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子どもの視点でストン!とわかる絵本 〜てらしま家の絵本棚から〜

『やっぱりおおかみ』孤独はカッコいい。人付き合いに疲れ悩む大人たちと子どもたちへ

絵本記事を書いたり、絵本について研究の日々を送る、絵本研究家のてらしまちはるさん。その活動の原点には、小さな頃にお母様から読み聞かせてもらったたくさんの絵本があるそうです。子ども時代の一風変わった、けれど本当はどこにでもある絵本体験を、当時の視点で語ってもらいます。「絵本の楽しさって何?」「読み聞かせているとき、子どもは何を思っているの?」そんな大人の疑問を解く、意外なヒントが満載です!

大人になって、なんだか孤独です

なんだか最近、孤独です。気づけば、学生時代の友達と顔を合わせる機会が、とんと減りました。

 

ベランダで夜風にあたり、月を眺めて手酌で一杯。昔は毎日のように顔を合わせてたのになあ、と寂しい気持ちになっていると、ふいにあの絵本が読みたくなりました。

『やっぱりおおかみ』

やっぱりおおかみ

ひとりぼっちのおおかみは、仲間を求めて、ぶたの町、うさぎの町、とさまよいますが、どこへ行っても仲間はいません……。今までの絵本にはない、斬新なテーマに取りくんだ意欲作。

【読んであげるなら】3歳~   

【私が昔読んだ年齢】3歳ごろ~15歳ごろ

『やっぱりおおかみ』。孤独をいさぎよく描いた、傑作です。

 

おおかみの子が主人公です。「おれに にたこは いないかな」とつぶやきながら、仲間を探して町をうろつきます。しかし、なかなかどうして見つかりません。

 

人恋しい気持ちと、誰にも受け入れてもらえない不満を抱えた彼は、やがて「一人ぽっちの自分」をのみこむ、というお話です。

 

本棚からひっぱり出し、私はページをめくって読み始めます。

 

歩き始めたおおかみを、うさぎの群れがさっとよけています。仲間のほしいおおかみは、そっぽを向いて「け」。

 

この「け」というせりふを、子どもの私は大好きでした。望みとは逆のことが起こったとき、おおかみは「け」とひと言、吐き捨てるのです。

 

その響きには、反発や拒絶のみならず、あこがれ、寂しさなんかも入っているように感じられます。感情がないまぜになった、複雑な言葉。

 

いまの私もおおかみのように、まとわりつく寂しさを「け」と高らかに蹴散らして、一人ぽっちをのみこんでしまえたら、どんなにすっきりするだろう。

これはおおかみ……ではなく、ライオン。余談ですが『やっぱりおおかみ』を三姉妹中でいちばん気に入っていたのは、まんなかの妹でした

中学2年生、一人っきりの一年間

絵本のなかのおおかみは、街を次々、見てまわります。

 

豚の群れをうらやましげに見つめ、鹿になった自分を想像し……。そんなの、孤独に生きるかっこいいおおかみには、結局必要ないんだけれど。

 

絵を眺めていて、ふと、昔の思い出がよみがえってきました。

 

中学2年の一年間のこと。私はあのころ、いまよりずっと、孤独を前向きに受け入れていたんじゃなかったかしら。

 

2年生にあがった4月。クラス替えで、それまで一緒にいた友達と、自分だけ組が離れてしまいました。新しいクラス発表の掲示板の前で、私は落胆します。

 

しかも、新しいクラスにはやんちゃな子が集まった印象です。大人しい趣味の自分と気が合いそうな子は、ちょっと見当たりませんでした。

 

私は、中学入学とともに遠くの学区に越してきたので、また一から友達の輪を築くのに、そのとき少し疲れたのかもしれません。幸い、特定のグループにいないだけで、クラスメイトとは普通に話もしていたし、いじめられもしなかったので「ま、いっか」と現状維持を選びました。休み時間は一人で、好きな本を好きなだけ読むことにしたんです。

