絵本ナビスタイル トップ  >  絵本・本・よみきかせ   >   子どもの視点でストン!とわかる絵本 〜てらしま家の絵本棚から〜   >   あふれんばかりのいのちが圧巻!生き物の力強さがみなぎる韓国絵本『ヒキガエルがいく』
子どもの視点でストン!とわかる絵本 〜てらしま家の絵本棚から〜

あふれんばかりのいのちが圧巻!生き物の力強さがみなぎる韓国絵本『ヒキガエルがいく』

絵本研究家のてらしまちはるさんは、子ども時代に自宅の「絵本棚」でたくさんの絵本に出会いました。その数、なんと400冊! 「子どもが絵本を読む目線は、大人の思い込みとはちょっと違う」そうですよ。

 

 

ほんわり明るい、ある春の夜。私はひっそりとした小さな広場で、池にうつる月を、しずかに眺めていました。

墨のような水面に、ぽっかりと、うす黄色のまんまるが浮かんでいます。夜風になでられると、ときおりかすかにふるえます。
今夜は、もうじき終わりを迎える桜を見に、ふらりとさんぽに出たのでした。この広場は、並木路の終点にあって、余韻をあじわうのにちょうどいい場所です。ほかにだれもいません。ベンチにゆったり腰をおろして、さっきまでの桜のトンネルの美しさを反芻しながら、水上の月を味わっていました。
すると、「じゃぽっ……」。なにかの動く音が、にわかに割り入ったのです。同時に、ひそやかだった水面が、大きくゆらぎます。
え? 水のなかに、なにかいるの???

池の底にいたもの、それは

波紋で、ぐにゃぐにゃになった月。その下の、墨一色だとばかり思っていた池のなかに、私はじっと目を凝らしました。「あ、」と声が出るのと、ぎょっとするのと、どちらが先だったでしょうか。

スイ〜と、小さなやつがどこからともなく泳いできました。大きなやつのせなかにとまると、さながら二人羽織のように、連れだって池の底を歩きはじめます。満月の、交尾のあつまり!

彼らのひとかきが、墨に浮かぶ月をけちらせば、ぐにゃぐにゃと光のダンスが始まります。あっちのカエルも、こっちのカエルも、いっしょくたの大きないのちのかたまりになって、月と一緒に踊ってるみたいです。

なんてひそかな、人いきれでしょう。いや、「カエルいきれ」というべきでしょうか? 水面下の、酸素のうすさとたちこめる熱気が、上から遠巻きにながめる人間の鼻先にも、ムッと迫ってくる夜でした。

うすぐらくて浅い池の、底一面に、無数のカエルが折り重なってうごめいていたのです。じっとしているもの、なにかを求めて動くもの、さまざまです。瞬間の力強い動きが、ときに水の上にまで達して「じゃぽっ」、「ちゃぽん」と音をたてているのでした。
足もとに広がる池は、大きな水たまりくらいの浅さながら、幅は20メートルほどあります。水音はあっちこっちでしますから、池全体に何百匹も集まっているのは、どうやら間違いなさそうです。なにもいないとばかり思い込んでいたこの場所が、そうわかると、急におもしろく感じられました。

珠玉の韓国絵本が、あの熱気をそのままに

15年前にたまたま出くわした、衝撃の光景。この心拍数のあがる感覚を、ダイレクトに感じさせてくれる絵本があります。『ヒキガエルがいく』です。

ヒキガエルがいく

「トン!」ヒキガエルは山からおりて,一匹,また一匹と集まってくる.「ドドンドドン」道路をわたり,溝を横切り,産卵のために池まで旅をする.太鼓の音がリズムを変えながら,どこまでも寄り添う――.さまざなま障害を乗り越えながら,愚直に歩みつづけるヒキガエルの姿を,親しみをこめて描く,ユニークな韓国の絵本.

お話の舞台は、ひとっこ一人いない山のなか。「トン」という擬音とともに姿を現したのは、まるまると太ったヒキガエルです。
「ト トン」「ト ト トン」「ドンドン ダンダン」と音が勢いを増せば、彼らは歩を進め、数もどんどん増えていきます。大群はまるで、見えないなにかにとりつかれたよう。やぶをかきわけ、車道を越えて、ある一点を目指します。
池に着き、くり広げられるのが、そう、まさにあの光景です。かの夜のごとくカエルたちは「ピタッ」と重なり、くんずほぐれつ、くんずほぐれつ……。ひと見開きの全面をつかって、その光景がみごとに描かれています。
私はかつて、交尾の場面を本書ほど味わい深く描いた作品を、見たことがないのです。多様で、ありのままにリアルで、生き生きと力強く、美しい。どんな言葉を並べても、けっして表しつくせない「生きざまの曼荼羅(まんだら)」が、ここにあります。
 

私は、韓国生まれの本書が、作者のパク ジォンチェさんによって「太鼓で」読み聞かせられるのを観たことがあります。作中で鳴り続ける音は、実は、太鼓の音なのです。ヒキガエルたちの心拍をうつしとるかのように、ときに小刻みに、ときに野太く響くそのリズムに、私は生きる力をまざまざと感じさせられたものでした。2019年のことでした。

それから月日が流れた、いま。私たちは、なかなか去ってくれないウイルスの脅威とともに、また春を迎えています。多くの人が、うすぼんやりとした膜に包まれているかのようです。けれど、生き物の内側にはかわらず熱が渦巻いています。人間である、私たちにも−−。

めぐる季節に背中を押されて、ゆっくり起き上がる。その原動力を、この絵本は思い出させてくれます。

ためいきが出るくらい、原画がスゴイのです

ところで、もしも『ヒキガエルがいく』の原画に出会えたら、しばらく時間をとってじっくり眺めるのをおすすめします。絵本本体もさることながら、こちらもかなり圧巻です。
なぜかって、ページごとの絵の大きさがまるで違うし、描き方もそれぞれに変えてあるんですよ。そんな原画は、なかなか見ないように思います。私自身も、日本語訳版がまだ刊行されていなかった2019年初頭に、千葉市美術館で開かれていたブラティスラヴァ世界絵本原画展で出会いました。会場中をじっくり見終わり、足が棒になりかけたときに目の前に現れた原画群に、「な、なんだこの絵は……!」。近くから遠くから眺めまわし、驚嘆のためいきを何度もつくころには、疲れもどこかに吹き飛んでいました。そのくらい、格別です。
1枚1枚の画面の大きさも、使われている画材も、本当にまちまちの様子なんです。こんなに違っていて、1冊の印刷物のなかに統一感をもって収められるものだろうか? と、がぜん興味がわきました。
そんな疑問を、はたして本書は、軽々ととびこえてくれています。とにもかくにも一度手にとってみてほしい、いのちの迫力みなぎる作品。子どもにも、大人にも、生き物の熱を思い出させてくれることでしょう。

てらしま ちはる

絵本研究家/ワークショッププランナー/エッセイスト。絵本編集者を経験したのち、東京学芸大学大学院で戦後日本絵本史、絵本ワークショップを研究。学術論文に「日本における絵本関連ワークショップの先行研究調査」(アートミーツケア学会オンラインジャーナル11号)、「保育園での造形活動に参画する大学生の関与と学び:大学と学芸の森保育園の連携造形活動の報告と考察から」(東京学芸大学紀要72号、共著)がある。東京学芸大学個人研究員。日本児童文芸家協会、絵本学会、アートミーツケア学会所属。絵本専門士。note「WSと絵本|てらしまちはる」https://note.com/terashimachiharu

写真:©渡邊晃子

掲載されている情報は公開当時のものです。
絵本ナビ編集部
Don`t copy text!