戦後80周年に、中学生におすすめする戦争と平和の本

2025年の今年は、第二次世界大戦(アジア太平洋戦争)が1945年に終結してから80年になります。
みなさんの周りでこの戦争を体験している人はとても少ないと思います。
戦争体験者の高齢化により、この戦争を「教科書に載っている歴史」と感じている人も多いことでしょう。
80年前も、みなさんと同じように朝目覚め、学校に行き、毎日を暮らしていた人たちがいます。その人たちは戦争に巻き込まれ、家族や日常を失い、心や体に大きな、大きな傷を負いました。
この特集では、東京、広島、長崎、沖縄など、各地での戦争を知る本を紹介します。これらの本は中学生のみなさんはもちろん、みなさんの周りの人にも読んでもらい、できれば戦争についてだれかと語ってほしいです。本を開くことで、知らなかった現実に出会い、考えをめぐらせることができます。みなさんは、本を読むことができる環境にあります。そして、過去の戦争を知ることは、これからの平和をつくる力になる、そう信じています。
戦時下の暮らし
「戦争が日常を奪う」とはどういうことかを知りたいあなたに
『トンネルの森 1945』
この本は、「魔女の宅急便」や「アッチ・コッチ・ソッチのちいさなおばけ」シリーズの作者である角野栄子さんによる自伝的小説です。小学生のイコちゃんが感じた開戦から終戦までが描かれています。戦争は「このご時世だから」という言葉のもと、普通の人びとの日常を少しずつ着実に犠牲にしていきます。ガマンさせられる度合いはだんだん強まり、可愛い服、日々の食べ物、家、大事な家族の命、と次々にイコちゃんから奪っていきました。日常が失われていく日々が続くと、人びとの心はどうなるのか。この本を読んでぜひ確かめてください。イコちゃんは疎開をしていたので、本の中に戦争で亡くなったりケガをしたりする場面はあまり出てきませんが、お話の後半に東京大空襲の様子が描かれています。下町が焼き尽くされて大きな被害が出た後、日本は敗戦で戦争を終えます。戦後の混乱とイコちゃんのその後について知りたい人は続編『イコ トラベリング 1948-』を読んでみてくださいね。
『朝、目覚めると、戦争が始まっていました』
『トンネルの森』の最初の方には、昭和16年12月8日の開戦の日の様子が描かれています。
その日のことは
(略)日本の飛行機がアメリカのハワイを攻撃して、たくさんの軍艦を沈めた。日本国中がこの勝利に大喜びで、あちこちから『ばんざーい、ばんざーい』と叫び声があがり、夜になると通りを、提灯行列が練り歩いた。
と書かれています。
昭和16年12月8日の開戦を、当時作家や政治家だった人たちはどのように受け止めたのか。さまざまな人びとが残した日記や記録と、その日のラジオニュースの放送内容が、淡々とまとめられているのがこの本です。
「ごんぎつね」などで知られる作家の新美南吉、太陽の塔でおなじみの芸術家岡本太郎、当時の首相の東條英機……。彼らは戦争の始まりをどんな気持ちで受け止めたのでしょうか。
私は多くの人が、開戦を喜び、感動で打ち震え、そして日本の勝利を確信していることにとても驚きました。この先に万が一、戦争が起こるかも知れないという状況になったとき、私も含めてみなさんは「戦争はいけない」と止めることができるでしょうか。「戦争はいけない」といえるのは、その結末をすでに私たちが知っているからなのかもしれません。なぜ、日本は戦争に突き進んでいったのか、当時の人の心情を知ることで、見えてくることがあるはずです。
各地の戦争を知る
東京:東京大空襲
東京が「焼け野原」だったことに実感がわかないあなたに
『東京大空襲を忘れない』
