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【母の日にもっとも売れる絵本】世界中の親が同じ気持ちに! 『ちいさなあなたへ』アリスン・マギーさん初来日トークショーレポート

5月12日は母の日です。母の日の贈り物といえば、カーネーションの花が定番ですが、近年「母に感謝の気持ちを伝えたい」とギフトに選ばれるようになった絵本が、『ちいさなあなたへ』です。

 

シンプルな言葉で綴られた、親でいることの喜びや不安、悩みや寂しさ、そして子どもへの思い。親だけではなく、親を持つ子どもの胸にも、深く、温かな感動が広がるこの絵本は、どうやって生みだしたのでしょうか?

 

日本で発売されて11年。作者のアリスン・マギーさんが初めて日本を訪れ、訳者のなかがわちひろさんと共に、本作そしてアリスンさんの作品の魅力を語るトークショー「Behold the Child ―大人が子どもを見つめるまなざし」を開催しました。アリスンさんの文学の源泉、そして「大人が子どもによせるまなざし」をテーマに、3冊の絵本がうまれた背景や、作品の深さと魅力を、なかがわさんがじっくりと掘り下げて解説してくださいました。その様子をご紹介します。

重い題材でも読後感が温かい、アリスン・マギー作品の魅力

『ちいさなあなたへ』『たくさんのドア』『きみがいま』(すべて主婦の友社)など、日本では絵本作家として知られるアリスンさん。実は本国アメリカでは、児童書やヤングアダルト、大人向け小説、詩など、あらゆる年代の読者を対象とした作品を数多く発表し評価を得ている、オールマイティな作家さんです。

 

絵本以外の作品から、アリスンさんの創作の源泉や魅力の本質が読み取れると、なかがわさんが紹介した原書のうち、特におすすめの3冊がこちらです。

作家デビュー作『Rainlight』から『Never Coming Back』まで

アリスンさんのデビュー作『Rainlight』(1998年刊行・日本未翻訳)は、不幸な事故をきっかけに、幸せに暮らしていた家族の過去の秘密が、ミステリー仕立てに明かされていく、家族の愛と喪失、再生の物語です。題名の『Rainlight』は、「雨が降っていても明るさがあること、雨そのもののキラキラする輝き」を表現したかったという、アリスンさんオリジナルの造語だそう。なかがわさんは、『Rainlight』の魅力についてこう語ってくれました。

題名が象徴するように、重く暗い題材を扱っているけれども、読後感がとても温かい。作家の本質はデビュー作に現れると言いますが、まさにそういう1冊です。

2作目『Shadow Baby』(2000年刊行・日本未翻訳)は、NY州北部の山奥で暮らす12歳の少女クララの手記という形で、若きシングルマザー、タマルとのぎこちない親子関係や、人生の大切な教訓を教えてくれた移民の老人との友情、そしてクララの心の自立を物語にしています。

この物語を書いてから、「心の中にずっとクララとタマルが住んでいた」というアリスンさんは、『Shadow Baby』から17年後の2017年、続編『Never Coming Back』を執筆しました。

 

12歳だったクララは32歳になり、作家として自立した生活を送っていました。ところが、50歳を迎えた母タマルが若年性アルツハイマーを発症したため、世話をするために山奥の実家へ戻り、再び母娘2人の暮らしを始めます。元より「仲良し」とは決して言えず、どこか緊張感を持って接してきた母と娘ですから、大人になったからといってその心の距離が簡単に縮まるはずはありません。タマルの最期の時が近づく中、クララは心の内に苦しみと葛藤を抱えながらも、母に寄り添い、時に言葉を交わし、お互いを知ることから親子関係を修復していきます。そしてそれは、同時にクララの心を癒し、新たな人生の幕開けに繋がる大切な時間となっていきます。

 

長い時を経て紡がれた2つの作品に、アリスンさんの作品のテーマと魅力が凝縮されていると語るなかがわさん。

アリスンの作品の魅力は、物語全体を通して、繊細で痛切な、心を惹きつけられるトーンがあることです。失われたものを、時をかけて取り戻そうとすること。心の奥の深い傷に対して、目を逸らさずに丁寧に癒しながら、しなやかに生き延びていく。その細やかな心の起伏を具体的に味わえるのは、小説ならではです。アリスンの創作活動のバックグラウンドを理解した上で、もう一度絵本を読むと、また違ったものが見えてくると思います。

