小学生の読書感想文にもオススメ!親子のおしゃべりのきっかけ絵本3選
絵本研究家のてらしまちはるさんは、子ども時代に自宅の「絵本棚」でたくさんの絵本に出会いました。その数、なんと400冊! 「子どもが絵本を読む目線は、大人の思い込みとはちょっと違う」そうですよ。
8月って、いいですよね。なんたって、夏休みがありますから。大人になった今でさえ、この月が近づいてくると、なんだかウキウキしています。
さて、夏休みには、親子でおしゃべりできる時間がいつもよりたくさんあります。依然としてコロナ禍のさなかで過ごす今年は、なおさらかもしれませんね。絵本って、こういうときにももってこいのツールです。子どもと大人が一緒にページを開けば、いつもはちょっと話しにくい話題にも、自然にトライできることがあります。
今日は、この夏、小学生の子どもたちと一緒に読みたい3冊を紹介します。
言葉の通じない感覚をかみしめる『ランカ』
生まれた国で、母国語を使ってずっと暮らしていると、私たちはついつい「言葉が通じて当たり前」と思いがちです。でも、いろんな事情でまったく言葉の違う場所に移り住んだ人は、日本国内にもたくさんいます。
『ランカ』は、そんな女の子の物語です。
主人公のランカは、花や緑あふれるふるさとの国から日本にやってきた10歳の女の子。日本語はまったくわかりませんが、日本の小学校に入ることになりました。下駄箱で靴を履き替えたり、体操服に着替えたり、給食があったり……と、ランカが行っていた学校とはちがう毎日にランカは一生懸命ついていこうとするのですが、ある日、ふるさとを思い出して木登りをしたとき、クラスメイトの男の子に足をつかまれて、「なんでひっぱるの」の思いで胸がいっぱいになり、泣き出してしまいます。するともう一人泣きだした子がいました。足をつかんだ男の子です。二人はまだ言葉は十分に分かりあえませんが、このとき、なにかがランカに伝わりました。
主人公ランカのふるさとがどこの国かは明示していません。この絵本は受け入れる側にいる日本のこどもたちに届けたい一冊ですが、日本語を学び始めの子にも読めるよう、文章はすべてひらがなにしています。
10歳のランカは来日前、一年中あったかくて、森や川がいっぱいある国で暮らしていました。濃い緑に包まれて、花のいい香りが漂ってきそうなその国の風景が、画面いっぱいに広がっています。ランカには2人の友達もいて、いつも一緒に遊んでいました。
でも、ある日、家族が日本で働くことになり、彼女も引っ越してきます。新しい学校を目の前に「あしが ガクガク」します。「まわりのひとの ことばが わからない。もじも よめない」、それで「なんだか ちきゅうに ひとりぼっちの きぶん」になってしまいました。母国と日本との違いの大きさにとまどいながらも、そこに懸命にいようと奮闘するランカに、ある出来事が起こって……。
この絵本の冒頭では、ランカの母国の様子がまずしっかり見てとれます。そこがすごくいいなあと、私は感じます。
言葉が通じない状況を描いた絵本は、以前からありました。たとえば『ぼくのいぬがまいごです!』(エズラ・ジャック・キーツ&パット・シェール/作絵、さくまゆみこ/訳、徳間書店、2000)は、外国語の環境に引っ越したばかりの男の子が、迷子になった飼い犬を、近所の子どもたちと探して回るお話です。彼らの身ぶり手ぶりのやりとりが、面白くて愛情深くて、私は大好きな一冊です。でも、ここには男の子が元いた場所の風景があまり詳しく描かれないので、彼の「それまで」を、私は詳細に思い描くことがありませんでした。
『ランカ』では、それができます。人には必ず背景があることに、自然と想像を向けられるのです。こんな絵本なら、身近にいる人のことや、別の場所に移り住むことを、親子で想像してみるきっかけになり得ます。同じテーマを扱う別の絵本と見比べて話してみるのも、理解が深まるかもしれませんね。
タイムスリップして、今いる場所の昔を知る『やとのいえ』
次の絵本は、150年間の移り変わりを定点観測でつぶさに描いた『やとのいえ』です。
「やと」とは「谷戸」とも書き、なだらかな丘陵地に、浅い谷が奥深くまで入り込んでいるような地形のことをいいます。
この絵本では、東京郊外・多摩丘陵の谷戸をモデルに、そこに立つ一軒の農家と、その土地にくらす人々の様子を、道ばたにつくられた十六の羅漢さんとともに、定点観測で見ていきます。
描かれるのは、明治時代のはじめから現代までの150年間。
長い時間、土地の人びとは稲作、麦作そして炭焼きなどをしてくらしてきました。昭和のなかばには戦争もありましたが、それでもつつましく、のどかなくらしをつづけてきました。
そのいとなみが大きく変化したのは、昭和40年代からです。この広大な土地が、ニュータウンの開発地となりました。丘はけずられ、谷は埋められました。自然ゆたかだった丘陵地は、あっというまに姿を消しました。そして昭和のおわりごろになると、団地やマンショがたちならぶニュータウンへと姿をかえました。大地にねざした稲作や炭焼きの仕事は、もうほとんどなくなりました。
しかし、新たに多くの人がここへ移り住み、町はまた活気をとりもどします。平成となると、ニュータウンができてからも30年以上がたち、自然豊かでのどかだった村は、落ち着いた郊外の町となっていきました。
ここに描かれた村にかぎらず、現在の私たちのくらす町はどこでも、かつてはゆたかな自然あふれる土地であったことでしょう。今のような町になる前は、どのような地形で、どのような人びとがいて、どのようなくらしがいとなまれていたのでしょうか。これを読みながら、みなさんのくらしている町と、くらべながら見ていくのもいいでしょう。
