【小学6年生から大人の方におすすめの新刊】『あしたのことば』
「言えなかった言葉はどこへ行く?」
言おうとして言えなかった言葉、あるいは思わず言ってしまって後悔した言葉はありますか?
この本に登場するのは、いつかのあなたかもしれないし、最近のあなたかもしれません。
出会うのは、いつか自分が誰かに言ってほしかった言葉や、今必要としている言葉かもしれません。
ほんのひと言、少しの言葉で前に進むことができる。希望が見えてくる。この本にはそんな言葉がたくさん詰まっていて、読む私たちを少しだけ前に進めてくれるように感じます。
さて、あなたが気になるのは、どのお話ですか?
どんな本?
直木賞作家の森絵都さんが「ことば」をテーマに綴った8篇の短編小説集です。短編それぞれに別のイラストレーターさんが挿絵を描かれていて、1話1話違った印象を楽しめるところが大きな魅力です。それぞれの場所でさまざまな想いを抱えて過ごしているたくさんの人と出会えます。
どんな人におすすめ?
小学6年生ぐらいから、中高生、大人の方におすすめです。8つの短編の主人公は、小学校高学年の子が多いのですが、友達とのちょっとしたすれ違いや、繊細な心の揺れなど、同世代の子どもたちや中高生には共感できる部分が多くあるのではないかと思います。また同時に、大人はかつて体験した出来事や気持ちを思い起こすこともあれば、大人である今にも通じるものがあり、読む人それぞれの心に呼びかけてくるものがあるように感じられるお話です。
どんなお話?
それぞれ8つの短編について、印象的なセリフと簡単なあらすじをご紹介します。
「帰り道」(絵/しらこ)
※こちらは、光村図書小学校教科書「国語6」にも収録されています。
「そのまぶしさに背中をおされるように、今だ、と思った。今、言わなきゃ、きっと二度と言えない。」
【あらすじ】
思っていることをうまく言葉にできない律は、「どっちが好き」という話題であいまいな返事をして、周也から「どっちも好きってのは、どっちも好きじゃないのと、いっしょじゃないの」と言われてしまう。落ちこむ律だったが、帰り道に周也が声をかけてきて……。
「あの子がにがて」(絵/赤)
「けど、ほんまにわからんわ。ケンカしたわけでもあらへんのに、なんでうちと真紀ちゃん、こないことになってるんやろ」
「あんたと真紀ちゃんは、生まれながらに相性が悪い。それだけや」
【あらすじ】
同じクラスの真紀ちゃんが苦手な水穂。話しかけてもつんとした声で返事をしてきたり、男子の前では態度が違いすぎたり。塾仲間のミーヤンに真紀ちゃんとのことを相談してみると、思いがけない言葉を教えてくれて……。
「富田さんへのメール」(絵/長田結花)
「聞いたことはとりけせないよ。言葉ってとりかえしがつかないんだよ」
「もしかしたら、それを美里に言った子はとりかえしたいって思ってるかもよ」
【あらすじ】
自分のミスで負けてしまったソフトバレー大会のあと、キャプテンの富田さんが耳元でささやいた言葉にしばられ続けている美里。モヤモヤを晴らすため、富田さんへ気持ちを伝えようと決心する。
「羽」(絵/早川世詩男)
「いったいそれはいつにはじまり、いつに終わったのか。はっきりとおぼえていないけど、たぶん、中学生になるかならないかのころまで、ぼくの心と口はひとつつながりだった。」
【あらすじ】
こどものころ、ぼくの言葉には羽が生えていて、ぼくが口を開くとそれは大空へかけのぼっていった。なくしたことすらも忘れていたそれがよみがえったのは……。
「こりす物語」(絵/100%ORANGE)
「ああ、どうすれば、わたしの見ているものを、そのまんま、みんなにも見てもらえるのかしら。ちいさなちいさなわたしには、森にあるなにもかも、ぜんぶがとっても大きく見えて、そのどれもが、じんじんするぐらい、すてきな瞬間をもっているのに」
【あらすじ】
自分の見たものを言葉にするのが苦手なこりすは、森にある素敵なものを絵にすることを思いつく。冬眠の準備もせず夢中になって絵をかくうちに、冬がやってきて……。
「遠いまたたき」(絵/植田たてり)
「ああ、この世には、なんとたくさんの思いがうずまいていることでしょう。なんとたくさんの心の声が、行き場をなくして、ただよっていることでしょう。」
【あらすじ】
大好きなおばあちゃんに言えなかった言葉たちは、どこへ行けばいいんだろう? 後悔の日々を過ごす「わたし」がたどり着いたのは……。
「風と雨」(絵/酒井以)
「ーコートの外側は平和だもんね。
風香ちゃんの言葉に、どきっとした。
自分のことを言われた気がしたから。」
グループの分裂によってひとりになった風香は、無口な瑠雨ちゃんといっしょにいることが多くなる。国語の言葉集めの時間、自分が思いもしない言葉を書いた瑠雨ちゃんの紙を見て、瑠雨ちゃんのことをもっと知りたくなり……。
「あしたのことば」(絵/中垣ゆたか)
「みんな、いろんな言葉でぼくをはげましたり、応援したりしてくれる。
でも、ぼくがほしいのは、そういう言葉じゃないような気がする。」
【あらすじ】
両親の離婚で父親と福岡県へ引っこした裕は、何事にもやる気を感じられずにいた。そんなある日、クラスメイトから聞きなじみのない遊びに誘われて……。
この本を書かれたのは?
