【絵本でわかる非認知能力①】「大好きを追う」が伸びるミソ。『こんにちは!わたしのえ』はこう読める
絵本研究家のてらしまちはるさんは、子ども時代に自宅の「絵本棚」でたくさんの絵本に出会いました。その数、なんと400冊! 「子どもが絵本を読む目線は、大人の思い込みとはちょっと違う」そうですよ。
非認知能力、あるいは非認知的能力という言葉を、よく聞くようになりました。書店の子育て本コーナーには、これらを含むタイトルの書籍がいくつも並んでいますよね。さて、このテーマ。絵本という切り口を使うと、わかりやすくお伝えできそうだと、私は考えています。
非認知能力は、生きていく上で土台になる力
しかし、なんだかとっつきにくい言葉ですよね。このテーマを本連載で表立って初めて扱う今回は、「一体なんなのか」というところを、本題に入る前に整理しておきましょう。
この言葉を私がざっくりと言い換えるなら、そうですね。「生きていく上で土台になる力」というのが、ぴったりきそうです。抽象的で、いまいちピンとこないでしょうか? 少し踏み込んで、次の引用を見てみることにしましょう。
「非認知能力」とは、簡単に言えば、読み・書き・計算などの「認知的能力」でない力、あるいは数値化しにくい能力のことです。(中略)より具体的には、何かに熱中・集中して取り組む姿勢、自分の気持ちをコントロールできること、他者とうまくコミュニケーションできること、自分を大事に思えること、といった力のことなのです。(大豆生田啓友・大豆生田千夏『非認知能力を育てるあそびのレシピ』より)
ここではまず、認知的能力というものにふれています。認知的能力の例として「読み・書き・計算」が挙げられていますが、これらはどれもテストや検査によって把握できる、つまり「認知できる」能力といえます。
もともと非認知能力という言葉は、この認知的能力と対をなす言葉です。ということは、「非認知能力 = テストや検査によって認知しづらい能力」となります。
実際、暗算がすばやくできるとか、理路整然とした作文ができるといった力なら、私たち大人は想像しやすいですよね。それに、そういう能力を子どもに身につけさせるとどこで有効かとか、高めるにはどんな訓練をしたらいいかなんてことも、だいたい把握しています。認知的能力は数値によって目に見えやすいので、目指す地点がわかりやすいといえます。
けれど、非認知能力の方はタイプが違って、とらえにくいのです。自制心をはたらかせたり、だれかとやりとりしたり−−、それって「能力」なの? と疑問に思う人も多いかもしれませんね。でも、能力なのです。空気のように「当たり前」で、だからこそ見過ごしてしまいがちな力。でも、それがなければうまく生きていられない力。これがいま、注目されている非認知能力です。
不透明な世の中を泳ぎ切るイメージを
ではなぜ、この力が取りざたされるのでしょうか? それは、子ども一人ひとりの将来を、その完成度合いが左右する可能性があるからです。
幼児期に非認知能力を養うはたらきかけを受けた子どもと、そうでない子どもとでは、年収や学歴、犯罪率などに差が出るといわれています。この論は2000年に、アメリカの経済学者ジェームズ・J・ヘックマンの研究ではじめて示されました。ヘックマンは、特別なプログラムを受けさせた幼児たちと、そうでない幼児たちのグループを、40年間も追いかけて判明させたというから、驚きます。日本ではこの言葉が、2010年代後半くらいから広く注目されはじめた感触です。ちょうど世の中の伸び悩みが、無視できない現実として私たちの目の前にあらわれはじめたころとリンクしていそうです。
非認知能力を伸ばすことのキモは、このあたりにあると私は思います。つまり、不透明な世の中を、問題に出くわすたびに最適な方法を模索しながら、臨機応変に泳ぎ切れる人を育てるのが、目指すところでしょう。それは、なにもこれまでの認知的能力を養う教育を否定するものではありません。むしろ、認知的能力をうまく操縦するために、非認知能力の土台をたしかにするというのが、基本的な考え方だと見ています。ヘックマンの研究の子どもたちも、けっして従来的な学力を無視して育ったわけではなく、非認知能力の獲得によって、外界と自分とのバランスをよりよく保つ手段を得たということなのでしょう。
世の中はすでに、とっぷりと予測不可能の海に浸っています。ここ10年ほどはその度合いが年々強くなっていることを多くの人が肌身で感じていたでしょうが、加えて、新型コロナウイルスに社会全体がこんなにも手を焼くとは、数年前の私たちはつゆほども思わなかったのです。刻々と変化する外界に、自分を生かす場所をどう捻出していくか。そのカギを、非認知能力は握っています。
絵本なら、わかりづらい力を感覚で理解できる