『トンネルの森』でも描かれていた1945年3月10日の東京大空襲は、東京の空が赤く燃え上がりました。東京から電車で3時間ほどの疎開先から、イコちゃんは東京の夜空が燃えているのを見ました。東京大空襲ではひと晩で10万人近くの人が犠牲になったといわれています。この本は、多くの証言と資料をもとに、どのような爆弾が落とされ、あの日東京で何が起きたのかを丁寧に描いています。東京大空襲の被害が正しく取り上げられるようになったのは、戦後20年ほどたってからであった、ということをこの本で初めて知り、とても驚きました。今はビルや住宅がぎゅうぎゅうに建っている東京の町が、焼け野原(本当に野原のように何も残っていないのです)になっている写真など、当時の貴重な写真や、空襲の「音」の様子など、貴重な資料としてもおすすめしたい1冊です。
広島:原爆
戦争で傷ついた人の心に、思いを寄せたいと思うあなたに
『光のうつしえ 廣島 ヒロシマ 広島』
原爆が落とされてから25年後の広島の中学生たちが、原爆で大切な人を亡くした人たちの話を聞き、美術の作品として表現するまでを描いた物語です。広島の原爆では、当時いた35万人のうち、一瞬にして約7万人が亡くなり、その年末までに約14万人が亡くなったとされています。お墓には故人の名前や亡くなった年が刻まれます。戦後に新しくできた広島の墓地での様子について、この本には
最初に刻まれた没年は、決まって昭和20年であり、8月であり、その多くが6日なのだ
とあります。それほど広島の原爆犠牲者は多く、家族それぞれが原爆にまつわる悲しい物語を持っているのですね。物語の中学生たちは、身近にいてもこれまで知ることの無かった原爆の被害を母や祖父母に聞き、自分なりに理解して美術作品として仕上げ、文化祭で発表します。それぞれのエピソードには強い悲しみがありますが、「理解して表現する」という行為に希望を見いだすことができます。それと同時に、今私たちはなにをすべきか、ということを静かにこちらに問いかけてくる作品です。
『光のうつしえ』にはいくつかの家族の様子が描かれています。原爆が落とされた頃に広島に住んでいた実在の家族を、残された写真から追ったドキュメンタリー『「ヒロシマ 消えたかぞく」のあしあと』もおすすめです。
長崎:原爆
山に囲まれた美しい町は、一瞬で地獄になったのです
『Garden 8月9日の父をさがして』
北海道の新聞社に勤めるぼくには、名前が2つあります。名付け親のおばさんがつけてくれた名前と、それをお父さんが直前に変えて出生届に書いた名前。長崎の爆心地近くの中学校に通っていたお父さんが被爆を免れたいきさつと、名前が2つある不思議を夫婦で解き明かしていきます。戦争の苦しみは終戦で終わるのではなく、戦後も続いていきます。その1つが、いつ原爆症を発症するか分からない恐怖におびえる、被爆者の方たちの苦しみです。生前に原爆の影を見せなかったお父さんの遺品から見つかった、被爆者健康手帳。それを手掛かりに、名付けの理由と、お父さんが被爆した状況を探ります。戦争当事者がこの世にいない、という現代に、ミステリー仕立てで80年前の状況を紐解いていく物語です。どんどん戦争が「歴史」になっていくなかで、私たちはなにをしたらよいのか、考えさせられる1冊です。
命を救うことと、平和を祈ること
『永井隆 平和を祈り愛に生きた医師』
長崎で放射線の医師として働き、白血病を患う中、8月9日の原爆で被爆。投下直後から爆心地近くの長崎大学医学部で多くの人の命を救った永井隆博士の伝記です。カトリックの信仰が支えた強靱な生命力で、被爆後も診療を続けた永井医師の姿に、世界の多くの人びとが力を得ました。アメリカからはヘレン・ケラーが病床の博士を見舞いました。体が動かなくなっても平和のために筆を握り続けた永井博士の思いを、この本を通して知ってみませんか。
沖縄:日本で唯一、住民を巻き込んでの「地上戦」が行われた場所
もし自分が戦場に立たされるとしたら?
