海は読み終わらない「本」だ! 浜辺さんぽで知的好奇心に火をつけよう
絵本研究家のてらしまちはるさんは、子ども時代に自宅の「絵本棚」でたくさんの絵本に出会いました。その数、なんと400冊! 「子どもが絵本を読む目線は、大人の思い込みとはちょっと違う」そうですよ。
今年のお休みはいつもより長い、という方も多いのではないでしょうか?
でも「せっかく時間があり余っていても、どこにも行けてな〜い!」という声が聞こえてきそうですね。
もし近くに浜辺があるなら、大人も子どもも、ちょっと足をのばしてみませんか?
3密をしっかり回避しながら、知的好奇心をよびさましてくれる遊びが、冬の海でみんなを待ち構えていますよ。
「ビーチコーミング」ってなに?
遊びの名前は「ビーチコーミング」。聞きなれない言葉ですよね。
浜辺をぶらぶら歩いて、漂着物を観察したり、拾ってコレクションにしたりする趣味のことです。季節はとくに問いません。
あ、いま「地味だな〜」と思ったでしょ!? 地味に思えて、なかなかの大興奮を呼ぶ遊びなんですよ。いましばらくおつきあいを。
英語のつづりは「Beach combing」。「comb」は「くし」です。
波打ちぎわをくしの目ですくように、つぶさに見て歩くからこの名前なんだよ、といつか話してくれた人がありましたっけ。
私は編集者時代にこの遊びを先輩からおそわって、はや10余年。
神奈川県の海岸にはじまって、全国津々浦々で観察や採集を楽しんできました。
いまは気ままな遠出が叶いませんが、それでも近場なら、やっぱり存分に楽しめると思うんです。
絵本でのぞく、ビーチコーミングのいろは
ビーチコーミングは季節を問いません。だから、冬には冬の楽しみがあります。
季節ごとにさまざまなおもしろみがあることを、かなり正確につたえてくれる絵本があるんですよ。
『ぼくたち いそはま たんていだん』です。
海岸で漂着物を探す「ビーチコーミング」を紹介
海岸で漂着物を探す「ビーチコーミング」のなぞときゲームに挑戦! 季節ごとの漂着物を実物大の写真で紹介するたのしい絵本。
ビーチコーミング関連の絵本って、これ以前にも何冊か出ているんですが、図鑑的な説明に力を入れているものが主流、といった印象でした。
ところが、これは「物語仕立て」で、魅力やフローがわかりやすい。
ビーチコーミングをまったく知らない人が手にとっても、物語を読み進むうちに、見どころやポイントを自然と知れるようにつくられています。
たとえば、相模湾沿いの冬は、いろんな種類のタカラガイが見られる、とか。
夏に、砂でできた茶碗のようなのを見かけたら、それはツメタガイの卵塊だ、とか。
カツオノエボシやギンカクラゲのように、さわってはいけないものが打ち上がっていることもある、とか。
この遊びをはじめるときって本来、教えてくれる人の存在がけっこう重要です。
初心者はふつう、得体の知れないものには素手でさわらないなどの禁止事項や、どんな場所でどんなものと出会えそうかなどの情報を、慣れた人からちょっとずつもらいながら歩きはじめるんですね。
そういう諸々が、これ一冊にほとんど、つまっています。
作者である三輪一雄さんご自身が、ビーチコーミングをライフワークにされているというので、納得しました。
頼りになる一冊。出発前に、みんなで読んでおくのがおすすめです。
さて、物語のすじがきは−−?
絵本の主人公はいとこ同士の2人組、かいととまりです。
ある年の春、2人はじっちゃん、つまり彼らのおじいさんから、ふしぎな文章の書かれた紙を渡されます。
これは「1年かけておこなう“漂流物のなぞときゲーム”」でした。
相模湾をのぞむ海岸で、季節をまたいでビーチコーミングしながら、文の意味を解読せよ、というじっちゃんからの挑戦状です。
2人は、それをうけて立ちます。
ちなみにこの文、相模湾沿いの各所を拾い歩いた私でも、ところどころわからない箇所があるほど難しいんですよ……!