大人向けの小説では、複雑な人間関係、特に親子の関係をテーマにして書くというアリスンさん。特に「痛みと再生」は、『ちいさなあなたへ』や『たくさんのドア』にも含まれているエッセンスです。興味がある方は、ぜひ洋書に挑戦してみてはいかがでしょうか。

 

また、『Rainlight』『Shadow Baby』『Never Coming Back』の3冊に加え、トークショーでは、『Maybe a Fox』(2016年刊行。キャシー・アッペルトと共著。邦題『ホイッパーウィル川の伝説』、吉井知代子訳、あすなろ書房)も紹介されました。

 

大人が子どもに寄せるまなざしをテーマにした3冊の絵本

アリスンさんは、2人の娘と1人の息子を育てる母親でもあります。特に絵本には、アリスンさん自身の「親としての思い」が込められているそう。そこで、『ちいさなあなたへ』『たくさんのドア』『きみがいま』の3冊について、誕生のエピソードや掘り下げた考察について、アリスンさんとなかがわさんのクロストークが展開しました。

すべての人に送りたい親の思いを言葉に『ちいさなあなたへ』

ちいさなあなたへ

「あのひ、わたしは あなたの ちいさな ゆびを かぞえ、 その いっぽん いっぽんに キスを した」ではじまるこの絵本には、母であることのすべてがつまっています。親でいることの喜び、不安、苦しみ、つらさ、寂しさ、子どもへの思い――普遍の真実が、あたたかな絵とシンプルな言葉で語りつくされ、読む人たちの涙をさそいます。だれもが一生の宝物にしたくなるような絵本です。
 2007年、アメリカで発売されるや、アメリカじゅうの母親を号泣させ、NYタイムズやAMAZONの児童書分野で、ハリー・ポッターをおしのけて1位の座を獲得しました。
 母親や、これから母になろうとしている女性、巣立とうとしている子どもたち……それぞれの立場で読むことができて、それぞれの感動を味わえる一冊として、たくさんの方に愛されています。
 

眠っている子どもの寝顔を見ながら浮かんだ詩

『ちいさなあなたへ』(原題『Someday』)は、アリスンさんが、小さな娘が寝ている様子をドアからそっと覗いた時に、「どんな夢を見ているのかしら?」と想像したことがきっかけにとなり、元となる詩が生まれたそうです。

アリスンさんは、それぞれの絵本を英語で朗読。ポトリ、ポトリと雫のように言葉を落とし、聞き手の心に染みいる絶妙な間を持たせながら、静かに、穏やかに読み上げる声に、会場の全員が聞き惚れました。

私には、娘がどんな夢を見ているか、想像してもわかりませんでした。でも、私が「彼女が大きくなったらどんな風になっているのかしら」と夢見ることができるなと思ったんです。そこで、眠っている彼女を見守ったあとでキッチンに降りて、私が夢見る彼女の人生、そして将来の姿を詩にしたためました。

 

そのころの私は、慕っていた祖母を亡くしたばかりでした。詩を考えながら思い浮かんだのは、祖母の思い出や私を育ててくれた母のこと。自分自身が母親になったこと。そして、私の子どもたちが、いつか親になるかもしれないこと。さらに子どもの子どもたちにもまた、子どもがうまれ、そうやって親子関係が永遠に続いていくことでした。そんな親と子の永遠の流れの中に、絶えない愛情と相手を思い遣る気持ち、夢見る気持ちが入っているのではないかなと思ったのです。

 

最初に書いた詩はあまりできのよいものではなかったので、その後5年という時間をかけて言葉を研ぎ澄まし、絵本に仕上げていきました。より少ない言葉の中に、自分が最初に思い浮かべたビジョンをどう入れていくか。自分の気持ちを込めるための言葉を濾過するように選び、考えながら作り上げたのです。

ピーター・レイノルズがうみだした母と娘の情景

アリスンさんが言葉を選んだ結果、親と子の性別を限定しない文章ができあがりました。そのことが、逆にイラストを描くピーターさんを悩ませることになったそうです。ピーターさんの作品をいくつも翻訳しているなかがわさんは、なぜこの絵本の挿絵をピーターさんにお願いすることになったのか、2人がどんなやりとりをしたのかに興味津々で、さっそくアリスンさんに質問をぶつけます。

ピーターさんの絵は、他の作品ではとっても“おしゃべり”なのに、『ちいさなあなたへ』では、抑制された印象があるのはなぜ? そして、この絵本がアメリカのみならず、日本でも大反響を巻きおこした理由のひとつとなった、“母と娘”のイメージの誕生とは?

