【編集長の気になる1冊】この道が好き。そして他の人の道も好き。『きりぎりすくん』
自分が辿ってきたのはどんな道だったかと聞かれれば、一言で言い表すことの出来ないほど、わかりにくい道だ。迷いながら、足元を探りながら、途方に暮れながら、それでも少しずつ前に進んでいくと、そこにはまた違う景色が広がっていて。
その景色だって、どれも強烈なものではないし、わかりやすく説明できるものでもない。でもその行く先々では、いつも誰かしらに出会う。
その誰かしらに出会ったことで、急に曲がり道になることもあれば、目の前の道がクリアになることもあるし、前よりも見えなくなってしまうことだってある。「ああ、もうちょっと太い道を力強くまっすぐに進めないものなのか」と思うけれど、そうなると出会える人も変わってしまうのか、とも思う。
要するに、そのわかりにくい自分の道がそんなに嫌いではない。思わぬ道で、思わぬ出会いをしてきた人たちのことを思うと、むしろ好きなのだ。だって、その人たちの道をのぞいてみると、これまたわかりにくく独自の道が見えてくる。みんな、まだまだ旅の途中。そういうのって、やっぱり何だか面白いよね。
きりぎりすくん
旅に出たいと思ったきりぎりすくん。ある朝、とうとう道を見つけます。「よさそうな道だなあ。」 きりぎりすくんは、この道をどこまで行こうと決めます。そこで出会うのは……?
●「おはようぐみ」
「朝が一番素晴らしい!」と訴えるかなぶんやてんとう虫たち。貼り紙をし、プラカードを立て、朝を自分のものにしようと話し合うのです。きりぎりすくんも朝は好きです。でも彼は、お昼過ぎも好きなのです。その事を話すと、途端に彼らにそっぽを向かれてしまうのでした。
●「あたらしいうち」
険しい登り坂を越え、丘のてっぺんにあがると、大きなりんごが落ちています。きりぎりすくんはがぶりとやると、中に住んでいるあお虫くんが「ぼくんちの屋根に穴をあけちゃったじゃないか!」と怒り出し、そのままりんごが丘の向こう側へ向かって転げ落ちはじめたのです…!
●「そうじずき」
「きれいにしよう、きれいにしよう。」そう言って、道をほうきで掃き続けているのはイエバエです。家の中にいても、ほこりが気になって仕方がない彼。家がすっかりきれいなった後、そのまま外に出たら、今度は外の小石やどろが気になって仕方がないのだと言います。「ちょっと休んだら」と提案しても、彼はとても楽しいのだと掃除を続けるのでした。
●「ふなたび」
水たまりにぶつかると、そこにいたのは、小さな船にのった“蚊”です。彼は、この水たまりを越えるには、渡し船に乗ることが決まりなんだと主張します。困ったきりぎりすくんは……。
●「いつでも」
キノコに腰かけて一休みしていたきりぎりすくん。そこへ声をかけてきたのは、3羽のちょうちょ。毎日この時間に、このキノコにとまることになっているのです。彼女たちは、毎日同じ時間に同じことをするのが好きで、それを決して変えることはないのだと言います。
●「ゆうがた」
夕方になって、きりぎりすくんがゆっくりとみちを歩いていると、「ぶーん! ぶーん!」と大きな音をさせて2匹のとんぼが飛んできました。彼らはゆっくりしか歩けないきりぎりすくんを「かわいそうだ」と言い、この高さからしか見られないものがあるのだと言います。でもきりぎりすくんは思うのです。「ぼくはこのみちが好きなんだ」
こうしてきりぎりすくんは、行きたいところへどこまでも連れていってくれる道があることに幸せを感じながら、くたびれて横になるのでした。
(磯崎園子 絵本ナビ編集長)
遠くの道が見えないのだと息子が言う。だけど、彼はほんの少し先に道が見えてくると、その度に喜んで歩き出す。それがどこにつながっているのかは、わからないけれど。
「きみだって旅をしています。」
これは、翻訳者三木卓さんが、巻末で子どもたちへ語りかける言葉。きみが幼稚園に入った時、新しい友だちや先生に会ったでしょう。小学校に入った時、新しい友だちや先生に会ったでしょう。きりぎりすくんも、そうして旅をして大人になっていくんです、と。
「まだまだお互い、旅は続くよね。」
そんな風にぼんやり思いながら、彼の背中を見送るのです。
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磯崎 園子(絵本ナビ編集長)
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