「憧れ」とは、不思議で、ゆかいで、なぜだか少しかなしいもの。
瞬きをするのも忘れ、少し口が開いたまま、頬は紅潮して……
私が好きな子どもの顔の一つに「憧れの人やものに出会った瞬間の表情」というのがある。
しっかりと目は見開いているものの、頭の中はきっとからっぽに違いない。
何かあったとしたら、それは「すごい……」の一言。
だって、その子はきっと圧倒されている最中なのだから。
そういえば、「憧れ」の対象ってどんなのものだっけ。
かっこいいヒーロー、美しい人、強い動物、壮大な物語。
まだ見たことのない、想像もつかないものに憧れることもあるし、
すごく身近な、すぐ隣の人に憧れることだってある。
「憧れる」と、人はどんな気持ちになるんだっけ。
見ているだけで幸せ、気持ちがよくて、楽しくて、心があたたかくなる。
いやいや、見ていると寂しさを感じることもあるし、かなしくなることだってある。
それでも、自分の苦手としていた事を飄々と乗り越えていってしまうこともあるのだから、やっぱり憧れってすごい。
「憧れ」を抱くのは年齢と関係あるんだっけ。
そんなことはないみたい。だって、この絵本をひと目見た時。また一つ、手の届かない「憧れ」が出来てしまったから。
北極サーカス
「さむい季節にやってくる、
まっ白いサーカスが。」
北のはずれの、さらに北。
氷の国からくじらに引かれてやってくる。
一年に一度、水平線の向こうから顔を出すのは北極サーカスのテント。
待ちわびていたのは、北の国に暮らす人や動物たち。
ドゥラララララ……
テントに響くドラムの音が呼びかける。
「さあ、はじまるよ! はじまるよ!」
そこに登場するのは、青いライトに照らさせた白い毛皮の団員たち。
ああ……
なんて美しく幻想的なのでしょう。
不思議で、ゆかいで、なぜだか少しかなしくて。
庄野ナホコさんの描く「ゆめのような 白いサーカス」の世界。実在するかしないかは関係なく。それは、一目見た者の心に、あっという間に憧れの気持ちを植えつけてしまうのです。氷に浮かぶテント、月の光に照らされた空中ブランコのシーン、そして絵本のしかけを使って繰り広げられるクライマックスの大技。そこが例え北の果ての知らない国でも。どんなに凍てつくような寒さの季節でも。いつかこの目で見てみたい、と。
子ども達が大人になって、ふと思い出した時。
「この絵本を開けばいつだって白いサーカスに会えるんだ!」
そう気がついてくれるのが楽しみになる一冊です。
(磯崎園子 絵本ナビ編集長)
私にとっての憧れは、いつだって手に入らないもの。自分に似ているようで、似ていないもの。手に入りそうで、手に入らないもの。
だけど、もし本当に北極サーカスが見られるなら、苦手な寒さだって平気だし、一年に一度の冬だって待ち遠しくなってしまうに違いないのです。だから、「憧れを手に入れようとする心」というのは、大切に育てていった方がいいのかもしれませんね。
大人になった今、この絵本を読んで発見したのでした。
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磯崎 園子(絵本ナビ編集長)
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