【vol.5】自分の話だと思ってました…!<「リセマム」編集長・野口雅乃さん>
あなたが「今」好きな絵本3冊はなんですか?
ふいにこんな質問を投げてみたとしたら、どんな答えが返ってくるのでしょう。
この質問を投げかける相手の条件は「絵本の読者」。絵本ナビ編集長・磯崎による連載企画。
絵本を通して「今」が見えてくる
第5回になる今回は、日本最大級の教育情報サイト「リセマム」の編集長・野口雅乃さんの登場です! そのきっかけは……
お話を聞くのは…
野口雅乃(のぐちまさの)さん
大学院修了後、東京大学にて特任専門職員として産学連携の共同研究プロジェクトに従事。その後出版社に転職し、女性向け情報メディアにて営業および編集を担当。Webメディアでの経験と大学での知見を生かすべく、2018年5月にイードに入社。2021年4月リセマム編集長に就任。プライベートでも学術活動の魅力を市民に伝える活動を行う。
第5回に登場してくださったのは、2021年4月に「リセマム編集長」に就任された野口雅乃さん。お声がけさせていただいたきっかけは、リセマムさんの主催するオンラインイベントに呼んでいただいたこと。(その様子は本記事の最後でご紹介します!)その時に、野口さんご自身も、二人の息子さんとの読書体験を話されていたことがとても印象的で。いつも「最新の教育情報」を発信している編集長が、普段はどんな絵本を読んでいるのか伺ってみたくなったのです。
自分の話だと思ってました……!
―― 今日はよろしくお願いします。こうやってお話をするのは、イベントの時(2021年5月開催)以来ですよね。でも、実はもっと前から野口さんとはお会いしていて……。
そうなんですよね、お隣さん同士で。(リセマムの運営母体であるイードさんは今年の初めに移転される前まで、絵本ナビと同じビルのフロアにオフィスがあったのです!)
―― 近くにいたのに、じっくりお話する機会がなく。扱っているジャンルも「教育」と「絵本」。限りなく近いようでいて、なかなか接点がなくて。でも、野口さんご本人が愛読している絵本の話なら、私も遠慮なく質問することができるだろうと。今回をチャンスと捉え、声をかけさせていただきました(笑)。まずは絵本ナビユーザーの皆さんに「リセマム」について、そして野口さんのお仕事の内容について、少し教えていただけますか?
「リセマム」は、2020年10月にサイト開設10周年を迎えた教育情報サイトです。中学受験と教育ICTをおもな軸に、情報発信を続けています。コロナ禍、空前のオンライン学習ブームとなり、関連情報とともにサイトの閲覧数も一気に増えました。かねてから“情報戦”とも言われる中学受験や様々な学びの転機において、インターネット上に溢れている、不確かで歪んだ情報に振り回されることのないよう、私たちは、保護者にとっては「納得して子育てする」ため、子どもたちにとっては「納得して学ぶ」ための正しい情報を届けたいと思い、日々情報収集と編集、発信を重ねています。
―― まさに今、求められている情報ですよね。プライベートでも、二人の息子さんの子育て真っ最中。お忙しいのでは?
在宅で仕事をするようになってから、子どもたちと過ごす時間が圧倒的に増えました。お迎えの時間ぎりぎりまで仕事が出来ますしね。メリットも多いと感じています。
―― 前向きな捉え方! 日課となっているお子さんのための情報収集も仕事につながって一石二鳥だと、この記事の中でもおっしゃっていますね。見習いたいです……。(リセマム新旧編集長対談「納得して子育てするための正しい情報を伝えたい」>>>)この対談の内容を読んでいると、野口さんの「教育」や「学び」に対する強い思い入れが伝わってきます。
公立高校の教員をしていた父親の影響が大きいですね。幼い頃から先生という職業に憧れて、教育学部で様々な事を学んでいくうちに、「黒子」的に教育現場をサポ―トする仕事をしたいと思うようになってきたんです。そういった思いが今の仕事につながってきていますね。
―― そうすると、子どもの頃の絵本の読み方や選び方も、教育的な意味合いがあったりしたのでしょうか?
