【編集長の気になる1冊】それはいいことなんだっけ? 『ひとは なくもの』
泣いている時の自分は本当にイヤになっちゃう。
最初は驚いて、だんだん体の中に怒りがわいてきて、うめくように叫んで。声に出して泣いているうちに、今度は涙が止まらなくなって、どうやったら涙が止まるのかわからなくなって、そのうち、なんで泣いていたのかも忘れてしまって。
そんな時、案外まわりの大人の声が冷静に聞こえてくるのも、これまた不思議。
「あらあら、なんで泣いているのかしらね」
「そんなに泣いて、大変ね」
「この子、どうしたの?」「しらなーい」
「〇〇ちゃんの分、おやつ、置いておくね」
出来れば自分も早くそっちの世界に行きたい! だけど、今さら顔をあげるのは勇気がいるし。だいたい、もう泣くのに疲れちゃった……。
そう。幼い頃の自分の記憶を辿っていくと、覚えているのはあの何ともいえない疲労感。思いっきり泣けば泣くほど、体力を消耗するのだ。当たり前の話だけれど。突然目の前に立ちはだかった絶望感を、泣くことで乗り越えようとしているのだ。無意識だとしても、それは必死。
そして、ふたたび顔をあげられるようになった時、世界が変わって見えたか、と言われればそこはあまり覚えていない。でも、今。目の前で必死の形相で泣いている子どもを見れば、それはもう愛おしくてたまらないのです。
ひとは なくもの
すみれは、よく泣きます。
悲しいときも、おこられたときも、つまづいて転んだときも。
「なくこは きらい」ってお母さんは言うけれど。
おばけが夢に出てきて怖いときも、けんかしたときも。
ゲームに負けて悔しいときや、笑いすぎた時だって。
すみれは大いに泣くのです。
だってね。
それには理由があるんだよ。
それはね……
困っちゃうくらい泣き虫の女の子、すみれちゃん。絵本を通したって、お母さんが手を焼いているのが伝わってきます。だけど、すみれちゃんは本当に可愛いのです。どんなに泣いていたって、顔をくしゃくしゃにしていたって、だだをこねて転げまわっていたってね。そして、すみれちゃんは泣きながら、大切なことをお母さんに訴えます。
この絵本の元になった紙芝居を書いたのは、なんと作者が小学校1年生の時なのだそう。絵本作家やべみつのりさんのお孫さんです。(今もまだ中学生ですけどね)本当に泣き虫だった彼女が、家族に「泣きたくて泣いているわけじゃない、しょうがないんだよ」という気持ちを伝えたくて生まれてきたお話なのです。だからこそ、子どもの愛らしくも切実な想いが伝わってくるのですね。
そして完成した絵本の中では、おじいちゃんであるやべみつのりさんが、感情を爆発させるすみれちゃんのありのままを描きます。そこには、彼女の訴えをまっすぐ受け止める姿勢と、彼女のことをまるごと受け入れる家族への愛情の両方が感じられ、読んでいる私たちの心をも刺激します。彼女の最後の一言に、キュンとせずにはいられません。
そうだよね、すみれちゃん。
「ひとはなくもの」、忘れないようにしなくてはね。
(磯崎園子 絵本ナビ編集長)
大人になったって、心の中は忙しい。怒ったり、悲しくなったり、泣きたくなったり、ぼんやりしたり…。だけど、もしかしたら外から見るとその表情は殆ど変わってないのではないか、とふと思う。そういえば、まわりにいる人だって、その内情はよくわからない。
それはいいことなんだっけ?
すみれちゃんにならって、もう一度ちょっと考えてみなくては。
姿勢を正してしまうのです。
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磯崎 園子(絵本ナビ編集長)
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