『リズム』でデビューされて以来、『宇宙のみなしご』『カラフル』(いずれも講談社刊)など、数々のYA作品をはじめ、絵本、低学年向け、中学年向け、高学年向けなどさまざまな年齢の子どもたちへの作品を生み出されている森絵都さん。大人向けの小説にも定評があり、小説『風に舞いあがるビニールシート』(文藝春秋刊)では直木賞を受賞され、最近では『みかづき』(集英社刊)がTVドラマ化されたことでも話題となりました。あらゆる世代や立場の方の心情を鋭く、温かく見つめる観察眼と心理描写が、小学生から中高生、大人の方まで幅広い世代の共感を呼び、またつむぐ言葉の美しさが、人気の秘密ではないかと思います。今回の『あしたのことば』もそうした森絵都さんの、丁寧な気持ちの描き方、選ばれた言葉の美しさが際立つ作品だと感じました。『あしたのことば』は、森絵都さんのファンの方にも、またはじめて出会う子どもたちにも、その魅力がたっぷり伝わる作品となっています。
森絵都さんの読み物(低学年向け→中学年向け→高学年向け→YA作品の順に並べています)
イラストレーター紹介
しらこ
岐阜県生まれ。大学で建築とデザインの勉強をした後、海外の技法書を読んで風景画と色彩理論を学ぶ。現在は書籍の装画を中心に活動中。
赤(あか)
イラストレーター・グラフィックデザイナー。多摩美術大学グラフィックデザイン学科卒業。広告を中心に幅広くイラストレーションを提供。第17回『1_WALL』にて審査員奨励を受賞。
長田結花(おさだ ゆか)
1991年山梨県生まれ。東京工芸大学芸術学部卒業。文芸書や児童書の装画、文芸誌の挿絵、雑誌、Webでのイラストレーションなど、多方面で活躍。
早川世詩男(はやかわ よしお)
1973年生まれ。書籍の装画や挿絵で活躍。手がけた作品に、『ペーパープレーン』『昔はおれと同い年だった田中さんとの友情』『星空を届けたい』などがある。
100%ORANGE
及川賢治と竹内繭子のユニットとして、イラストレーション、絵本、漫画、アニメーションなどを発表している。絵本の仕事に『まちがいまちに ようこそ』『ここは』などがある。
植田たてり(うえだ たてり)
東京都生まれ。桑沢デザイン研究所卒業後、フリーランスのイラストレーターとして活動を開始。文芸書や児童書などの装画、挿画で活躍。
酒井以(さかい さね)
大阪府在住。嵯峨美術短期大学卒業。児童書の装画、挿画を中心に活躍。おもな装画の仕事に『かみさまにあいたい』『てのひらに未来』『サード・プレイス』などがある。
中垣ゆたか(なかがき ゆたか)
1977年北九州市生まれ。2005年からイラストレーターとして活動。『ぎょうれつ』『ひらいてびっくり!のりもののりもの』『ともちゃんちのにんじゃねこ』など、絵本も多数。
阿部海太(あべ かいた)
1986年生まれ。東京藝術大学デザイン科卒業後、ドイツ、メキシコに渡る。 帰国後、神話や根源的なイメージをモチーフに作品を発表。絵本に『みち』『みずのこどもたち』『めざめる』などがある。
いかがでしたか。
『あしたのことば』に出てくる登場人物と同じような状況を体験したことがあってもなくても、ひとりひとりが悩み、とまどいながら前に進もうとする気持ちや交わされる言葉に、強く励まされるような短編集。実際に語りかけられたわけではないのに、ふいに温かい言葉をかけてもらえたように感じたり、読んだ後には、そばにいる誰かの気持ちをこれまでよりも理解したいと思ったり。
大切な人たちの存在に思いを馳せることが多い今、とくにおすすめしたい、温かな言葉の力が伝わってくる1冊です。
秋山朋恵(絵本ナビ 児童書担当)
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