いや、どうでしょう。父が美術の教師、母も臨時採用で音楽の教師をしていたこともあって、我が家のリビングにあった家族共有の本棚には、小説の他にも美術史や画集、楽譜なんかも並んでいて。その一角に絵本があるという状態でした。好きな時間に好きな絵本を手に取って、時には画集も開いたりしながら、遊びとして自由に本を読んでいました。
―― ああ、それはとっても素晴らしい環境。 日常生活の中に絵本が溶け込んでいたんですね。そんな野口さんに、ここで質問を投げかけてみますね。
あなたが「今」好きな絵本3冊は、なんですか?
1冊目は『じぶんだけのいろ』(作:レオ・レオニ 訳:谷川俊太郎 好学社)です。大人になって、たしか4年ほど前、仕事に悩んでいるときに手に取りました。ちょうど「自分の強みってなんだろう」「なんとなく周りに流されて日々過ごしていることに嫌気がさしてきた……」というタイミングだった気がします。
―― (勝手なイメージですが)明確なビジョンがあるように見える野口さんにも、そんな時期があったのですね。
今の職場ではないのですが「会社からの期待に応えているだけでいいのだろうか」「自分が会社に合わせているだけなのでは」と立ち止まってしまって。学生時代の友人の中にはフリーランスで仕事をしている人もいて「自分にしかできない仕事ってなんだろう」と考えたんです。『じぶんだけのいろ』を読むと、なんだか自分の悩みとぴったり重なっていたので、とても驚きました。
―― 次から次へとからだの色を変化させていくカメレオンの姿がとっても美しく幻想的。でも、確かに大人になって読めば読むほど、これは私たち人間のことを描いているのではないかと思うほど、心情がリアルに伝わってくる瞬間がありますよね。普段から悩んだ時は絵本を……という習慣があったのですか?
そういう訳ではないです。レオ・レオニ作品は当時1歳だった長男も気に入っていたので、一緒に絵本を選んでいたんだと思います。そこで表紙の絵がぱっと目に入って。「まわりの動物たちは、みんな自分だけの色を持っているのに、カメレオンには自分の色がない。行く先々で色が変わる。」という導入部分で、すぐに惹きこまれてしまいました。
あるときカメレオンは「ずうっと葉っぱの上で暮らせば、ぼくも色が持てる」と気づく。この嬉しそうな表情がいいですよね。ところが、葉っぱは秋が来れば黄色や赤に変わっていく。安住の地だと思っていたその場所が、どんどん変化していく。まるで、会社に順応してそれなりに上手く立ち回っている自分自身の姿のようにも見えてきて……。そこにしがみついていていいのかな、と。なんだか日本の会社の終身雇用の仕組みとも重なっているような(苦笑)
―― なんと。まさか「終身雇用」というキーワードがここで登場するとは!でも、確かに言われてみると、そんな表情にも見えてきます。
これじゃあダメだと。絵本の中のカメレオンのように、自分がずっと一緒にいたいと思える仲間や仕事を探さなくては、と。そうやって、今の会社に出会える「力」になってくれたのが、この絵本です。それ以来、友人2人にプレゼントしました。「自分の人生、ちょっと立ち止まって考えてみようよ」という気持ちを、この本を渡すことで軽めにメッセージングできるので、その点も気に入っています。
―― それは忘れられない1冊ですね。
子どもたちにも、お友だちのことをうらやむような気持ちや妬み・ひがみの感情がふと生まれそうになったときに読んであげたい。でも、絵本を深読みして、教訓的に読み込んでしまうのは大人だけかもしれませんね(笑)。
―― だからこそ、お話を伺うのが面白いです。では、続いて2冊目を教えてください。
2冊目は『イヌと友だちのバイオリン』(作:デイビッド・リッチフィールド 訳:俵 万智 ポプラ社)。私の両親が、私の息子に買ってきた絵本です。
音楽は、いつもふたりのそばに。
今日も、バイオリンひきのヘクターは、大のなかよしイヌのヒューゴといっしょに街で演奏しています。ヒューゴはヘクターのひくバイオリンが大すきで、楽しいときも、かなしいときもいつもいっしょ。
そんなある日、世界的に有名なクマのピアニストのニュースを見たヘクターは、老いぼれてしまった自分の音楽に落胆し、バイオリンをしまい手にとろうとしなくなりました。
ため息ばかりの生活を送るヘクターに代わって、イヌのヒューゴはバイオリンを手にし…。
楽しいときも、かなしいときもいつもいっしょに過ごしてきた友だちどうしの心温まる物語。
第11回 MOE絵本屋さん大賞2018 第10位受賞作『クマと森のピアノ』待望の続編!