さて先ほど、非認知能力を、空気のように「当たり前」に思える能力だと説明しました。しかし、その「当たり前」の性質や身につけ方をブレずにとらえることは、慣れないと骨が折れます。
この話題を理解していくときには、感覚的な手法が役に立ちます。私がここで提案したいのは、絵本をつかって楽しみながら「非認知能力ってこういうものなのか」と、大人の人に体験理解してもらうことです。
それというのも、絵本には非認知能力をよく描いた作品がたくさんあるからです。「非認知能力」という言葉自体は、先ほど見たように、使われだしてから日の浅い存在です。けれど、保育や絵本の世界では、言葉でラベリングしないままに昔から扱われてきた概念でもありました。
いま、国内で手にできる絵本には、最近発売されたものもあれば、何十年も前から親しまれているものもありますね。そのなかには、私たちがあらためて「非認知能力」という言葉でとらえなおそうとしているものが、実にいろんな姿で描かれています。絵本は「子どもに読むもの」と思われがちですが、そんな先入観をいま一度ふり払って、大人の私たちが非認知能力への理解を深められるツールとしても見てみようじゃないか−−。私は、そう考えます。
ということで、本連載で非認知能力をとりあげるときには、ここに焦点をあててみたいのです。もしあなたが非認知能力について知りたいと思い立ち、一般書をひもといているとしたら、副読本のような位置づけでこの記事群を読んでみてください。記事で紹介した絵本を手にすれば、理解がいっそう深まるように、書いていきますね。
いちばんは「好きを自分で追いかける」こと
前置きが長くなりました。では、今回の本題にうつりましょう。非認知能力を子どもに身につけようとするときに、とにかくいちばん大事なのはコレだ! というものがあります。「子ども自身が心の底から大好きなことを、能動的に追いかける状態」です。
子ども本人が、好きで好きでたまらないこと。大人が「やりなさい」といわなくても、いえ、ときに「やめなさい」といったとしても、どうしても気になってつづけてしまうくらいの、なにか。そういうものに子どもが没頭するときこそ、非認知能力はよく養われます。
彼らのそんな状態を、大人にも体感してもらえる絵本って、どこかで見たよなあ……? ふと、ある作品が思い浮かびました。
おもいきって ぐっちょん! まっしろの紙に筆をおろすと、色が生まれる。立ち上がって、筆をふりまわして、手や足にも絵の具をぬって体ぜんぶで色をぬって。描くことの喜びに目覚める瞬間をみずみずしく描く。「ずういいいいいいい」「ぽたぽた」「ぺったん」など擬音語も楽しい。絵を描くことの楽しさがつまった絵本。
『こんにちは! わたしのえ』は、かなりシンプルな一冊です。主人公は、活発そうな女の子の「わたし」。この子が気の向くまま好き放題に、絵を描く物語です。青い絵の具を「おもいきって ぐっちょん!」とのせる冒頭から、「あー、 おもしろかった」と描き終わるまで、本当にそれだけなのです。
一見すると、子どもが絵を描いているだけの、なんでもない絵本に思わるかもしれません。でも、ここには非認知能力を考えるときに欠かせないポイントが、山ほど隠されています。
一冊に見てとれる、カギとなる光景
たとえば、女の子のにぎる絵筆は「もっと、もーっと おおきく!」と彼女に語りかけてきます。その声にしたがって女の子が手を動かすと「いろが まわる いろが うまれる」。絵筆や絵の具がしゃべるわけないじゃん、と思うのは、大人だけです。子どもがとっぷりとひたる空想の内側では、たしかに話しかけられているし、内なる声に現実の行動が突き動かされることは多々あります。それは、この女の子も現実の子どもも同じです。この感覚、こんな説明をしなくたって、むかし夢中になって遊んだことのある方ならきっとだれもが知っていますよね。
非認知能力の視点から見ると、夢中になって遊ぶという状況こそが、非認知能力をゆたかに耕すのに欠かせません。こうして没頭しているとき、体をさまざまにつかうという経験が重ねられています。また、自分のなかで生まれたストーリーをつむいでいますから、ストーリーテリングを体感的に学ぶ絶好の機会のさなかにいるともいえます。少し考えるだけでも、この遊びは女の子に、たくさんの複合的な経験をもたらしているのです。
五感が耕されていく過程も、見てとれます。女の子は、最初は絵筆をにぎっていますが、だんだん興がのってきて、手で、足で、全身で、よりダイナミックに描くようになります。体に直接絵の具をつける、バケツの水にひたす−−。彼女がこんな動きをするとき、五感はフル回転していることでしょう。
