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あなたが「今」好きな絵本3冊は、なんですか?

【vol.1】世界ががらりと変わる瞬間 <絵本ナビスタッフ・富田直美さん>

 

あなたが「今」好きな絵本3冊はなんですか?

ふいにこんな質問を投げてみたとしたら、どんな答えが返ってくるのでしょう。
この質問を投げかける相手の条件は「絵本の読者」。絵本ナビのスタッフから書店員さんや作家さん、はたまたユーザーさんまで!? 

絵本を通して「今」が見えてくる

絵本ナビ編集長・磯崎による連載企画、第1回です! 

「連載へよせて」全文はこちら>>

お話を聞くのは…

 

絵本ナビ ビジネスプロデュース部 ディレクター

富田直美さん

新連載スタート、記念すべき第1回に登場してもらうのは、絵本ナビスタッフの富田直美さん。もともと留学、海外勤務の経験もある彼女が、最初に絵本ナビに入社したきっかけは、翻訳関連を主体とした業務。会社の変化と共に、富田さんの仕事内容もどんどん変化していき、気が付けば入社8年目! 今ではどんな仕事でもこなせる敏腕スタッフとして大活躍してくれています。今回、最初に富田さんに声をかけてみようと思ったのは、彼女自身の生活がここ1年で激変しているから。それは……

世界ががらりと変わる瞬間

―― 今日はよろしくお願いします。最近は部署も違うからオンラインを通して話すのも久しぶりですよね。まず、富田さんの近況の説明をざっくり教えてください。

 

今は、ビジネスプロデュース部に所属して主に「絵本ナビスタイル」のディレクションなどをしています。2019年の2月に息子を出産し、その後産休に入り、復帰したのが2020年の7月から。だからまだ会社に戻って4か月くらいしか経ってない感じです。息子は1歳8か月になりました。

―― ちょうどコロナの自粛期間も重なって大変でしたよね。もともと4月復帰だった予定がどんどん遅れて……。

 

そうなんです。早く仕事に慣れたいという気持ちはあったけど、慣れない保育園の送り迎えや、在宅勤務への移行、1日3食の食事作りなど、ずっとバタバタ混乱している、というのが現状ですね。

 

―― そんな富田さんに、さっそく質問を投げかけてみたいと思います。

あなたが「今」好きな絵本3冊は、なんですか?

1冊目は『ここは』(最果タヒ・文 及川賢治・絵 河出書房新社)です。

「ここは、ぼくのまんなかです。」

ここは

最果タヒが及川賢治(100%ORANGE)と贈る、初の絵本が登場! いま、世界に届けたい、優しく力強いメッセージ。

大好きな作家さんのコンビの絵本が出た、ということで内容も知らずにとにかく購入したんです。だけど、読んだ瞬間に、自分でも驚くほど涙が止まらなくなってしまって……。なんだろう、今の自分の状況を明確に言葉にしてくれているような感覚で。

必死で過ごす毎日の中で、自分のことを考える時間もない。ふと「自分は誰だろう」なんてアイデンティティーが揺らいだりして。そんな心境の中でこの絵本を読んだとき、「ここには息子の世界がある!」と気が付いたんです。息子から見た世界、そんなの今まで考えたこともなくて。私から生まれた息子は自分の一部、一心同体だと思っていて。

 

―― 当然の感覚ですよね。まだ生まれてから1年と少ししか経ってない。

 

 

そう。でもこの絵本を読んで、初めて息子の世界を客観的に見ることができた。まさに目から鱗、「息子の目には世界がこう見えているんだ」と。

思い出したのは、息子と児童館に遊びに行ったときのこと。新しい場所で、知らない大人や子どもがたくさんいる中で、遊びに行きたいけどちょっと怖い。私のそばからハイハイして少し遠くまで行っては、また私のもとに戻ってくる。それでほっとすると、また少し遠くへ出かけていく。まるで、私を起点にして世界を少しずつ広げて行っている様子が絵本の内容と重なって。

 

―― なるほど!