ためしに、冬のくだりを引用してみましょうか。
冬のいそ
ロウバイがきいろの花びらつけるころ
はつ雪ふりて 海あれる
サメ サバ メダカに クチグロと
とれればウキウキ 冬のお宝
どうでしょう。冬の相模湾沿いでよく見かけるもののことをうたっていますが、なんのことだかわかりますか?
相模湾をのぞむ立石海岸。湾のような地形に、ゆるめの波が打ち寄せる場所だと、ビーチコーミングに向いていることが多いです。地形を読む感覚は、何度もやっているうちにだんだん身につきます。
私は、最初から全文解読はできませんでした。
なんとな〜く「アレのことだろうな〜」くらいは、頭に浮かぶんですけどね。まだまだ修行が足りません(笑)。
かいととまりの物語をたどれば、この文が、相模湾の冬ならではの見どころをつたえているとわかります。
答えは、絵本を読んでのお楽しみとしましょう。
ビーチコーミングがわかる! おもしろさ3つのポイント
さて、ここからは絵本に載っていない話。
長いあいだ、地道にてくてくと浜辺をさんぽしてきて「ビーチコーミングのおもしろさって、こういうことだよなあ」というのが、年々まとまりつつあって。
せっかくの機会なので、ここでおつたえしたいと思います。
おもしろさ1.収穫に大興奮!
なにがおもしろいかって、そりゃあ、いちばんは収穫のよろこびですよね。
浜辺の漂着物から、自分好みの宝ものを発見するって、本能的なうれしさを感じることができます。
私の場合は、生き物に興味があります。大好きなウニの仲間の殻に出会ったときなんて、からだの奥がわきたちますよ。
そんなふうに「コレが見つかったらすごくうれしい」という何かがあると、がぜん楽しくなります。
出かける前には、図鑑などものぞいて、自分なりの宝ものをしっかり見定めておくのがオススメです。
目標が定まると、歩き方にも工夫を加えられますしね。
たとえば、さくら貝を拾いたいなら、ふつうの貝殻よりずっと薄くて軽いですから、波打ちぎわにあるとは限らないかもしれません。
波のうちよせる場所から少し離れたふきだまりを見るなど、仮説を立てて検証していくおもしろさもあります。
知的好奇心に、これがきっかけで火がともる子もいそうです。
自然が相手なので、実際には目当てのものが見つからないことの方が多いですが、そうだとしても目に見えない収穫はたくさんあります。
さくら貝の一種、ベニガイと思われるピンクの貝殻(中央)。昨年、千葉県館山の沖ノ島で。
おもしろさ2.知識がつみかさなっていく
そして、いろんな知識がどんどんつみかさなっていくのも、快感です。
さっきのサクラガイの例のように「予想しては拾う」をくりかえすわけですから、体験や実感とむすびついた知識が蓄積されていくのは、容易に想像できるのではないでしょうか。
なにげなく拾って帰ったものも、あとから調べたり、くわしい人に聞いて判明することがあったりします。
私のウニ好きもはじめは、よく見る形状のウニの殻が、波に押されてコロコロと転がっているのを「かわいいなあ」と拾うことから出発しました。
家で眺めているうちに「なんでトゲが残らないんだろう?」とか「今日拾ったのはなんていう種類のウニかな?」とか、疑問が次々とわいてきて……。
調べてみると「波にもまれるからトゲがとれるんだ」、「これはムラサキウニっぽいぞ」なんてことがわかります。
トゲのとれたウニの殻。お寿司で食べるウニも、トゲをとればこうです。
さらに「ほかの漂流物でも、海を漂ううちに変化しているものがあるみたいだぞ」とか「平ぺったい形のウニの仲間もいるんだな、カシパンっていうのかあ。見てみたいな」と、どんどん興味が広がっていくんです。
いまでは、立派なカシパンコレクターに成長しました。
もっといえば、つみかさなっていく知識って、なにも収穫物に限ったことじゃありません。
浜辺の地形と、漂流物の多少の関係だとか。水の動きの特性だとか。ぜんぶ、そうです。
ぶらぶら歩いて接するすべてのことが、体験と実感をとおして、アクティブな知識として身につくのです。
ヨツアナカシパン。けっこう大きめで、欠けのないきれいな品!
