【編集長の新宿絵本日記】……ちゃんと声を出しなさい! 2019年5月20日
「私、言えない。……かわりに聞いてきて。」
仕事帰りに入ったお店で、聞きたいことが聞けない私に変わって、同僚がどんどん店員さんに交渉してくれている。あららら私、まだこんな事も出来ないのか。つい昨日の話です。
調子のいい時は忘れがちなのだけれど、そういえば私には出来ないことが山のようにある。
悪いと思っても、なかなか素直にあやまれない。
ありがたいと思っても、素直に喜びを表せない。
誰にでも明るくあいさつをしようと……思うことが出来ない。
ひどい。これじゃ、ただの子どもです。しかも年齢的に可愛くもなんともない。
いや、子どもだってもっと頑張っているでしょう。
もっとあります。
初めてのことは怖いからあんまりやりたくない。
わからないことを人に聞くのをためらってしまう。
自分の過ちを告白することができない。
……もうやめましょう。
これは「出来ない」のではなくて、「勇気」を出すことをさぼっているだけな気がしてきました。
息子が小さい頃は、こんな自分に対してフタをしていたのかもしれません。
ちょっと落ち着いてきたな、と思った途端このありさま。
勇気って、ちょっとしたことでしぼんでいってしまうものなのですね。
だからこそこの絵本。
大人になった今読んだってドキドキしてしまうのです。
はじめてのおつかい
小さなみいちゃんが、手に百円玉を二つにぎりしめ、道を歩いていきます。あれれ、ちょっと緊張しているみたい? そう。ママにおつかいを頼まれて牛乳を買いに行くのです。しかもひとりで!
「車に気を付けること、お釣りを忘れないこと」
ママとの約束を思い出しながら、みいちゃんが向かうのは、坂のてっぺんにあるお店。いつもママと公園に行く時に通る場所だけれど、自転車のベルに驚いたり、坂道で転んでお金を落としてしまったり、ドキドキとハプニングの連続です。やっとお店に着くと、今度は誰もいません。深く息を吸い込んでから、「ぎゅうにゅう くださあい」と叫ぶみいちゃんだけれども……!?
みいちゃんと一緒になって手に汗をかき、不安な気持ちになっているのは子どもも大人も一緒。だって、「はじめて」っていうのは、子ども時代に誰もが経験することですから。それはどんなに日常のささいなことであったとしても、子どもたちにとっては一大事。丁寧に描かれたみいちゃんの表情ひとつひとつから伝わってきます。いつもの道がこんなに遠く感じたり、優しいはずの大人がこんなに大きく見えてきたり、ほっとしてぽろりと涙がおっこってしまったり。
後に『あさえとちいさいいもうと』『いもうとのにゅういん』『とん ことり』などなど、名作を次々に生み出してきた筒井頼子さんと林明子さんの黄金コンビのはじめての作品が、この『はじめてのおつかい』なのだそう! 素朴な雰囲気はあるけれど、ダイナミックな構図や臨場感あふれる人物の動き、味わい深く隅々まで描かれたお店の小道具たち。何より愛情深く描かれるみいちゃんとそれを見守る大人たち。今見ても、長く読み継がれていく要素がたっぷり詰まっていることを感じずにはいられません。
今まで、どれだけの子どもたちがこの作品に励まされ、勇気をもらってきたのでしょう。そして、これからもきっと、ずっと。これこそ「小さな子どもたちの心に寄りそう絵本」なのでしょうね。
(磯崎園子 絵本ナビ編集長)
あ、さっきは「こんなにひどい方向音痴の人には会ったことがない」など、散々なことを言って申し訳ありませんでした。私の方こそ、お店の人に声をかけることすらできない心の小さな小さな大人なのです。これからはもっと色々と出来るように努力してみます。自分の事を棚に上げて、ひとのことを笑いものにするのはやめるようにします。
と、私のために動いてくれているその同僚に、一応心の中で謝ってみる。
……いや、声を出しなさい!
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磯崎 園子(絵本ナビ編集長)
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