【編集長の気になる1冊】絶望感……からの一歩先。『もう ぬげない』
「……したかったの!!あああーーーー!!!」
ショッピングセンターのエスカレーター付近で転げまわっているのは我が息子。目を見開き、口を歪め、お腹の底から何かを発しながら泣き叫ぶ。その言葉は誰にも聞き取れないのだけれど、彼が絶望感に打ちのめされていることだけは伝わってくる。なぜなら彼の表情がまさに「この世の終わり」って顔をしているから。
こうなってしまったら、しばらくは眺めているより方法がない。通りすがりの人がみんな心配そうな顔をして見てくれるけど、仕方がない。私には理由がわかっている。彼が自分の足で立ってエスカレーターの第一歩を踏み出そうとしていたのを、危ないからと私がひょいと抱っこをして乗せてしまったのだ。
「自分で乗りたかったのに、なんでじゃまをしたの!!」
私の耳には、はっきりと彼の言葉が聞こえてくる。同じ場所に戻ったとしても、もう後の祭り。2歳の彼には「やり直しがきく」なんてことは理解できないのだ。永遠にここにいなければならないのだろうか、このままこの場所で閉店時間を迎えるのではなかろうか……途方に暮れていたのは私の方。
ところがその瞬間はふいにやってくる。
転げまわっているうちに、視線の先に飛び込んできたのだろうか。いきなりピタっと泣き止み、起き上がり、どこかにまっすぐと走り出す。もう彼は次の世界へと向かっており、私はいきなり置いてけぼり……。だけど、この瞬間が。この切りかえの異様な早さこそが。可笑しくて愛らしくてたまらない。
もう ぬげない
衝撃は絵本を開いた1ページ目から始まります。そこにいるのは、思いっきりお腹を出したまま立っている男の子。顔は何かで覆われていて見えません。
「ぼくのふくが ひっかかって ぬげなくなって、
もう どのくらい たったのかしら。」
……なんと。
その瞬間に全てを悟った読者は、もう感情が爆発したまま止められません。だって、だって。こんなの可愛い、かわいそう、でも可笑しい!
この男の子の言い分も聞いてみましょう。きっかけはおかあさんのせい。自分でぬごうとしてたのに、おかあさんが途中で手を出すから。その結果、こうなってしまったのだ! 彼は途方に暮れて思うのです。
「ぼくは このまま おとなに なるのかな。」
うんうんわかる、この絶望感。ああ、なんとかしてあげたい……全ての大人がそう思った次の瞬間、また新たな衝撃が走ります。彼はいったん今の状況の全てを受け入れて、このまま生きていこうと決意をするのです。
えっ!それって、どういうこと!?
さあ、ここからがヨシタケシンスケ作品の醍醐味です。転んでもただでは起きません。思わぬ方向に走り出し、終わりそうで終わらない、さらに笑いの追い打ちをかけられて。(ここまでハードルを上げてしまっても、やっぱり笑ってしまうのでご安心を)要するに、子どもの「愛らしさ」と「たくましさ」と「ユニークさ」を改めて見せつけてくれるのです。
それにしても、子どもって本当に忙しい。改めて応援してあげたくなっちゃいますね。
(磯崎園子 絵本ナビ編集長)
一向に泣き止まない息子を眺めながら、私にもこんな時があったのかしらと考える。この世の終わりを感じながら叫び続けることなんて、記憶を掘り出そうとしても見つからない。もしかして、私はちょっと大人っぽい子どもだったのかもしれない。
……そんな風に思いを巡らせようとした矢先に思い出したのが、一枚の写真。そこに写っているのは床に落ちているあんぱんを目の前に、大きな口をあけ、上を向き、全身で悲しみを表現するかのように泣き叫んでいる幼き頃の私の姿。
なんてことだ。息子より、わかりやすい。
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磯崎 園子(絵本ナビ編集長)
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