人生において大切な何かを気づかせてくれる翻訳絵本。
はじめて息子に読み聞かせたとき、ヒューゴが楽団に入団し、ヘクターのもとを去るシ―ンで思わず涙が……。シリーズで3作品出ていて、これは2作品目ですね。シリーズの中でもずば抜けて好きです。実は今朝も読み直していて、また泣きました。
―― 音楽の話であり、友だちの話でもあり。色々な感情がわきおこってきますね。『クマと森のピアノ』『クマとこぐまのコンサート』と並ぶ3部作、続けて読むとまた大きな物語が立体的に立ち上がってきます。私もさっき涙を流しました(笑)。
『クマと森のピアノ』シリーズ3部作
俵万智さんの翻訳のリズム感と言葉の美しさもさることながら、とにかく絵が素敵です。1ページ1ページの絵がしっかりと描き込まれていて深みがある。全体の世界観がとても綺麗で、街の描写や光の演出も感動的です。
―― 自分が叶えられなかった大きな舞台に立とうとしているヒューゴに対して、嬉しさと寂しさと、ほんのり嫉妬心も混ざったりして。それで、声をかけそびれてしまうヘクター。野口さんが毎回泣いてしまうというこのシーンも、演出が見事ですよね。
本当に。旅立ちの支度をするふたりのやり取りをコマ割りでテンポ良く見せておいて、ページをめくると、見開きいっぱいにヒューゴを乗せたバスが描かれ、光の中へと走り去っていき、ヘクターさんの背中に影を落とす。彼の葛藤する心がとても伝わってきます。他にも、暗い路地をとぼとぼ歩く姿だったり、窓からほんのり入っている日差しの中でいねむりする姿だったり。とても人間味のあるお話。
私も息子たちも映画「カーズ」が好きで、よく観るのですが、かつてのチャンピオンであるドック・ハドソンが、主人公ライトニング・マックィーンに対して自分の持っているノウハウを渡すというストーリーがこの絵本にも通じるなあ、と。自分の座を受け渡す、という世代交代の場面に心がキュッとする。私が今持っている中で、一番グッときた絵本です。
―― 野口さんも編集長という座を引き継がれた方の立場になりますよね。
ああ、確かにそうかもしれない……そうですね! すごくきれいな話になっちゃいますけど(笑)。知らないうちに感情が重なっていたのかな。この絵本が好きな理由はもう一つあって。子どもの頃にバイオリンを習っていたんです。今はすっかり単なるインテリアになってしまっているのですが。
―― ご両親もその事を意識して贈ってくださったのかもしれませんね。私も小さい頃に少し音楽に触れてきたことがあったので、「音楽は、いつもふたりのそばに」という最後の言葉は胸に響きます。ご両親がお孫さんに絵本を贈ってくださることは多いですか?
絵本かレゴ、どちらかです(笑)。今はなかなか一緒に読むことは出来ないけれど、テレビ電話越しに息子から読んで聞かせてあげていたりします。
―― それはたまらないでしょうね……! 野口家では、絵本の読み聞かせはいつもどんな時間にされているんですか?
夜寝る前に読むのが好きですね。お風呂に入っていても「今すぐ出たら、絵本何冊読める?」なんて聞いてきて。絵本を読む時間は兄弟二人ともそれぞれ楽しみにしています。一人に読んでいると、もう一人が自分向けに読んで欲しいと違う本を持ってくる。どんどん増えていって、就寝時間が後ろ倒しになるのは辛いですが、私自身も楽しい時間です。この『イヌと友だちのバイオリン』も気に入ったようで、よくリクエストがきます。少し文章が長いので、まだ私が読み聞かせてあげていますね。
―― では最後、3冊目を教えてください。
3冊目は『そらいろのたね』(作:中川 李枝子 絵:大村百合子 福音館書店)です。小さい頃(幼稚園くらいの時かな?)両親によく読んでもらった記憶があります。お二人の作品は、『ぐりとぐら』含め、大好きでした。でも、この絵本は特別です。というのも、私の実家の家の壁が……水色なんです。
―― ええっ! それはもう、自分の家の話だと思ってしまいますよね。
そうです、そうです。嬉しくて何度も読んでいました。
―― どんな記憶が残っていますか?