ピーターの絵は、シンプルで、抜け感のある軽やかな線で描かれているけれど、たくさんの表情が詰まっています。それが、私の書いた詩に合いそうだなと思って、ピーターにイラストをお願いしました。

アメリカでは、絵本を作る過程で作家とイラストレーターが話すことは稀です。でも私は、この作品のためにどういう絵が欲しいかを自分で考えてみたかったし、ピーターは、抽象的な私の文章から具体的にどんなイメージで絵を描くか悩んでいたので、お互いに電話やメールで意見を交換しながら、一緒に作っていきました。

 

絵本は、言葉と絵が一体となって初めてひとつの作品になるものですから、親子の姿をどう描くかはとても重要でした。ピーターは、彼の作家としての回答と私の言葉への応答として、「母と娘」の存在を、絵として描くことに決めてくれたんです。それが結果的に、『ちいさなあなたへ』を美しい作品にしてくれました。

私自身は、性別がなんであろうと、親子の愛情や大切なものに変わりはないと思っています。しかし現実の社会では、母親だけが子育てをする存在だと認識されていたり、母親だけが苦しい思いをしたり、娘だけが母親の苦しみを感じ取ったりということがたくさんあります。そういった現実の思いが、特にお母さんと娘さんからの、大きな反響を呼ぶことに繋がったのではないかと思います。

悲しみと辛さから目を逸らさないで

実は『ちいさなあなたへ』には、アメリカの編集者から「ここは要らないのでは」と指摘を受けたページが、2箇所あったそうです。しかしアリスンさんは「逆にとても大切だ」と主張し、そのページを残しました。それが、こちらのページです。

未来は、明るく楽しいだけではない。答えの出ない問題に直面することも……。
自分の力だけでは、どうにもできないことだって、起きるかもしれない。

この2つのシーンは、母親としての私が、自分の中に抱えている辛さと悩みを、端的に表したものです。子の幸せを願うのが親の常ですが、人生は楽しいことや喜ばしいことだけでは終わらないというのも、また現実です。

 

本当の悲しみや辛さを理解できないと、逆に本当の幸せも喜びも理解できません。

 

子どもたちに、真の感動を知らない、薄っぺらな人生を歩ませるわけにはいきません。親として心が張り裂けそうになっても、傷つくことや辛い時間を過ごすことも必要です。そのことを、母親である私自身の心に留めておくためにも、絶対にこのページが必要だと思いました。辛さを乗り越えてこそ大きな大人になり、豊かな人生を歩むことができます。真実から目を逸らさずに、ありのままを書くことで、この絵本自体も豊かな人生を表す力を持つにちがいないと思いました。

アリスンさんのこの言葉、親として心にズンと胸に響きます。一男一女を育てたなかがわさんも、アリスンさんとよく親としての思いについて話すそうです。

母であること、もしくは愛しいものを持つことは、相反する多くの感情を持ちこたえることです。アリスンの研ぎ澄まされた言葉とピーターの絵には、「豊かな沈黙」というべき、広くて深い、余白があります。読者はその余白に、自分自身の経験や思い、さまざまな感情を織り込んで読むことができるし、絵本はその思いを優しく包み込んで、受け止めてくれる。だからこそ、幅広い年齢の読者の心をつかんだのでしょう。この絵本と出会って12年間、私はそのすごさを思い知らされ、実感してきました。

でも翻訳家としては、とても悩みました。ポン、ポンと投げられた言葉が、水面に広がる波紋のように震えて輪を広げ、空を渡る鐘のような振動を伴い、心に響いていく。限りなく沈黙に近いけれど、確実に届くバイブレーションを起こす日本語を選ばなければならない。それがプレッシャーで、いつも「私は正しい方向に、日本語を飛ばせているのだろうか」と悩みます。でもそれが、アリスンの本を翻訳する喜びであり、醍醐味でもあります。

なかがわさんが、アリスンさんの作品にとても深い共感と敬意を抱いていることがよくわかりますね。次に紹介するのは、アリスンさんが放つ言葉が持つ力の秘密がわかる絵本です。