 

授業が終わると、そのまま机で開くこともあれば、中庭や図書室にふらっと行って、気のむいたところに腰かけて読むこともありました。本は、山田詠美や原田宗典の小説をはじめ、エッセイや図鑑、写真集のこともありました。

 

場所も本も、気分次第。そんな気ままな休み時間が、きっちり一年。

 

変わった子どもですよね。でも、あの時、孤独な自分を積極的に受け入れられたのは、もしかしたら『やっぱりおおかみ』のおかげだったかも……と思います。

中学2年生の私は、どこかで「孤独は恥ずかしくないぞ、かっこいいのだ」と確信していたふしがあります。そんな考え方を教えてくれた人は、あの時の私の周りにはいませんでした。

 

どこで知ったんだろう、ふしぎだな、と大人になって記憶をたどっていたとき、たぶんこれだと思い当たったのが『やっぱりおおかみ』だったのです。

 

3歳ごろに出会って、長いこと読んでもらっていた絵本。中学生になってからも、どこか無性に惹かれて、たびたび開いては見ていました。

 

そこに書かれたおおかみの孤独は、なにせ抜群にかっこよかったのです。ほかのどんな本とも違う、からっと乾いたいさぎよさ。あの絵本を読んでいると「友達がいないからって、おおかみはちっとも悪くないよ。一人でかっこよく生きればいいんだよ」と、いつのまにか主人公に肩入れしている自分がいました。

 

3歳のころから、読むときのその気持ちはずっと変わりませんでした。みんなもこんなに感情移入して読むものかしらと、絵本ナビ「みんなの声」をのぞいてみると、うん、やっぱりいらっしゃいますね(笑)。

友達がいないことは決して悪いことではないと思います。捜して歩いて見つかるものでもない気がします。(中略)時にこのおおかみのように、群れるばかりでなく一匹狼であることを楽しめる強さをもっていてほしいなぁと感じました。

(らずもねさん/30代ママ/2歳・0歳男児、投稿2011年 ※原文を要約)

そうですよ! 友達なんて、さがし歩いて見つかるもんじゃないんです。らずもねさんの言う通り。

 

仲間が見当たらなければ、さっぱり一人でいればいいのです。

 

絵本に教えられたそんな美学が、無意識のうちに働いて、中学2年生の私はあの一年をのりきれたのでしょう。

あれ? 裏表紙の月の絵って?

「中学生で孤独をやりすごせたなら、大人の私は平気なはず」

 

「だいたい、私は一人が好きなのだし。一人ごはんも、一人旅も、一人仕事も愛してるのだ」−−。

 

一人ごとが頭をよぎるうち、手元でめくっていた絵本は、もう最後の見開きにきていました。おおかみも、孤独をやすらかに受け入れた模様です。

 

そうだよな、友達に合わなくたって、別に困ることはないんだし。そう思って、絵本のページを閉じたときです。

 

裏表紙に描かれたまんまるの月が、目に飛び込んできました。

 

「あ、月」。

 

黄色い満月をバックに、墓場のかげからおおかみがこっちをのぞいている絵です。ああ、この絵をどこかで覚えていたから、月を見て読みたくなったのかと、合点がいきました。

 

そしてこの絵、よく読み込むといろんなことが読み取れることに、私は初めて気づいたのです。

 

おおかみのそばには、おばけが一匹、浮いています。おおかみはなんだかうれしそう。そして、おばけはおおかみの方を見ているみたいです。これから友達になるのかな?

