虐待STOP!必要な絵本に出会えていない子へのメッセージ『おとなにたたかれたの? おとながたすけてくれないの?』
絵本研究家のてらしまちはるさんは、子ども時代に自宅の「絵本棚」でたくさんの絵本に出会いました。その数、なんと400冊! 「子どもが絵本を読む目線は、大人の思い込みとはちょっと違う」そうですよ。
刊行されたばかりのこんな絵本に、先日、出会いました。
おうちにいるのが「つらい」あなたへ ―“虐待”から子どもを守るための絵本―
身体的暴力・ネグレクト 編
大人にたたかれたり、大人が世話をしてくれなかったり、体のいやなところをさわられたり、兄弟が暴力をふるわれていたり…。もしそんなことで困っていたら、「SOSを出してほしい」と絵本の形でやさしく伝えるシリーズ。
NHKで放送された虐待防止啓発アニメーションを絵本化。
もしかして、こんなことでなやんでいない? なみだの形をした妖精「なみだくん」が、子どもたちに語りかけます。おうちで大人から暴力をふるわれていたり、世話をしてもらえないような状況があったら、勇気を出して話してみて―――。
身体的暴力やネグレクトを受けていないかをたずねる『おとなにたたかれたの? おとながたすけてくれないの?』、性的虐待や面前DVを受けていないかをたずねる『からだをさわられたの? かぞくのけんかがこわいの?』の2冊同時刊行です。
「ねえ、もしかして、こんなことで こまっていない?」と、話しかけられるところから始まる本書。声の主は、おばけのようなかわいらしいキャラクター「なみだくん」です。
この絵本は、NHK制作の虐待防止啓発アニメーションから生まれました。
つまり、虐待をテーマとしています。
大人から子どもへの暴力や、ネグレクトをあつかった作品というと、どうしても暗いイメージがつきまとうものですよね。
けれど、この絵本はふしぎです。いやな緊張感を感じることが、ほとんどありません。
ショッキングな描写を含みながらも、どこかいつも、あっけらかんとしているんです。軽いタッチの絵と、ほがらかさを含む文章のおかげでしょうか。
なみだくんは、絵本のなかの子どもたちを見守っています。
たたかれたり、家にいれてもらえない彼らに寄り添って、「おとなが こどもを きずつけるのは、ぜったいに、してはいけないことなんだ」と声をかけます。
「ほんとうは どんなきもち? つらいきもちを かかえこまないで」。
「きみの きもちを はなしてみよう」。
どこまでもやわらかな、なみだくんの言葉たち。
そんな気持ちで接してもらえたら、憂き目にあう子どもたちは、自分の境遇を「恥ずかしい」とひっこめてしまうことはないかもしれない−−。
そんな想像をする私がいます。
手が伸びづらいこんなテーマの作品も、ときどきは読まれたり、子どもたちの目につくところに置かれているといいなあと、感じます。
ショッキングなテーマの絵本、でも登場する場によっては……
虐待というマイナスイメージのテーマの絵本は、もしかしたら、日ごろの一冊としては選ばれにくいかもしれません。
大人からすると、わが子に積極的に見せたいテーマではないですものね。
でも、たとえば読み聞かせの場や、よその子に読んであげるチャンスができたときなら、状況がちょっとちがってくるのではないでしょうか。
親でない大人が絵本を読んであげられる機会に、こうした作品を手にすることは、とくに不自然じゃありませんよね。
そういう場でこの絵本を目にした子は、もしかしたら自分の一大事に気づけるかもしれません。
もしかしたら、助け舟を出してくれる大人たちの存在にも、気づけるかもしれません。
それに、もしかしたら彼らは、案外あなたの近くにいるかもしれないのです。
絵本が手渡されるときの、2つの障壁
絵本関連の書きものをしていて、私は、つねづね自分に問いかけることがあります。
「必要とする人に、必要な絵本が届くようにしたい。それには、どうしたらいいだろう?」というものです。
毎月のこの連載も、実は、その問いへのひとつの回答になるように、との思いをひそませて書いています。
必要とする人に、必要な絵本を。これって、当たり前のようでいて、そうでもないんです。
実際は、障壁にはばまれていることがけっこうあります。
障壁には、2種類あると考えています。
1つは、絵本を読む習慣や環境がないという障壁です。
わかりやすいので、ここでは幼児に話をしぼってみましょう。
1日のなかに、絵本を手にとる時間がまったくない子や、身近な場所に絵本を置いてもらっていない子を、イメージしてみてください。
その子たちは、なんらかのメリットを彼らにもたらす絵本が世の中に存在していたとしても、それに出会う確率はほとんどありません。接する機会がないからです。
この障壁をとりはらうには、読む習慣づけを子ども自身にうながしたり、環境づくりを大人へ提案することが有効でしょう。
もう1つは、絵本の環境はすでにあったとしても「出会いづらい本」が存在する、という障壁です。
