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子どもの視点でストン!とわかる絵本 〜てらしま家の絵本棚から〜

『ぐりとぐら』といえば「かすてら」だけじゃない?!人とは違う子どもの名作絵本の楽しみ方

絵本記事を書いたり、絵本について研究の日々を送る、絵本研究家のてらしまちはるさん。その活動の原点には、小さな頃にお母様から読み聞かせてもらったたくさんの絵本があるそうです。子ども時代の一風変わった、けれど本当はどこにでもある絵本体験を、当時の視点で語ってもらいます。「絵本の楽しさって何?」「読み聞かせているとき、子どもは何を思っているの?」そんな大人の疑問を解く、意外なヒントが満載です!

名作絵本にも子ども一人ひとりの楽しみ方があっていい

『ぐりとぐら』といえば、普段あまり絵本を読まない人でも「ああ、あれね」と思い出せるほど有名ですよね。青い帽子のぐりと、赤い帽子のぐら。2匹の野ねずみが森に出かけて大きな卵を見つけ、おいしいおやつを作る話です。

 

 私はたぶん、この絵本に3歳ごろに出会ったと思います。9歳くらいまではしょっちゅう読んでもらっていました。

ぐりとぐら

お料理することと食べることが何より好きな野ねずみのぐりとぐらは、森で大きな卵を見つけました。目玉焼きにしようか卵焼きにしようか考えたすえ、カステラを作ることにしました。でも、卵があまり大きくて運べません。そこでフライパンをもってきて、その場で料理することにしました。カステラを焼くにおいにつられて、森じゅうの動物たちも集まってきます……。みんなの人気者ぐりとぐらは、この絵本で登場しました。

『ぐりとぐら』がはじめて登場したのは1963年、福音館書店の月刊絵本「こどものとも」シリーズでのことでした。55年も前なんですね。いま、幅広い年代の人がなつかしく思い出せるのにもうなずけます。

 

 特に「かすてらを食べる場面が大好きだった!」という声は、本当によく聞きます。絵本ナビの「みんなの声」にも、こんなコメントがありましたよ。
 

読んでもらっているうちに、この絵本の中にすっぽりと入り込み、一緒になってカステラをわけてもらった気分になりました。それはそれは心躍る体験でした。

(若葉みどりさん/50代、投稿2013年)

若葉みどりさんは「私自身が3歳の時にリアルタイムで母に読んでもらった」と書いているので、おそらく1963年の月刊誌で出会われたんでしょうね。ほかにも、ご自身のかすてらの思い出がふくらんで、わが子に読んだという声がいくつか見つかりました。

 

 一方で、こんな人も。次の3人はみなさん、わが子に読んであげたようですが。

娘はカステラには興味なしで、動物さんがいっぱい出てくるのがいいようです。

(ほしのさん/30代、投稿2009年 ※原文を要約)

有名な絵本ですが、反応がいまいち。

(ぷにぷにザウルスさん/20代、投稿2011年 ※原文を要約)

3歳になり、幼稚園に通い出しても今のところ滅多に読みたがりません。『おいしそうだね〜、はむはむはむ…はい、お母さんどうぞ』と、ちょこっとごっこ遊びを楽しんで終わり、という感じです。

(アラフォーママさん/30代、投稿2012年)

 いい思い出があるから、あるいは有名な絵本だから読んでみたけれど、子どもの反応が思ったのと違った、というケースですね。これもまた事実。

 

 大人はたいてい子どものよろこぶ顔を見たくて読みますし、思い入れのある絵本ならなおさら期待が大きくなりがち。それが裏切られれば、がっかりするのも無理ありません。

 

 でも、じゃあ子どもがまったく楽しんでいないかというと、かならずしもそうとは言い切れないかも。というのは、私自身がかすてらにまったく興味のない子どもだったんです。

お母さんの歌にひたった『ぐりとぐら』

 子どもの頃、てらしま家では寝る前に毎晩、母が絵本を読んでくれました。私は三姉妹の長女で、2歳ずつ年の離れた妹が2人います。絵本でぎゅうぎゅう詰めの本棚から1人1冊、好きなものを寝床にはこび、母と子ども3人がだんごになって楽しんだものです。

 

 『ぐりとぐら』も、ひんぱんに登場するみんなのお気に入りでした。数えたわけではありませんが、それこそ開いた回数は100回どころじゃありません。

 