 

絵本で言うと、お母さんの心臓の音を聞いているこの場所を基地局にして、宇宙にまで飛んでいってしまっている。

世に出て間もない息子の視点というのを、初めて考えたんですよね。自分の部屋があって、家があって、地面や公園があって……。と同時に、自分がいかに息子の世界の中心にいるかという自覚も出てきて。

それまでは、他人に「ママだからしっかりしなさい」とか「母親なんだから」とか言われてもピンと来なかったのに、息子が母としての居場所を作ってくれたというか。しっかりしなきゃ、と自分で思えたんです。考え方ががらりと変わった瞬間です。

 

―― この絵本は私も好きなのですが、子どもの頃の視点になって読んでみたり、大人として読んでみたり、読み方によって受け取り方がそれぞれ違うだろうなあ、と。でも、「息子の世界が見えた」というのはすごい発見ですよね。

 

とても身近な世界を描いているのに、いつの間にか宇宙にまで広がっていく。この絵本を読んでいると、世界が開けたような気持ちになれるんです。閉塞感を感じているのは何もママだけじゃないと思いますし、今自分が立っている場所そのものに揺らぎを感じている人にこそ、刺さる絵本なのでは、と思います。

 

―― すごく説得力がありました……。では、続いて2冊目を教えてください。

 

2冊目は『ぼくのたび』(みやこし あきこ・作 ブロンズ新社)です。

実力派作家がリトグラフで描く、美しいたびの絵本

ぼくのたび

ぼくはまだ、このちいさなまちしかしらない。
だけどいつか、ぼくが、おおきなかばんをもって、このまちをでて、このくにをでて……

―― そういえば、この絵本が発売されたばかりの頃、一緒に原画展を観に行きましたよね。あのときから一目ぼれをしていて……。

 

そう! 本当に美しくて、見とれてしまって。絵本もすぐに購入して。この見返しの景色も含めて、空気感が心地よく、読んでいるとすぐにでも海外に出かけたくなります。なぜだか大好きな映画『バクダッドカフェ』を思い出すんですよね。

 

―― 富田さんが実際に見た景色と重なるのでしょうか。それともイメージ?

 

両方、かな。異国の土地の生活や空気感を感じるのが好きで、独身の頃はよく旅行もしていました。今は、なかなかそうもいかないですけどね。でもこの絵本、主人公がホテルの支配人で立場としては旅人を迎え入れる方で。実際に旅をしているわけじゃないっていうのが意外で。

 

―― 確かにそうですね。

 

この、夜寝るシーンが大好きで……(7,8ページの見開き)。寝る前にイメージをする、夢の中で旅をする準備をしているんです。そこで私も一緒に「飛行機にのって知らない場所に行ったら」とか「目的もなく旅をしてみたら」とか、自分の想像も重ねていくんです。自分も旅行が大好きだったからこそ、イメージをすぐに直結させることができるし、懐かしい気持ちにもなる。だけど、この主人公の「ぼく」は、朝になるといつもと変わらないホテルでの日常に戻っていく。「いつか…」と空想はしているけれど、実は現状への不満があるわけじゃない。戻ってこれる場所があるからこその憧れなんじゃないかと。そこがこの絵本の大事な部分だと感じます。

―― 大人にとっての「行きて帰りし物語」なのだ、と。

 

そう思います。この絵本を読むと、すごく旅をしている気分になれる。でも、今の自分の毎日が大切だとも思える。決して「逃げたい」と思って読んでいるわけじゃない。子育てに追われるようになった今でも、よく読み返しますし、旅好きな友人にもよくプレゼントしています。きっと、私と同じように絵本を開いて、イメージを重ねながら楽しんでくれているはずです。

 

―― とても富田さんらしい選書だと思います。では、続いて最後の3冊目をお願いします。

うーーん、実は最初の2冊はすんなりすぐに決まったんです。今の私にはこの絵本!という具体的な理由があったので。3冊目はもうちょっと感覚的なものを……と思ったのですが、どれも同じくらい好きで選びきれなくて。迷ったあげくにこちらにしました。『ごはん』(平野恵理子・作 福音館書店)です。

さあ、どれを食べよう!?