たとえば子ども時代の私は、絵本の環境にめぐまれていました。家にはたくさんの絵本が置かれ、毎日何冊も読む労力をかけてもらえたというのは、そういうことなのでしょう。
けれど、出会わなかった絵本がたくさんあったとも思います。
たとえば、てらしま家の絵本棚には、長新太作品がほとんどありませんでした。うさこちゃん(ミッフィー)シリーズは、あったけれど本棚のすみに眠ったままでした。家族の趣味で、そうだったのです。
戦争はよくないとうたう絵本はあっても、たとえば障害について語る絵本や性教育の絵本はありませんでした。そういうものには小学生になってから、よそで出会って驚いた記憶があります。
家庭で選ばれる絵本には、その家の趣味趣向が色濃く反映されます。
人の多様さって、きっと、そういうところからも生まれるんでしょうね。だから、いいとか悪いとかではなく、自宅での選書はそういうものととらえるべきでしょう。
ただし、子どもが必要とする一冊に出会えていない可能性はある。ならば、家庭以外のなにかの機会が、家では出会えない本と子どもとの仲介をしてくれるといいですよね。
私はもの書きなので、文章で、この2つの障壁をとりはらえたらいいなと思います。
一方で、子どもたちに接することを日常とする立場の大人なら、文章とはまたちがう方向からのアプローチができるとも思います。
友だちの親や地域の大人といった人たちが「こういうのもあるんだよ」と、彼らの目の前に絵本をさしだしてくれるとしたら−−。
こっちの方が文章よりも、ずっと直接的で、深い効きめをはらんでいることでしょう。
虐待の危機を脱するきっかけは、絵本かもしれない
『おとなにたたかれたの? おとながたすけてくれないの?』のような虐待をテーマとする作品を、家族でなくても、身近な大人が読み聞かせてくれること。
あるいは、子どもの目につくところに、そっと置いておいてくれること。
大人のそれらの行動は、絵本の習慣のない子にも、ある子にも、両方にはたらきかけます。
あなたが起こした行動で、この絵本の存在を知る子が増えるわけです。そのなかには、家族間の困りごとをかかえて必死に耐えている子が、いないともかぎりません。
絵本との出会いをきっかけに、彼らが、自分の立たされた状況をおかしいと気づいたり、外部の大人に助けをもとめてみようと思い立ってくれたら……。
それは、必要な絵本が必要な人に届いた、ということになるのはないでしょうか。
うまくいくばかりでは、ないかもしれません。
でも、虐待という悲惨な状況を変える可能性が少しでも見出せるなら、私たち大人は、手をさしのべつづけるべきです。
本シリーズには、同時刊行の『からだをさわられたの? かぞくのけんかがこわいの?』もあります。こちらは、性的虐待と面前DVのテーマをあつかっています。
情報を必要とする子どもたちに、気持ちをきずつけない表現でたすけ舟を出すこうした絵本の数々が、しっかり届いてほしいと思います。
虐待に関する相談先情報
児童相談所 虐待対応ダイヤル(全国共通・無料)
☎︎189
24時間365日休みなく、最寄りの児童相談所につながります。通告・相談は匿名で行うこともでき、通告・相談をした人、その内容に関する秘密は守られます。
子どもの人権110番
☎︎0120−007−110(全国共通・無料)
月曜日から金曜日までの、午前8時30分から午後5時15分まで、最寄りの法務局・地方法務局につながります。通告・相談は匿名で行うこともでき、通告・相談をした人、その内容に関する秘密は守られます。
その他にもこんな絵本があります。「自分を守る」絵本
おうちにいるのが「つらい」あなたへ ―“虐待”から子どもを守るための絵本―
性的暴力・面前DV 編
大人にたたかれたり、大人が世話をしてくれなかったり、体のいやなところをさわられたり、兄弟が暴力をふるわれていたり…。もしそんなことで困っていたら、「SOSを出してほしい」と絵本の形でやさしく伝えるシリーズ。
NHKで放送された虐待防止啓発アニメーションを絵本化。
もしかして、こんなことでなやんでいない? なみだの形をした妖精「なみだくん」が、子どもたちに語りかけます。体のいやなところをさわられたり、兄弟が暴力をふるわれているような状況があったら、勇気を出して話してみて―――。
身体的暴力やネグレクトを受けていないかをたずねる『おとなにたたかれたの? おとながたすけてくれないの?』、性的虐待や面前DVを受けていないかをたずねる『からだをさわられたの? かぞくのけんかがこわいの?』の2冊同時刊行です。
てらしま ちはる
絵本研究家、フリーライター。絵本編集者を経験したのち、東京学芸大学大学院で戦後日本絵本史、絵本ワークショップを研究。学術論文に「日本における絵本関連ワークショップの先行研究調査」(アートミーツケア学会)がある。東京学芸大学個人研究員。日本児童文芸家協会、絵本学会、アートミーツケア学会所属。絵本専門士。
写真:©渡邊晃子
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