想像がふくらむ言葉選びを楽しんで『きみがいま』

きみがいま

60万部のロングセラー「ちいさなあなたへ」で日本中を涙させた『ちいさなあなたへ』の男の子版ともいえるような、“今”に夢中になれる“君”へ贈るメッセージ。目の前のものに夢中になっている子どもの「今」を応援したい!というママパパの思いをのせて、待望の復刊です。“きみが いま むちゅうなのは…きいろい カップ、 おはようの うた、 きらきら まぶしい あさの ひかり、 にじいろに かがやく むしの はね、 そして…おおきな ダンボールばこ”子どもならではの夢中になれる才能のこと、今、この瞬間にしか味わえない、かけがえのない時間のことなど、子育てに追われて忘れがちな大切なことが描かれています。“さきのことなんて しんぱいしない あしたのために いそぐこともしない だから…おおきな ダンボールばこに むちゅうになれる”お子さんの夢中を話しながら、いっしょにページをめくってください。

俳句に通じる言葉遊びのおもしろさ

『きみがいま』は、まさに今そこで、男の子が夢中になっているものが次々と登場します。きいろいカップにざらざらの砂、サッカーボールにばんそうこう、そして、おおきなダンボールばこ。出だしは、いつもこの言葉で始まります。

全身全霊で「いま」を楽しむ、男の子の姿がいっぱいの絵本。

原書の「So much depends on」にあたるこの一文こそがクセ者だったと、なかがわさんは翻訳の工夫を語ってくれました。

アリスンさんの作品の魅力を十二分に伝えたいと、たくさんの時間をかけて準備を進めてきたなかがわさん。邦訳されていない原書の良さを熱く語る様子に、心が揺さぶられました。

実はこの出だしの文句は、アリスンのオリジナルではなく元ネタがちゃんとありました。1960~70年代に、アメリカで詩のモダニズムを起こした詩人、ウィリアム・カーロス・ウィリアムズの「赤い手押し車」(1923年作)という、有名な詩です。

「赤い手押し車」は、「So much depends upon」の後に、ひたすら物の名前を挙げていくだけの、極めてシンプルな自由詩です。私が参考にした本では、「So much depends upon」を「思わず見とれる」と訳してありました。ここに、翻訳者のいろいろな工夫が現れています。

ウィリアムズが目指したのは、書き手の感傷的な意味づけや余分な修飾を削ぎ落とし、純粋に言葉から喚起される、詩の世界の可能性。その姿勢は、俳句に通じるものあるんですね。

だからアリスンの言葉に、日本の読者が敏感に反応することもあるのかなと思ったりもします。

イラストは『ちいさなあなたへ』と同じピーター・レイノルズが手がけていますが、描かれているのは快活な男の子の姿です。確かに、目の前のものに夢中になっている子どもを想像すると、なぜか男の子の姿のが真っ先に思い浮かびます。

「きみが いま むちゅうなのは…」の結びに登場するのは、おおきなダンボールばこ。アメリカでも日本でも、小さい頃のダンボール工作は通る道なんですね。

『きみがいま』は、2009年12月に発売した後品切れとなり、入手困難になっていました。しかしアリスンさんの来日にあわせて、紙や色を変更した国内印刷での復刊が実現しました。今、この瞬間にしか味わえない、かけがえのない時間。子育てで忘れがちな、大切なことを思い出させてくれるおはなしです。お子さんが夢中になっていることを話しながら、いっしょにページをめくって楽しんでください。

 

そして最後に紹介するのは、全国のファンや書店さんからの声によって、9年ぶりに復刊した名作絵本です。

子どもたちの門出に向けて贈りたい、力強いメッセージ『たくさんのドア』

たくさんのドア

あなたはまだしらない、ドアのむこうになにがあるのかを―。卒業、入学、子どもたちの転機に読み継がれる幻の名作、ついに復刊!

60万部発行の大ベストセラー「ちいさなあなたへ」のアリスン・マギー著、
子どもの成長&巣立ちを後押しする珠玉のメッセージ。

超ロングセラー「ちいさなあなたへ」で日本中を涙させた
アリスン・マギーによる「ちいさなあなたへ」の続編ともいえるような珠玉のメッセージ。
毎年卒業シーズンになると「手に入らないか」というお声を多数いただき、いよいよ復刊がかないました!