五感の経験が積み重ねられてゆたかになると、非認知能力の側面からは、どんないいことがあるのでしょうか? たとえば、非認知能力のなかには「ほかの人を思いやる力」なども含まれるのですが、五感がここにつながっていくというのはひとつ言えるでしょう。だれかと円滑なコミュニケーションをとろうと思えば、子どもでも大人でも、相手の立場や状況をよく思い描くことって欠かせませんよね。私たちはそういうとき、相手について想像しているわけですが、それは無意識的に過去の自分のいろんな経験をひっぱりだして、てらしあわせる作業ともいいかえられます。大小さまざまな経験は、その数が多いほど想像の余地もひろがり、五感の経験も大切な要素のひとつなのです。
また、絵本では、女の子が全体を通して「どう見られるか」を気にせず、遊びに没頭しています。これも、非認知能力を養う際の大切なバロメーターになります。
本当に没頭しているときって、子どもも大人も、一人称の世界に生きています。それしか目に入らない、ということですね。もしこの女の子が、親や友だちにどう見られるかを気にしていたら、足の裏に絵の具を塗ったり、その足で縦横無尽に走りまわるといった自由な発想の遊びは、広がらなかったでしょう。子どもは、しばしば大人の顔色をうかがって「楽しい」と発言することがあります。また、写真をひんぱんに撮る習慣のなかで、撮られる自分ばかりを意識して、遊びのなかに本当には埋没できていないこともあります。そうではなくて、ほかの一切にとりあわず、遊びに集中している状態です。この境地に踏みこんでいるときに、非認知能力はよく伸びます。
女の子は描き終わると、「あー、 おもしろかった」としあわせな感情にひたります。ここまで来たとき、体験の層は確実に厚くなっていることでしょう。非認知能力って、身についたかどうかがすぐには目に見えないトピックですが、こうした場面の積み重ねで養われるものなのです。
女の子が絵を描くという絵本一冊に、非認知能力を養うのに重要なポイントを見てきました。こうして文字だけで読んでもなかなか伝わりづらいでしょうから、ぜひ本物を開いて、感じてもらえればうれしいです。非認知能力がよく養われるのは、遊びの世界に没頭しているとき。その時間のなかで、子どもの内側ではこんなことが起こっているんだよというのを、大人にもわかりやすく見せてくれる絵本です。
蛇足ですが、本書はもちろん「ただの絵本」としてもすぐれていることを付け加えておきます。絵本を、なにかに役立たせるため「だけ」に手に取るほど、つまらない話はないと私は思いますから……。非認知能力の理解のために大人が開くときも、手に絵本を持ったら、いったん色々を脇に置いて、味わうことに集中してみてくださいね。物語に入りこんで存分に楽しめたときに、知りたかった感覚はよく体感できていることでしょう。大人にとっても同じく、「好きを追いかければ身につく」のですね。
「好きを追いかける」を非認知能力の視点で見られる絵本
『こんにちは!わたしのえ』以外にも、「好きを追いかける」を非認知能力の視点から理解するのに役立つ絵本があります。ほか2冊を紹介して、おわりにしましょう。
『もぐらとずぼん』での主人公もぐらの行動は、計画性が必要な長時間のトライであっても、やはり基本は同じだと教えてくれます。さらに、「好き」に突き動かされて行動を起こすと、結果を得られるだけでなく、途中でだれかに手伝ってもらったり、満足感を感じたりといった、非認知能力を耕す上で無視できないたくさんの要素と出会えることも示唆されています。
『あたまにつまった石ころが』は実話をもとにした一冊で、「好き」を追いかけた人が驚くべき生涯をたどった話にふれることができます。ここに描かれるエピソードは、もちろん再現できる可能性は低いでしょう。が、自分の「好き」を追いかけることが、かなり大きな可能性を秘めているということは、はっきりとわかります。
もぐらは青いズボンがほしてあるのを見つけ、ほしくてたまらなくなりますが……。いったい、どうやってもぐらは青いズボンを手に入れたのでしょう?
切手にコイン、ジュースのビンのふた。みなさんも集めたことありませんか?
わたしの父は石を集めていました。「石ころじゃあ、金にならんぞ」まわりの人はいいました。ところが・・・。
てらしま ちはる
絵本研究家/ワークショッププランナー/エッセイスト。絵本編集者を経験したのち、東京学芸大学大学院で戦後日本絵本史、絵本ワークショップを研究。学術論文に「日本における絵本関連ワークショップの先行研究調査」(アートミーツケア学会オンラインジャーナル11号)、「保育園での造形活動に参画する大学生の関与と学び:大学と学芸の森保育園の連携造形活動の報告と考察から」(東京学芸大学紀要72号、共著)がある。東京学芸大学個人研究員。日本児童文芸家協会、絵本学会、アートミーツケア学会所属。絵本専門士。note「WSと絵本|てらしまちはる」https://note.com/terashimachiharu
写真:©渡邊晃子
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