【編集長の気になる1冊】夏が終わるといつのまに。
小学生だった息子を山口の家に預けるのが恒例となっていた夏休み。
ある日、義母から送られてきたのは1枚の写真。
そこに写っているのは、野球帽を深くかぶり、腰をしっかり落として座り込み、下を向き「ある作業」に集中している息子の姿。
「……ん、なんだこの落ち着きは?」
何となく違和感を覚えながら、再び写真を見てみると、足元にあるのは水の入った大きな箱。右手には「ポイ」、左手には小さなプラスチック容器。つまり彼は「金魚すくい」に集中している、のだが。
更によく見ればプラスチックの小さな容器の中には大量の金魚! しかも根元をしっかりと持ったポイの上には更にもう1匹、まさに今すくわれたばかりの金魚。肩と肘はしっかりと高さが固定され、あるべき位置で容器が準備されている。
何より口もとだけ見える彼の表情が極めて冷静。
……え、こんな子知らない。
夏も終わりに近づくその頃、彼はいつのまにか「金魚すくい名人」になっていたのだ。
きんぎょすくいめいじん
お祭りの日。ぼくは、念願だった「きんぎょすくい」に挑戦。だけど、全然うまくいかない……ちょっと泣きそう。その時、隣にいた男の子がそっと金魚を一匹入れてくれた!
大事に育てるために、金魚鉢を買いに行ったその店にいたのは、昨日の男の子。3つ年上だというたろうくんは、夏休みの間に隣の町からおじいちゃんとおばあちゃんのところに遊びに来ているんだって。大事そうに見せてくれたのは、去年の「きんぎょすくい大会」でもらった2等賞のトロフィー。たろうくんは「きんぎょすくい名人」だったのです。
そこで、今年はぼくも一緒に大会に出ることに。
手作り「ポイ」と「ゼッケン」をつけて、たろうくんと1等賞めざしていざ特訓です。
まずは軽くストレッチ、そして深呼吸。
ななめにそーっと、ポイを入れて……
全くできなかった事に挑戦する「ぼく」のまわりに登場するのは、かっこいい年上のおにいちゃんとちょっと遠くから優しく見守ってくれる大人たち。自分で見つけた目標だから、大人は邪魔しちゃいけません。憧れの世界に飛び込んでいく時の気持ちというのは、何にも代えがたい大切な体験だからです。ひと夏だけれど、ずっと心に残っていくであろうこの出来事を瑞々しく描き出すのは松成真理子さん。夢中になっている男の子の顔って、なんて可愛いのでしょうね。
さて、きんぎょすくい大会当日。ふたりの結果はいかに?それは絵本を読んでのお楽しみ。
(磯崎園子 絵本ナビ編集長)
息子も、人知れずこんな素敵な経験をしていたのだろうか。その訓練の成果は手元を見ればよくわかるのだけれど、当時はその金魚の量にただ驚いて褒めて、彼の師匠については聞かずじまいで終わってしまったのだ。
この絵本のように、そのあと「名人」として遠く山口の地で数々の弟子を育てた過去だってあるのかもしれない。
……そこはもう。
敢えて確認せずに、妄想を楽しむことにしよう。
大きくなりすぎた息子を眺めながら心に決める母なのです。
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磯崎 園子(絵本ナビ編集長)
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