“たくさんのドア"はこれから子どもたちが長い人生の中で1つ1つ自分の力で開けていくもの。
ドアの向こうにはたくさんのおもしろいことが待ち受けている。
しかし、風の吹く日も、嵐の日もあるかもしれない。
でも、そのドアをあけていく力が、必ず君には必ずある。
そんな君を、いつで見守っているよ、応援しているよという、親や先生からのエールです。

子どもの成長の節目に、人生の転機に贈ってあげたい。
必ず宝物となる言葉です。

・「どうしても一冊手にいれたい! 」という声にお応えして待望の復刊!
・60万部突破「ちいさなあなたへ」著者アリスン・マギー氏と訳者なかがわちひろ氏のゴールデンコンビ!

ファンの声が出版社を動かした!

2019年1月に復刊された『たくさんのドア』(原題『So Many Days』)。発売から1週間というスピードで重版が決定したエピソードは、この絵本を待ち望んでいたファンがたくさんいたことを物語っています。このうれしいできごとを、なかがわさんはこう語ってくれました。

手に入らなくなると、毎年1~3月にかけて「欲しいです」「ないと困ります」なんて、たくさんの問い合わせが出版社に寄せられていたそうです。でも私は、「しょうがない、そんなこともあるんだから」と諦めていましたから、むしろ復刊の決定を聞いてびっくりしました。読者が出版社を動かすというのが、本当にあるなんて……!

なぜ、多くの人がこの絵本を待ち望んでいたのでしょうか? ヒントは、なかがわさんが触れた「毎年1~3月にかけて問い合わせがある」という点。『たくさんのドア』で語られているのは、旅立ちを迎えた子どもたちへ、ドアの向こうで待ち受けている、楽しみや悲しみ、喜び、苦しみ、幸せーーすべてをきちんと受け止めて、世界をまるごと楽しみ味わって欲しいという、大人の願い。その言葉を、子どもたちの門出に向けて贈りたいという方が、全国にたくさんいたのでした。

楽しそうに階段を昇っていく姿は、明るい未来を予感させますが……

東日本大震災の被災者への想い

おはなしの冒頭は、希望や喜びに満ちあふれた未来を想像させてくれます。でも特になかがわさんの心に響いたのは、子どもたちの受難を描いたページでした。

急にフッと足元から、すべてが消えていく。
落ちた子どもを受け止めるのは……?

子どもが空から失墜した絵を見て、なかがわさんは、絵と文章が奏でるメロディが、まったく違うと感じたそうです。『たくさんのドア』のイラストを手がけたのは、韓国で生まれ、アリスンの住むNYでイラストレーションを学んだ、ユ・テウンさん。『ちいさなあなたへ』のときのように、アリスンさんはテウンさんとも、意見を交わしてイラストを作り上げたのでしょうか?

テウンさんとは、ほとんど会話をしていないんです。なぜなら、最初に見せてもらったスケッチの時点で何も言うことがないほど、私の言葉から、私の心を直接汲み取ったかのような描写だったからです。本当にすばらしいと思いました。こんな素敵な出会いはめったにありません。

このシーンが、打ち合わせなしで生まれたことを称賛したなかがわさんは、さらにこのページに込めたもう1つの思いについて教えてくれました。

空から失墜して、答えが見つからないかもしれないところへ落ちていくシーンは、自分ではどうしようもない災厄が起こりうることを示唆しています。でも、そういうことになっても受け止めてくれるものがあり、自分の存在を待っているものがあると優しく語りかけてきます。その語りを読むと、胸の中に深々と酸素が入ってくるような気持ちになる、広々とした絵本なんです。

 

この「とんでもない災厄が起きるかもしれない。けれどもあなたは守られている」というメッセージは、この本の刊行の数ヶ月後に東日本大震災を経験した私たちにとって、特別な意味をもつようになったような気がします。アリスンは、東日本大震災の被災者のみなさんに、こんなメッセージを寄せてくれました。

なかがわさんが紹介してくれたのは、2011年に絵本ナビが立ち上げた、東日本大震災 被災地支援プロジェクト「絵本エイド ―こころにひかりをー」のチャリティーに寄せられたものでした。

アリスンさんが絵本ナビに寄せてくれたメッセージ。オレンジ色で囲んだ単語にご注目!