『子どもも兵士になった 沖縄・三中学徒隊の戦世』
沖縄は、日本で唯一、住民を巻き込んで「地上戦」が行われた場所です。沖縄戦は日本軍の兵士だけでなく、多くの一般市民が巻き込まれ20万人ともいわれる犠牲者を出しました。また、男子中学生は「鉄血勤皇隊」として戦場に送り込まれました(女子もまた看護助手として戦地に送られましたが、詳しくは次に紹介する『ひめゆりの沖縄戦』の紹介文を見てください)。この本は沖縄北部の名護にあった「第三中学校鉄血勤皇隊」の沖縄戦を記したものです。現在の中学2年生である14歳以上の生徒たちで組織される鉄血勤皇隊は、通信作業員などの役割を与えられ戦地に赴きました。従軍開始と同じころ、港に艦隊が押し寄せて米軍が上陸し、攻撃が始まります。あっという間に追い詰められ、次々と同級生が銃撃に倒れて亡くなっていく状況が書かれています。戦後80年の今年出版されたこの本は、みなさんと同じ世代の人たちが戦争に巻き込まれ、死と隣り合わせの日々に直面する様子が描かれています。登場人物の一人である東江君は、アメリカに出稼ぎに行って成功した家庭の子で、お兄さん二人がアメリカにおり、兄弟でありながら敵となります。人間が敵と味方に分かれて戦う愚かさと、それでも兄弟を助けたいという愛を知ることができます。
タイトルにある「ひめゆり」は、那覇でキャンパスを同じくする沖縄師範学校女子部と沖縄県立第一高等女学校の愛称でした。「ひめゆり学徒隊」は、看護助手として動員された女子学生たちのこと。銃弾が飛び交う中でけが人の処置をして、多くの死に立ち会いました。また、上陸した米軍の攻撃から逃げるようにさまよい、危険な任務の中で次々と銃弾に倒れたり、ケガや病気に苦しんだりしました。日本で唯一の地上戦となった沖縄戦の最前線を、現在の高校生の年頃の女の子たちが経験したのです。「ひめゆり」だけでなく「白梅」「でいご」といった学徒隊もあり、いずれも多くの犠牲者を出しました。過酷な戦争の様子が詳細に記されています。沖縄で最も激しい戦いとなった沖縄南部での戦争の経過が地図や年表で示されており、沖縄戦の経過を知る本としてもおすすめです。
日本国外 満州国:戦後の引き上げ
一人の母の記録から平和を考えてみませんか
『偕成社文庫 新版 流れる星は生きている』
長崎に原爆が落とされた、8月9日。日本から海を隔てた満州国(現在の中国東北部と内モンゴル)の首都新京を逃げ出し、夫と離れて6歳、4歳、生後1か月の3人の子どもとともに日本を目指す、戦後の動乱を描いたドキュメンタリーです。ほどなく終戦を迎え、敗戦国となった日本の人々は、寒さと飢えに苦しみながら一団をなして移動していきます。少し前までは支配下に置いていた人たちに、石鹸を売り、物乞いや内職をして、なんとか家族4人の食べるものを得ようとする懸命な母の姿が描かれています。極限に置かれた人間が見せる欲や負の感情、そして子どもとともに何とか生き延びたいという願いがストレートに伝わってくる本です。80年前の敗戦時に海外に在留していて、その後日本に帰国した民間人の引き上げ者は300万人以上といわれています。戦争の悲惨さを、新たな視点で伝えてくれるベストセラーです。
日本国外 ハワイ:真珠湾
戦争の始まりは、日本による突然の攻撃でした
『水平線のかなたに 真珠湾とヒロシマ』
太平洋戦争の発端となったのは、1941年12月8日にハワイで日本軍がおこなった真珠湾攻撃でした。たくさんの戦艦が係留している真珠湾での攻撃によって戦艦アリゾナは沈み、1000人以上のアメリカ人が犠牲となりました。この本はベストセラー作家ロイス・ローリーの作です。真珠湾で犠牲になったアメリカ人の、攻撃前の日常の様子から始まります。そして後半は原爆が投下された広島と真珠湾がつながっていきます。なんと、ハワイ生まれの作者が映る幼いころのビデオテープには、沈められる前の戦艦アリゾナの様子が記録されていました。そして、作者は少女時代に2年間日本に住んでおり、その時に広島からやってきた日系画家のアレン・セイと会っていたことがずっと後になって判明します。敵と味方に分かれて戦っていた二国の戦跡が不思議な縁で交わります。この本を読むと「結局戦争ってなんのためにするのだろう?」という疑問が浮かんできます。水平線のかなたに、幸せに暮らす人々がおり、なぜその人たちと戦うのだろうかと。この本に、明確な答えはありません。その答えを私たち一人一人が考えていく先に、平和があるのではないかと思います。
「学校図書館ラジオ」でも、おすすめ本を音声で配信中です。
「学校図書館ラジオ」を配信しているstand.fm でも、戦争と平和の本のおすすめを音声でご紹介しています。ぜひ合わせて聞いてみてくださいね。
おわりに
私たちが、家族と暮らし、友達と笑いあったり学んだり、未来を自由に考えることができるのは、平和があってこそです。けれども80年前には、戦争によってそうした幸せを奪われた人たち、強い苦痛を強いられた人たちがたくさんいました。
戦争を「遠い昔の話」として終わらせないために、できることのひとつが「読むこと」です。本を通して過去を知り、心を重ねて、未来を考えること。それこそが、平和の第一歩であると思います。
戦後80年をきっかけにたくさんの本を読んで、平和について考えてみてください。できれば、周りの人と話してみてください。みなさん自身の言葉で、平和を語り、未来につないでいってほしい、そう切に願います。
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山下ちどり
現役学校司書。
音声メディアstand.fm「学校図書館ラジオ〜
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