかに焼けるまで、じ〜っと待ちます。
できあがったら友達となかよく食べて、お皿を洗って−−。はい、物語はおしまいです。
筋書きはいたってシンプル、だいたいこれだけなんですね。「本当?」と思ったら、本物をたしかめてみてください。ね、まちがってないでしょう?
こんなにすっきりした絵本が、いまも昔も人気絶大。どうしてそんなに子どもウケするんでしょう?
「『自分でやりたい!』を満たしてくれる作品だから」というのが、一般的な回答です。調理器具を用意し、材料をまぜ、料理して、食べて、後片付けする。ホットケーキ作りの一連を過不足なく体験できることが、子ども時代の私にとっても、くりかえし読みたくなる理由でした。
でも、ここでは、もう一歩奥をのぞいてみましょう。
この絵本が「自分でやりたい」欲求をかきたてる背景には、2つの条件があると私は思います。そしてそれは、どんな作品にも通じる「絵本が子どもに愛される条件」でもあるんです。
しろくまちゃんのほっとけーき
しろくまちゃんがホットケーキを作ります。卵を割って、牛乳を入れて…。
焼き上がったらこぐまちゃんを呼んで、二人で「おいしいね」。
見開きいっぱいに描かれたホットケーキの焼ける場面は、子どもたちに大人気。
【読んであげるなら】0歳〜3歳ごろまで
【私が昔読んだ年齢】4歳ごろ〜12歳ごろ
五感がフル稼働する、フライパンのシーン
「絵本が子どもに愛される2つの条件」って、なんでしょう?
それにふれる前に、私自身が『しろくまちゃんのほっとけーき』を子どものころにどう読んでいたか、という話から。
私がこの絵本と出会ったのは、ちょっと遅くて、4歳ごろ。ホットケーキ作りをはじめからおわりまであじわえることに、大きな満足を感じていました。
いちばん好きだったのは、ホットケーキがだんだんと焼けていくシーンです。見開きページにフライパンがずらりと並んで、こんな音をたてています。
「ぽたあん どろどろ ぴちぴちぴち ぷつぷつ やけたかな まあだまだ しゅっ ぺたん ふくふく くんくん ぽいっ はい できあがり」。
母がここを読みはじめると、私はなんともいえないその響きを聴きながら、じっとフライパンの変化に目を凝らしたものです。まだどろどろだ、ふくらんできたかな、そろそろ食べごろだぞ、と心の手で生地を触れば、どこからともなく甘い香りがただよってきます。
さて、お気づきですか。このページをあじわうとき、子どもの私は「聴覚」「視覚」「触覚」「嗅覚」をフル稼働させていたんです。
もちろん「触覚」「嗅覚」は空想のなかのできごとですが、ストーリーにあわせて無意識に、それまでの経験を思い出しています。このあと、物語は食べる場面に移るので、最終的には「味覚」の思い出もひっぱりだしてくることに。
子どもにとって、フライパンのシーンで焼き上がりまでを観察する時間は、からだじゅうの感覚を全開にして集中するときでもあります。ここが絵本のいちばんのクライマックスなのは、まちがいありません。
絵本ナビ「みんなの声」には、こんな投稿がありましたよ。
ほっとけーきが焼ける過程では、ホントに子どもの目が光り、ワクワクしているのがわかります。
(ぶり子。さん/30代ママ/3歳女児 2002年投稿 ※原文から抜粋)
昔の私も、こんな顔をしていたんだと思います。目の奥がキラキラと光るのは、子どもが好奇心や満ち足りた気持ちをいだいているあかしですね。
『しろくまちゃんのほっとけーき』は、ひとたび開けば一から十まで、ホットケーキ作りを堪能できる絵本です。しかも、フライパンのシーンでは自分の速度でじっくり順を追えて、くりかえし楽しめます。
子ども時代、私はこの一冊をほかのたくさんの絵本とくらべて、読むときの充実感がとびぬけて大きいと感じていました。
子どもの熱中のかげに、大人4人の奮闘あり
30歳もとうに過ぎた、つい先日。幼いころの満たされた感覚のわけを、おおいに納得する機会がありました。
ある記事を読んで、『しろくまちゃんのほっとけーき』を含む「こぐまちゃんえほん」シリーズが、4人の大人のたび重なる話し合いの末に生まれたと知ったのです。
その4人とは、わかやまけんさん、森久左志さん、わだよしおみさん、佐藤英和さん。『しろくまちゃんのほっとけーき』の表紙には、画家・わかやまさんの名前しかありませんが、ほかに3人も作者のいる共同制作絵本だったのです。
そのとき読んだのが、絵本ナビのこちらの記事。彼らが何者かをはじめ、制作の舞台裏などがくわしく語られていますよ。
大人たちが子どものために、ひざをつきあわせて作った「こぐまちゃんえほん」シリーズ。ああでもない、こうでもないと徹底的に考え抜く姿勢が、シリーズ内の『しろくまちゃんのほっとけーき』にも実を結んだのですね。
記事では、フライパンのシーンのエピソードもとりあげられていました。ここを作るとき、ホットケーキをのせた七輪の前で、大の大人がそろって耳をそばだてたんですって。
彼らの探求は、子ども心をとらえようとする強い気持ちからわきあがったもの。幼い私がこのシーンにのめりこむ背景には、こんな努力があったんだと、はっとさせられました。