メッセージに記された“resilience“という言葉を知らなかったなかがわさんは、アリスンさんにその意味を聞いたそうです。アリスンさんは「私の好きな言葉なの」と言い添えて、こんな風に説明してくれました。

“resilience“(レジリエンス)は、回復力や弾力、跳ね返りという意味を持つ言葉です。でも私は “resilience“という言葉に、自然災害や戦争など、自分ではどうしようもない出来事が起きて、「自分は生き残れないかも知れない。壊れてしまうかも知れない」という状況に陥ったときに、その状況を跳ね返す力という意味を感じています。そしてその力は、人間だけでなく、すべての動物が生まれつき持っている力だとも。

不幸な出来事をいったん自分の中に受け入れて、飲み込む。それから、さらに自分が大きくなって、成長して生き続けていく力。日本は、そういったしなやかな強さと生命力を持っている国だと思ったので、その言葉を贈りました。

 “resilience“という言葉を、初めて知ったという方が多いと思います。アリスンさんの話を聞くと、普段から彼女が言葉というものをものすごく大切に、慎重に、そして秘められた意味までも考えて、選んで使っていることがよくわかりました。

あなたは“だれに”愛されているの?

最後に、『たくさんのドア』の翻訳でなかがわさんが一番疑問に思ったこと、この絵本の核心とも言える部分について、アリスンさんに聞きました。それは、絵本の締めくくりの文章「You are loved more than you know」です。この文章は受動態で、英語で必ずあるはずの主語、つまり「だれが」あなたを愛しているのか、が書かれていないのです。

愛されているという語りかけからあなたが想像したのは、だれでしょうか? 身近な人、神さま、自然……いろんな解釈があると思います。私も森の中を歩くのが好きで、山登りをすることがありますが、その時に、私自身が大自然の美しさに守られ、抱きとめられているような気持ちになります。私は、この絵本を読むみなさんが、自分の愛するもの、愛されるものに包まれるような感覚を、それぞれ持ってもらえるといいなと思いながら、この文章を書きました。

アリスンさんの言葉を聞いたなかがわさんは、こう解釈を付け加えます。

特定の宗教でなくとも宗教的な深いもの、大きな存在のまなざしが、私たちを見つめている。だから子どもだけでなく大人である私たちも、その大きなものの前では、等しく「幼子」として見守られているという構図が目に浮かびますね。一方で、そんなに大きなものではなく、“mortal”といって「朽ち果てるべき存在」、つまり私たち人間や動物を差しているようにも受け取れるんです。アリスンの言葉からは、そのどちらの愛も感じることができました。

それは、『Shadow Baby』でひどく落ち込んだクララが、母タマルが差し出した温かい飲み物に癒されたり、『Never Coming Back』で、自分がきちんと母の世話ができているか、不安と焦りに苛まされたクララが、想像の中で母親の言葉で救われたりするシーンにも表れています。

とても苦しいとき、思いがけぬかたちで自分が深く愛され、ゆるされ、守られているのだと気づくことが、きっとあるはずですよと、ひそかに、でもきっぱりと語ってくれる絵本です。

演題「Behold the Child」に託した想い

トークショーの最後に話題になったのが、アリスンさんが名づけた「Behold the Child」というタイトルの意味です。「Behold」は、「見よ、刮目せよ」と命令形で使うことや、「注意する、注視する」という意味があるそうです。アリスンさんがこの言葉を選んだ理由は?

“Behold”は、物事をきちんと見るために、少し距離を取るという意味が含まれています。だから私は、子どもと密接に隣合わせになるのではなく、子どもをひとりの人間として認め、きちんと見据えられるような距離を保つことも大切であると、教えてくれる言葉だと思っています。

 

絵本は子どもが読むためのものですが、絵本を書けるのは大人しかいません。そこで私自身が、ひとりの大人として、また親としていつも忘れてはならないと思っていることが、「子どもはれっきとしたひとりの人間。ひとりの存在である」ということです。

もちろん、親として子どもを大切に思い、愛し、守ってあげたいという気持ちもあるでしょう。でも、愛すると同時に、自立したひとりの人間としての子どもの人生や成長も見守っていこう。そんな思いも込めた言葉です。

アリスンは私に、「“Behold”という言葉からは、生きていくことの果てしなさと複雑さを自覚しつつ、広く遠くまで見晴るかす、明るく澄んだ瞳を連想する」と教えてくれました。まさにこのまなざしこそが、アリスンのすべての作品に共通する魅力だと思います。