おもしろさ3.ひとつとして同じ情景がない
3点めが、ビーチコーミングをおもしろくしている最大の要素かもしれません。
いつ、どこの浜に行っても、同じ景色がひとつとしてないんです。
よく行く浜のひとつは、数ミリほどの小さな貝殻はたくさんあるけれど、それ以上の大きさの漂流物はなかなかないのがふつうでした。
それがあるとき、直径10センチ以上もあるタコノマクラが、いくつもボコボコと打ち上げられていたことがありました。タコノマクラは、いつか拾いたかった憧れのウニの仲間です。
そんなこと、そのときだけ。あの興奮をもう一度、と欲をかいて出かけても、ふたたび見ることはまだありません。
タコノマクラは、カシパンよりもだいぶ厚みがあって、ふくよかな造形。
どの浜も、気づかないだけでそうなのです。
季節どころか、場所ごと、日ごと、時間ごとに、刻々と表情を変えています。まるで生き物ですよ。
浜辺は、読み終わらない本のよう。
「いま、ここ」の海が差し出してくれるものたちと、一期一会をおおいに楽しんでくださいね。
その他にもこんな絵本があります。
浜辺には、貝殻や木の実、砂に削られたガラス片、ペットボトルなど、さまざまなものが漂着します。本書では、砂浜で拾い集めたものを写真で紹介。それらがどこからやってきたのか、もともとどういう物だったのか、どうしてこんな形になったのか…、などを解き明かしていきます。
漂着物を観察していると、自然だけでなく、社会や文化、地球環境にまで思いが及ぶ、海に行く機会の多い夏におすすめの科学絵本です
浜辺で見つけた美しい貝殻や外国の文字が入ったボトルを集めるコレクションのおもしろさ、
ビーチコーミングの楽しさを紹介します
海水浴にいったら、砂浜の左右に目を向けてみると、岩場を見つけることができるでしょう。岩場にしゃがんで見ていると、あわてて逃げるヤドカリ、岩陰から顔をのぞかせたカニ、岩のすきまにいるウニなど、様々な姿をした海の生きものたちに、つぎからつぎと出会います。
ヒトデをひろってうらがえしておくと、ひっくり返って元どおりになります。ウニをつかまえたら柵を作って入れておくと、よじのぼって出てきます。ナマコをつかむとお尻から水がぴゅーっと飛び出します。他に殻を取りかえるヤドカリ、変装するカニなど、ぜんぶで9種類の海の生きものに、実際に手で触わることでわかる、そのふしぎな生態を写真で紹介します。
親子で一緒に磯遊びするのが、ますます楽しくなる写真絵本です。
これが本当に貝なのか――わずか数センチの殻に神秘的な色彩と造形を宿す貝に、私たち人類は古代から魅了され、貨幣や装飾品など様々な形で用いてきた。そんな宝石とも工芸品とも見紛う極小の貝の美を、30年以上にわたり自然界の生き物を撮り続けてきた世界的写真家が再発見、300点を超えるカラー写真に焼きつけた。高度なマクロ技術を駆使した美麗写真と最新の学術的解説が織りなす、今までにないスーパー・ビジュアル図鑑。
てらしま ちはる
絵本研究家、フリーライター。絵本編集者を経験したのち、東京学芸大学大学院で戦後日本絵本史、絵本ワークショップを研究。学術論文に「日本における絵本関連ワークショップの先行研究調査」(アートミーツケア学会)がある。東京学芸大学個人研究員。日本児童文芸家協会、絵本学会、アートミーツケア学会所属。絵本専門士。
写真:©渡邊晃子
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