長くなりましたが、これこそが冒頭でふれた「絵本が子どもに愛される2つの条件」の1つめです。「作り手が理想の絵本をめざし、試行錯誤してひとつの形をしめしていること」です。
ここで注目すべきは、人数の多少ではありません。作者は4人でも1人でも構わなくて、ゆたかな刺激を子どもに差しだそうとつきつめて、成功しているというのがミソですね。
つきつめるとシンプルになるのは世のことわり。『しろくまちゃんのほっとけーき』がすっきりしているのも、必然です。
この絵本がはじめて出版されたのは、1972年でした。絵本の研究ではこのあたりが、日本の絵本の「黄金期」と呼ばれます。良作がたくさん誕生した時期ということですね。
「こぐまちゃんえほん」シリーズにかぎらず、いまも書店に並ぶ作品には、このころ出版されたものが少なくありません。子どもにフィットする表現を、絵本にかかわる人々が熱っぽく追いかけられた、いい時代でもありました。
『しろくまちゃんのほっとけーき』が「自分でやりたい!」を満たしてくれる一歩奥には、子どもを見据えた大人たちの奮闘が息をひそめています。
絵本は不完全、読む人の声で完成する
「絵本が子どもに愛される条件」は、もう1つ存在します。
それは「大人が心の底からおもしろがって読んでくれること」です。
子ども時代、私がフライパンのシーンを大好きだったのは、なにを隠そう、母の読み方が大きかったのでした。彼女は「ぽたあん どろどろ ぴちぴちぴち ぷつぷつ……」と口にするとき、毎回いまにも笑い出しそうなほど、じつに楽しそうに読んでいたのです。
これは私が「どんなことが書いてあるんだろう?」と絵本をのぞきこむ、直接のきっかけになりました。読んでくれる大人が心底おもしろがっていれば、『しろくまちゃんのほっとけーき』にかぎらず、子どもは興味をしめします。
そうはいっても「おもしろがる方法がわからない……」という方も、いるかもしれませんね。大丈夫! 案外単純なコツがあるんです。
書店や図書館で絵本をえらぶときに「大人の自分がまず楽しいものをピックアップする」。これがコツです。
でも「大人の自分が楽しいかどうか」を、どうやって見きわめるの? それは、その場で開いて、自分の目でまるごと一冊読んでみることです。
むずかしくなんかありません。フラットな気持ちで見て、ひきこまれるものがあれば持ち帰ればいいし、特に感じるものがなければ棚に返すだけです。
こうしてえらんだ絵本なら、声に出すときも気持ちがありありと出ます。すると、読んでもらう子どもとしては、気にならないはずがないんですよね。
てらしま家にやってきた『しろくまちゃんのほっとけーき』も、母が売り場で開いて読んで「これ、好きだなあ」となった絵本でした。実はこのえらび方、彼女が実際にやっていたものなんですよ。
きっと母は、フライパンのシーンのオノマトペ(擬音語・擬態語)に強く心ひかれたんじゃないかと思うんです。ここをひときわはずんだ調子で読んだから、子どもの私も一層好きになったんでしょうね。
絵本が愛されはじめるのって、こんなことなんです。
前にふれたように『しろくまちゃんのほっとけーき』は、4人の大人が知恵をしぼって生み出した完成度の高い作品です。でも、どんなにしっかり作られた絵本も、それだけでは不完全。
読む大人が息をふきこんでこそ、絵本って完成するものです。その声が心底おもしろがっていれば、魅力は底をつきません。
「基準は『自分』」が絵本えらびの近道
あなたは絵本をえらぶとき、いつもどうしていますか?
書店や図書館の本棚には、途方にくれるほどの冊数があるように見えますね。一冊一冊中身を確認するのは、もしかしたら効率が悪いと思うかもしれません。
けれど、絵本を仕事にするようになったいまの私から見て、「大人の自分がまず楽しいものをピックアップする」方法は、実のところいちばん効率がいいように思えます。だって、子どもへの「命中率」がちがいますから。
目にとまった一冊を、ためしに開いてみませんか。
たとえばそれが、名作だろうが、しつけによかろうが、今朝のテレビで宣伝されていようが、無名だろうが、関係ないんです。その場で表紙を開いて「私がおもしろいかどうか」だけに集中し、読み切ってみて「これはいい!」と思う絵本だけ、カゴに入れるのです。
私は仕事でもこの方法を使っています。興味深いことに、一冊一冊ふるいにかけると、結果的に「しっかり作られた完成度の高い作品」が集まります。てらしま家の母が、試行錯誤の結晶の『しろくまちゃんのほっとけーき』を引き当てたように、です。
いまも昔も、えらぶ基準は「自分」だけ。
絵本えらびって元来そういうものですが、情報の多い現代ではわすれがちかもしれません。あなた自身の感覚に焦点をあわせて、長く愛せるわが家の一冊を見つけてくださいね。
てらしま ちはる
1983年名古屋市生まれ。絵本研究家、フリーライター。雑誌やウェブ媒体で絵本関連記事の執筆や選書をするかたわら、東京学芸大学大学院で戦後日本の絵本と絵本関連ワークショップについて研究している。『ボローニャてくてく通信』代表。女子美術大学ほかで特別講師も。日本児童文芸家協会正会員。http://terashimachiharu.com/
写真:©渡邊晃子
この記事が気に入ったらいいね!しよう ※最近の情報をお届けします |