 ところが、そんなに読んでもらったくせに、私にはかすてらの記憶がないのです。それに大人になって読み返すまでは、あらすじさえすっかり忘れていました。

 

 友人たちが「あのかすてら、本当においしそうだったよねえ」と思い出を語る場面に出くわすたび、「かすてらなんか出てきたっけ? そもそも、ぐりとぐらが何をした話だったかな?」と一人おいてきぼりの気分でした。絵本を仕事にするようになってからは、さすがにもう一度読んでストーリーを把握しましたが、実感がないというのはやっぱりどうにも心もとない……。

 

 「肝心のかすてらがすっぽ抜けるなんて、私は人間として欠けてるんかな」と不安にすらなりました。(いまでも欠けてないとはとても言えませんが。)ほかの絵本なら、何回も読んでもらったものであれば、アイコン的存在や話の流れをすっかり忘れるなんてことはあまりないので、それも不思議です。

 

 でもひとつだけ、あざやかに思い出せるものがありました。歌です。

 

 「ぼくらの なまえは ぐりと ぐら」で始まる一連の詩が、『ぐりとぐら』では要所ごとにはさまれます。これを母は、いつも同じ曲調で歌ってくれました。その歌だけは絵本がなくても、いつでもそらで歌うことができたのです。

 

 よくよく思い返してみれば、子どもの私は、歌だけを楽しみにこの絵本を開いていたのでした。

 

 ぐりとぐらが森の奥へ出かけたところで、歌。お鍋にふたをしたところで、歌。歌が文章にないところでも、歌。メロディーにのって母から出てくる言葉が気持ちよくて気持ちよくて、もう、ぐりとぐらが何をしていようが私は歌に夢中でした。

 

 『ぐりとぐら』が自分にとってかすてらの絵本でない理由は、これかもしれない。歌にひたる絵本だったし、その心地よさがことさら強く印象に残ったから、大きくなってそこだけ覚えていたんだろうな。最近になって、そう気がついたのです。

母のメロディーを楽譜に。赤字部分はつけ足して歌っていました。

 かすてらを覚えてないなんて!という声が方々から聞こえてきそうですね。でもこれも、子どもの絵本とのつきあい方のひとつなんだと思います。

 

 絵本の楽しみに、決まりなんてないのです。「かすてらのくだりがクライマックスだから、おもしろがらなきゃ」「有名な絵本は、みんなが笑って当然」なんて構えて読む子どもは、いないですもんね。

 

 感じるまま、素直に絵本に遊べたら、どんなやり方でもOKでしょう? その子があんまり興味がなさそうなら、別の絵本に変えたって大丈夫なんです。

 

 みんなが違って、当たり前。母の歌にふわふわ漂っていた子どもの私だって、それでもやっぱり物語の中に身を置いていましたしね。

 

 気に入るも気に入らないも、どんなつきあい方をするのも、ふところの深い絵本なら許してくれるものだと思います。

 

 ちなみに『ぐりとぐら』の歌を楽しんでいたのは、どうやらうちだけではなかったようですよ。『ぼくらのなまえはぐりとぐら 絵本「ぐりとぐら」のすべて。』(福音館書店母の友編集部/編、福音館書店)という本をご存知ですか? ここには全国で歌われた116の『ぐりとぐら』の歌が、楽譜になって載っています。

 

 はねるようなリズムあり、どこかアンニュイな曲調あり。おなじみの野ねずみの2人組の、知らない顔を見たような気分になります。

 

 けれど、やっぱり私には、あのメロディーがしっくりくるなあ。

ぼくらのなまえはぐりとぐら

絵本「ぐりとぐら」シリーズを様々な角度から楽しむ本。制作の舞台裏、Q&A、読みごたえある作品論から物語にちなんだ料理、手芸まで、「ぐりとぐら」の全てが詰まっています。CD付き。

てらしま ちはる

1983年名古屋市生まれ。絵本研究家、フリーライター。雑誌やウェブ媒体で絵本関連記事の執筆や選書をするかたわら、東京学芸大学大学院で戦後日本の絵本と絵本関連ワークショップについて研究している。『ボローニャてくてく通信』代表。女子美術大学ほかで特別講師も。日本児童文芸家協会正会員。http://terashimachiharu.com/

写真:©渡邊晃子

掲載されている情報は公開当時のものです。
絵本ナビ編集部
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