最後に、アリスンさんは日本のファンへ向けてこんなメッセージを残してくれました。

11年前、『ちいさなあなたへ』が日本で出版され、多くの方に手に取っていただき、反響をいただいたときは、ピーターといっしょに、文化の違う日本のみなさんに、私たちの絵本が受け入れられたことを大喜びしました。それから時を経て、私の気持ちも、時代も変わりました。アメリカでは、権力を握っている人たちが憎悪や恐怖を植えつける言葉を盛んに発し、それを聞いた私は、気分が滅入ってしまうこともあります。そんな時に、遠く離れた日本の皆さんが『ちいさなあなたへ』を手に取り、アメリカの読者と同じ気持ちで楽しんでくれていると考えると、とても救われた気持ちになります。

どんな世界でも、文化の違いや距離があっても、子どもを大切に思う気持ちや子どもの将来を願う気持ち、親と子の強い愛情は、みんな同じなんだということに気づかせてくれる。そんな気づきを私に与えてくれた、日本の読者の皆さんに感謝の気持ちを伝えたいです。(日本語で)ありがとうございました。

アリスンさんのこの言葉を受け、なかがわさんがトークショーを締めくくった言葉がこちらです。

「善いもの、美しいもの、楽しいものを大切にすることは十分、憎悪や恐怖を発するものへの戦いになる」。(アリスンの妹、ホリー・M・マギーとともに絵本『いっしょにおいでよ』(原題『Come with Me』)をつくった画家パスカル・ルメートルの言葉より)

だからみなさんも、日々のくらしの中の美しいもの、楽しいものを心から大切にしてください。

 

いかがでしたか?

 

この日、トークショーには100人近い方が集まりました。この日のために体調を整えていらした方や、遠方から駆けつけたという方も。サインを待つ間、会場で聞いた声をお届けします。

 

アリスンさんに会えるのが楽しみで来たので、実際にお会いできてすごくよかったです。僕は、お子さんが生まれた方に、『ちいさなあなたへ』を「がんばったお母さんへ」と言い添えて、必ずプレゼントしているんです。自分の子どもが生まれたときに原書の『Someday』と出会って、いいなと思っていたらなかがわさんが訳した本が出版されて、その訳もまたいいなと思っていました。今は子どもも大きくなりましたが、今日の話を聞いて、「少し距離を置いて子どもを見る」という状態に、自分もそろそろなっていくんだなと思うと、寂しさとうれしさを感じましたね。『ちいさなあなたへ』を読んだお母さんなら、きっと子どもにも絵本を読んであげるようになるんじゃないのかなと、個人的に思っています。作品が大人向け、子ども向けということではなく、『ちいさなあなたへ』があるから、絵本が家にある。家に絵本があるから、絵本の話を親子でできるようになる。そんな風に、絵本の輪が広がっていくといいなと思いました。

(埼玉県・絵本専門士・広辺和隆さん)

私もアリスンさんと同じように、子どもたちの寝顔を見て思うことがいっぱいあるんです。だから『ちいさなあなたへ』が生まれたきっかけの話を聞いて、私も子どもが小さい頃にこの絵本を読んでいたら、少しは詩人になれたかしらと思いました(笑)。詩人になっていたら、もっと子どもに優しい言葉をかけたり、いろんなことができたりしたんだろうなと思って、もう取り返せないものを取り返したい気持ちになりました。だから、その気持ちを子どもたちに伝えられるようになりたいなと思いましたね。サインをもらうときに、アリスンさんに「素敵な桜色の髪ですね」と言ったら、「本当に偶然だったけれど、桜の花の色と同じだったからうれしい」と返してくださいました。とっても素敵でキュートな方で、感激しました。

(神奈川県・絵本カフェ・チョコリラ副代表・淵上野乃さん)

訪れた人それぞれの胸に、絵本に対する新たな思いを呼び起こしてくれた今回のトークショー。もし身の回りに『ちいさなあなたへ』を知らない方がいたら、5月12日の母の日のプレゼントに絵本を贈ってみてはいかがでしょうか? もう『ちいさなあなたへ』を持っているという方には、ぜひ復刊した『たくさんのドア』『きみがいま』をおすすめします。

訳者のなかがわさんは、ご自身のHPで、アリスンの本について紹介しています。絵本の制作についても、おもしろい記事がありますので、ぜひ読んでみてください。また、なかがわさんの締めくくりの言葉で引用された、ホリー・M・マギーさんの絵本『いっしょにおいでよ』(原題『Come with Me』)についても、詳しく解説されています。

掲載されている情報は公開当時のものです。
絵本ナビ編集部
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