ノアの方舟みたいに動物たちが続々と集まってくる感じがおもしろかったし、動物たちが入ることで家がどんどん大きくなって形が変わっていくと、今度は「内側はどんな間取りになってるんだろう」と考えてみたり。「ぞうさんのお部屋とヒヨコさんのお部屋はきっとこんなふうに違うはず」とか、想像してました。
―― 具体的な間取りまで考えて(笑)。それは楽しいでしょうねえ。
ちょうどこの2階建てになったくらいの家が、我が家と同じくらいの大きさのイメージだったかな。この窓と隣の窓の間には壁があるのか、ないのか。2階はどうなっているんだろう、とか。ヒヨコさんの視点になって家の中を想像するんです。和室かなリビングかな、とか(笑)。
―― 聞いているだけで、ワクワクします。ぐりとぐらも家にやってきますよね。
……え!?
今日一番びっくりしています。子どもの頃は気づいていたのかな。うーーーーん。
―― 新たな気付きを提供できてよかったです(笑)。当時は自然なこととして、意識はしていなかったのかもしれませんね。他にも好きな場面はありますか?
最後に、ペターッとのびきっているきつねくんがかわいくて好きです。ちょっと地味なポイントですけどね。そういう意味では、この絵本も「絵」がとっても好きなんですね。
―― やはりお父様の影響もあってか、絵の方も存分に楽しまれている野口さん。幼い頃から読み聞かせはよくしてもらっていたのでしょうか?
当時「ほるぷこども図書館」といって、色々な絵本がたっぷり箱に入って一度に届くセットがあって。たくさんの絵本を読んでもらっていました。最初にも言ったように、実家の本棚には大人用の書籍と絵本が混在していたので、年齢を重ねても絵本は繰り返し読んでいました。ですから、そのままスムーズに大人の本へと移っていけたのかもしれません。
―― とても参考になる情報です!
改めて、今回3冊の絵本を選んでみていかがでしたか?
難しかったですね。あの絵本もこの絵本も、なんてピックアップしていたら、止まらなくなって。考えに考えて3冊選びました。他には『ぞうくんのさんぽ』『だいくとおにろく』『ふしぎなたけのこ』などなど……あげはじめたら止まりません。
―― 3冊並べてみると、共通点はありそうですか?
どうでしょう。みんな動物は出てきますけど……人も一緒に登場している。
――ファンタジーだけれど、半分は現実にも通ずるお話。そんなバランス感覚が野口さんらしい選書だったのかもしれませんね。出会った年齢もそれぞれバラバラで。楽しませていただきました。最後にお伺いします。野口さんが考える「大人が絵本を読む楽しみ」ってなんだと思われますか?
自分のリラックスにもなりますけど、やっぱり子どもと同じ目線になれることが一番でしょうか。子どものことを理解しようと思い過ぎると、疲れてしまいますし、頭で考えてもわからない。でも、同じ絵本を読んでいるだけで、「今、同じものを見ているな」と感じることができる。読んだ後の感想を強いることも不要です。ただ一緒に読むだけで、感覚や気持ちが共有できている気がするんです。
―― 絵本を通して子どもと同じ目線に立つ。それをただ感じるだけでいい。……確かにそうなのかもしれません。何となく感じていたことを言葉にしていただいた気がします。 今日は、ありがとうございました!
野口雅乃さんの「今」の3冊
リセマムにて公開されました!
2021年5月9日に開催された公開取材「絵本ナビ編集長&児童書担当に聞く!家庭で読書習慣を身に付けるコツ」に、磯崎と児童書主担当で副編集長の秋山をゲストとして読んでいただきました。その時の内容が記事になり、今月リセマムさんより公開されました!
タイトルは「【夏休み2021】絵本ナビ編集部に聞く、子供を「本好き」にする親子の読書習慣」今すぐ役に立つ内容になっています。ぜひ読んでみてくださいね。
取材・文 磯崎 園子(絵本ナビ編集長)
編集・看板イラスト 掛川 晶子
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