巻末には、8ページにわたって、この絵本に描かれている農作業とその道具、村の習俗や人びとの様子などをくわしく解説しています。
「やと」は漢字で書くと、「谷戸」。なだらかな丘陵地が、雨水などで削られてできた、浅い谷の地形をいうそうです。この絵本のモデルになったのは、東京郊外や多摩丘陵。一軒の農家とその周辺地域に焦点をあてて、長い時間の流れのなかで、人々の営みや時代の流れを絵から感じ取れるようになっています。
明治時代には一面の畑と、ゆるやかな丘が広がっていた光景が、時間が経つにつれてどんどん様変わりして、現代の街になっていきます。その変わりようを見比べるのが、まず面白い。そして、絵のより細かな部分に目を凝らすと、その変化はすべて人の仕業だと気づきます。
現代の開発の手が加えられるまで、谷戸にずっと畑や田んぼが広がっていたのは、代々耕作をする人や、水を引いた人がいたからです。農家の庭先や、家屋自体の様子が少しずつ変わっていくのは、住む人が整えていたからです。戦時中に遠くの空が赤く染まったのも、高度成長期を迎えて丘の木々が切り倒されたのも、人がしたことです。
「この人がこんなことをしている」というのを、親子で一緒に絵本をのぞきこんで細かく見ていくと、時間を忘れて話し込んでしまうかもしれませんね。人々の仕業が時間を経てどう変化していくかを、ぜひ追いかけて観察してみてください。巻末には、各ページの絵の詳細な解説があるので、昔の暮らしを絵と解説とで具体的にイメージできるでしょう。絵本を閉じたら、今度は自分の住んでいる街の昔の様子を調べてみても、面白いですね。
病気とともに生きるということ『二平方メートルの世界で』
最後は『二平方メートルの世界で』を紹介します。脳神経の病気と闘う小学3年生の女の子が、その日々を文章にし、絵本化された作品です。
小学生と人気絵本作家の感動作
札幌に暮らす小学3年生の主人公は、生まれたときから脳神経の病気で入退院を繰り返している。入院するとしばらくベッドの上での生活となる。お母さんは一緒にいてくれるが、放射線を使った治療のときは、ガラスを隔てて別々になる。家ではお兄ちゃんが鍵っ子になる。申し訳ない気持ちだ。どうして自分だけが病気なんだろう・・・。そんなある日、海音ちゃんは、病室で大発見をする。わたしはひとりぼっちじゃなかった! 実在の小学3年生が書いた 「子どもノンフィクション文学賞」(北九州市主催)の大賞受賞作品に、当代一の人気絵本作家はたこうしろうが絵をつけた奇跡のコラボレーション。誰も予想できない30ー31ページ目の見開きと、ハートウオーミングなラスト。涙なしには読めない感動作。
【編集担当からのおすすめ情報】
子どもノンフィクション文学賞を、満場一致で受賞した小学3年生の女の子の作文を読んだ人気絵本作家はたこうしろうさんが、その作者・前田海音ちゃんを訪ねて札幌へ。海音ちゃんが見ている札幌の街の風景や、小学校、そして病院を描いた。なにより、海音ちゃんの心を描いた絵本です。
「二平方メートル」は、女の子が過ごす病床の広さを指します。けっして広いとは言えないこの空間で、彼女は毎日、投薬や検査の日々を過ごしています。つらいのは体だけではありません。自分の病気が家族に負担をかけていることや、入院の孤独感などが、とつとつと語られます。
けれどその狭い空間で、ある時、女の子はひょんな発見をします。その発見は、女の子の孤独に寄り添ってくれるかのようなものでした。
私は、この絵本に初めて出会った時、闘病の話だとは知らずに手に取りました。ただただ、表紙絵に好奇心をくすぐられて開いたのです。表紙絵には女の子がなにかに仁王立ちのように乗って、毅然としている様子が描かれているので「なんの話だろう?」と思ったのです。
読み終わって、その意味がわかりました。この絵は、なににも縛られない女の子の自由な心を表しているんだろうなと、腑に落ちました。そして、テキストからほとばしる強い生命力に、圧倒されました。作者が小学3年生だという事実に驚かされるほどの文章は、きっと、したためた彼女そのものでしょう。
病気にかかることや、病気の子がどんな思いで毎日を過ごしているかということは、健康な子どもたちにはイメージしづらいことです。また、なかなか親子の話題にものぼりづらいことでもあります。
子どもたちにとっては、自分と同じ年代の子が、自らの言葉で闘病さなかの想いをつづるこの絵本が、普段あまり考えることのない話題に目を向けるきっかけになるのではないでしょうか。ふしぎと活力をもらえる一冊を、ぜひ親子で開いてみてください。
今回は、親子のおしゃべりのきっかけになりそうな3冊を紹介しました。画面を一緒にのぞきこめる絵本だからこそ、会話が生まれる可能性がたっぷりあります。夏休みのひとときを、楽しんでくださいね。
てらしま ちはる
絵本研究家/ワークショッププランナー/コラムニスト/講師。絵本編集者を経験したのち、東京学芸大学大学院で美術教育の観点から戦後日本絵本史、絵本ワークショップを研究。執筆のほかに、絵本を用いたワークショップや、保育現場での幼児の造形活動観察などを展開する。女子美術大学ほかでの指導も。公開された学術論文のうち、「日本における絵本関連ワークショップの先行研究調査」(アートミーツケア学会オンラインジャーナル11号)は、絵本関連ワークショップの先行研究調査をまとめた国内初の成果である。教育学修士、東京学芸大学個人研究員。note「アトリエ游|てらしまちはる」https://note.com/terashimachiharu
写真:©渡邊晃子
この記事が気に入ったらいいね!しよう ※最近の情報をお届けします |