物語は知らないところにある。
小学生の頃、先生の話が長くて、ぼんやり見ていた運動場にある大きな木のその根元。
古い校舎の板張りの床に、小さく開いていた穴。
アリたちがどんどん出てくる壁の割れ目の向こう側。
何気なく目に入ってくる小さな隙間に、いつの間にか気を取られていたことがある。
外から見ているだけでは決してわからない、その先にあるだろう未知の空間。
暗くて、狭い? それとも、実は奥が深くて広がっている?
自分の家の、2階へ続く階段の下にあった物置の扉。いつもは閉まっているけれど、なぜか、奥には見たことのない私の知らない部屋、あるいはどこかへつながる長い通路があると思い込んでいて、たまに母が扉を開けて中に入っていくのを見ると、少しドキドキしたりしてたっけ。そういえば、居間と台所を仕切る壁の間にも、もう一つ部屋があって、知らない人たちが住んでいると思っていたり。
そんな風に、その頃の私が夢中になっていたのは、誰にも知られていない、でも自分だけが見つけた、自分だけの物語。本当に存在しているかどうか確信は持てないけれど、だからこそ、自由に想像する余地のある世界。
この、手のひらに乗るほど小さい、固くてコロンとしたくるみの絵を見ていたら、そんな事を思い出したのです。
くるみのなかには
くるみの中には何があるでしょう?
ゆらしてごらん。もし、シャリン、チリンといい音がしたら…。
中にはちいさな宝物。金のりんごやハープや壷。銀の手鏡や鳥かご。
みつけてごらん。もし、りすが隠したくるみなら…。
それはりすの裁縫箱。小さな針刺し、小さなハサミ。ボタンやまち針、糸もみえます。
もし小さなドアがついていたら。
カラーン、カラーンとかすかに音が聞こえたら…?
それか、もしも何も音が聞こえなかったら…。
問いかけと、くるみの外側の形、そしてくるみの内部が交互に描かれます。
描いた絵を切り抜きコラージュして、一枚、一枚の絵に仕上げられたそれぞれの世界。
やさしい細やかなタッチと色彩の中に、さまざまな手触りがぎゅっと詰め込まれているようです。
作者のたかおゆうこさんは、目に見えないものを想像する力を、美しい絵本にして子どもたちに伝えてくれます。
まるで、小さなくるみの中の別世界に、わたしたちもぎゅーっと小さくなって入っていけるような気がします。
そしてそこから果てしない世界につながっているような気がします。
小さくてかたそうな、コロンとしたくるみを手にしたとき、人の想像力はどこまでひろがっていくでしょう?
木の実を、手のひらにのせて。耳をすませて。心をひろげて。
美しい絵とドキドキするようなイマジネーションの力を感じてください。
くるみから世界をあじわう素敵な絵本です。
(大和田佳世 絵本ナビライター)
思いもよらない人から聞く、若かりし頃の父のエピソード。ずっと最近になってから聞く、母の子どもの頃の夢。大人になったって、想像なんてしたこともなかった知らない世界に、思いもかけずに出会うことがあります。そして心を震わせるのです。
私たちはきっと、そんな少し手の届かないところにある沢山の物語に、憧れを抱き続けているのかもしれませんね。
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磯崎 園子(絵本ナビ編集長)
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