【編集長の新宿絵本日記】憧れの風景を持っていれば… 2018年12月12日
苦手な寒い冬がやってきて、雨まで降ってくるとなんだか気持ちが沈んでしまう。
それでも今向き合わなくてはいけない事はいくらでも積み重なっていく。
そんな時は誰だって思うはず。
「どこか遠くへ行きたい」
この場合の「どこか」とはどこか。
家の中で一番暖房の風がよくあたる、あの椅子の上。
…近すぎる。
10代の頃の自分は毎日思っていた。
それはもっともっと切実で、具体的で。
「今いる場所じゃないどこかに行きたい。今すぐ行きたい。」
それはもう逃げ出すような気持ちだったのかもしれない。
理由なんて特にないから、どこに行きたいかもわからない。
とにかく「今いる場所じゃない、どこか」。
楽しい毎日を送っているはずなのに。
だけど、この絵本を読んでいると、ふと思うのです。
もしかして、それは「旅への憧れ」とつながっていたんじゃないのだろうか。そうとは気が付かずに、気持ちだけがかき立てられていたのかもしれない。ただ、憧れの風景をあまり持っていなかっただけなのかもしれない。
ぼくのたび
小さいけれど居心地のいいホテル。
ぼくがこのホテルをはじめてどのくらいになるだろう?
世界中からやってくるお客さんから知らない国の話を聞き、ぼくはこの町について話す。この町の事なら何でも知っているからね。だけど、いつか……。
彼は、夢の中では大きなかばんを持ち、飛行機に乗って、知らない町から町へと自由に出かけていく。みんなが教えてくれた、世界中のまだ見ぬ憧れの地へ。海岸線を眺めながら風に吹かれたり、明るい日差しの下で開かれるパーティーで友人にもてなしを受けたり、果てしなく続く景色の中で車を走らせたり。
いつも心の中で大切にあたため続けている旅への想い。ホテルの主人である「ぼく」を通して、世界的な評価を受ける絵本作家みやこしあきこがリトグラフという版画の手法を使って印象的に描き出す。
それは夢の中のようであり、でも確かにそこにある具体的な風景であり。流れる空気や温度、静かに吹く風の音や賑やかなしゃべり声まで見えてくるよう。豊かな色彩の版を丁寧に重ねながら、自らも旅に憧れる作者の気持ちが、その少し切なくも美しい景色の数々を生み出していくのでしょう。
私たち読者は絵本をめくりながら、「どこか遠くへいきたい気持ち」を主人公に重ね合わせ、少し胸を締めつけながら、やはり旅への想いをかき立てられていくのです。
(磯崎園子 絵本ナビ編集長)
憧れの地がある。
憧れの風景がある。
「いつか……」
そう思うだけで人は力をもらえる、生きていけるのです。
もちろん実際に飛んでいけたならもっと嬉しいのだけど。
息子はどうか。
今は生まれてきた中で一番現実と向き合っている最中に違いない。
そんな彼の憧れの風景はきっと大好きな本の中にある。
現実には絶対あり得ない場所だけれど、それはそれでちょっと羨ましい母なのです。
磯崎 園子(絵本ナビ編集長)
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