ごはん

とろりとケチャップのかかったオムライス、どーんとカツ丼! おすしにおむすび・・・おいしいご飯が並んでいます。幸せいっぱいな絵本です。

この絵本も5年前に発売したときにすぐに買って。ご飯、というかお米が大好きなので「うわあー」と思って。そしたら、最近また読み返すことが多くなって。気が付いたらしょっちゅう眺めています。

 

―― それは、どんな気持ちで見ているの?(笑)

 

今、どうしても息子の離乳食づくりがあって、食べられるものが限られてくる。お寿司みたいな生ものは食べないし、お茶漬けを「熱い、熱い」って言いながら食べることもできない(笑)。でも、この絵本の中には山ほど美味しそうな大人の食べ物がある。見ているだけでも満足だけれど、そのうち息子が食べられるようになってきたら、これを作ってあげたいなあ……とか考える時間も楽しいです。

 

―― 食べるのも、料理をするのも好きな富田さんらしい感想。

 

日本人に生まれてよかったーって思える絵本です(笑)。図鑑や事典とも違う、絵で描かれているご飯の温かみがすごく魅力的で。この料理のバリエーションの多さも驚き。他の食材ではあり得ないんじゃないかっていうほど。大人もワクワクする絵本だと思います。

―― ああ、美味しそう……思わず一緒に幸せな気持ちになってしまいました。ところで富田さん、初回からルールをはみ出してしまいますが、3冊には選びきれなかったそうで? 特別ですが残り4冊、簡単に紹介してください。

 

 

すみません(笑)。電車好きの息子のために、成長に合わせて少し物語があって、さらに背景やまわりのものをずっと眺められるような絵があるものをと選んだのが『でんしゃでいこう』。この『ねこはすっぽり』は猫好きの私にはたまりません。

子育てをしていく中で、知らない人に話しかけられることが増え、外の世界とつながっていると実感することが増えたときに『きょうはそらにまるいつき』、そして『よるのおと』は、時間軸が少し変わっているというか、とても短い時間のことを描いている。今までは沢山の絵本を読むのが当たり前だと思ってきたけど、ふと今読み返しみたら、スローに流れるこの時間の感覚に衝撃を受けて。

―― 聞いていると、富田さん自身の絵本の読み方に随分変化があったようですね。

 

そうですね。あかちゃんを育てていると、本当にそこだけに集中する。小さなあかちゃんはデリケートだから、ちょっとしたことでもすごく神経を使って。でも、そのちょっとしたことを逃したくない、しっかりと見ていたいという欲求が高まってきて。絵本に対しても、とにかく沢山の情報を摂取したいという思いから、目の前にある一つのものをじっくりと愛でたい……という気持ちが芽生えてきたのかもしれません。その楽しみっていうのが、ようやくわかったんです。だから一冊一冊を丁寧に読むようになったと思います。

 

―― この絵本の選び方も面白いですよね。子育て真っ最中だから、子どもと一緒に毎日読んでいる絵本を選ぶという選択肢もあったはずだけど。

 

本当は、息子に読んでいる絵本というのも沢山あります。でも自分自身のために読んでいる絵本も変化している。今回「3冊」と言われて、自分は何を選ぶんだろうということに興味があったというのが大きかったと思います。

 

―― 大きく環境が変化する中でも、どこか冷静に自分と対峙し、同じ絵本でも楽しみ方が違ってきていることをしっかりと味わっている富田さん。知っているはずの絵本をもう一度開きたくなってしまうような話ばかりでした。ありがとうござました!

取材・文 磯崎 園子(絵本ナビ編集長)

編集・看板イラスト 掛川 晶子

掲載されている情報は公開当時のものです。
絵本ナビ編集部
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