 

この気づきが、私自身の孤独を、新しいステージに導いてくれることになりました。

孤独は巡る、くりかえす。だけど……

小さなころからさんざん読んできたくせに、おおかみが裏表紙でだれかと打ち解けかける様子に、私は初めて気づきました。

 

そうわかると、おおかみの孤独は私の孤独と同じように、ぐるぐるとくりかえすものなんじゃないかとも思えてきました。

 

つまり、絵本のなかで孤独を受け入れて、その果てに裏表紙で友達を見つけて。見つけたと思ったら、また孤独になって絵本の街をさまよい、受け入れて裏表紙に出てきたら、また友達が見つかって。そのくりかえしということです。

 

いい絵本には、読み終わってももう一度、最初に返って読み直したくなるものが多いのですが、『やっぱりおおかみ』もそう作られていると感じます。作者である佐々木マキは、もしかしたら「孤独は巡る」という人生のお約束を、くりかえしの構造のなかにメッセージとして潜ませたのかもしれませんね。

 

孤独はくりかえすのか、なるほどね。だったら、私の孤独もしばらくすれば、月のなかでともに遊ぶおばけを見つけるかもしれないな、と思います。

 

そもそも、人との時間の楽しみを知らなければ、孤独だって知りようがないんです。2つはセットで、いつまでもぐるぐる回ってるということでしょう。

 

そういえば、私は人との楽しみだって、ちゃんと知っていました。最後に、去年の秋のバンコクでの出来事をお話しましょう。

私は、数年来会わなかったタイ・バンコク在住の親友の家に、押しかけていました。昔と同じようにいろんなことを話しこんで、数日間が矢のように過ぎ去りました。

 

その最後の夜が、お月見の晩。私が別れの寂しさに気づかぬふりで荷物をまとめていると、彼女は「うちのマンションの屋上で、お月見しようよ」といい出しました。

 

部屋を出る彼女のうしろを追いかけて、私も建物を上へ上へとのぼります。エレベーターをおりても、まだ階段が伸びていて……。

 

そのうち、何十階建てか知れないそのビルの、柵もないてっぺんにひょっこり出ると、私は息をのみました。

 

うっすらと青っぽくたちこめた、排ガスの雲海。そこから、無数の摩天楼が黒々と突き出して、山脈さながらに私たちの立つビルを取り巻いています。そのはるか上空に、まんまるの月が浮かび、黄色い光をしずかにふりそそいでいました。

 

絶景−−。

 

「うわあ……」とつぶやいたきり、私はひととき言葉を忘れました。カメラに収まりきらない、途方もないこの広がりを見せに、彼女はここまで私を引っぱってきてくれたのです。

 

一方の彼女は、この風景を日ごろ見慣れているのでしょう。久しぶりに日本を感じたのがうれしいのか「中秋の名月だー!」と叫び始めました。それに笑っていると、さっき荷物を詰めながら感じた別れの寂しさが、なんだかどうでもよくなってきました。

 

何年顔を見なくたって、友達には変わりありません。次に会ってもあいかわらず、昨日の今日みたいな顔で話を始めるに決まっています。そう思ったら、物理的な距離と存在の近さは、あんまり関係ないよなあ、と。

 

それよりも、いまここにいる彼女と、気の遠くなるほどダイナミックなこのお月見をほおばって味わうのが、大正解です。「あー、ビール持ってくればよかった!」と叫びながら伸びをして、吹きあげる熱帯のビル風を胸いっぱいに吸いこみました。

 

あのときの私たちは、裏表紙のおおかみに、なんだか似ている気がします。

 

日々の孤独をやりすごして、ひととき会えた時間に遊ぶこと。大人にならなきゃわからない、苦みと甘みの裏表です。

 

中学生の私も、ちゃんと孤独をのみこんでいたと思います。でも、いまはもう少し歩を進めて、くりかえす孤独を味わう術を身につけようとしているのでは。

 

愛すべき一人の時を味方につけて、だれかに会える至福の日を、私は心待ちにすることにしました。

てらしま ちはる

1983年名古屋市生まれ。絵本研究家、フリーライター。雑誌やウェブ媒体で絵本関連記事の執筆や選書をするかたわら、東京学芸大学大学院で戦後日本の絵本と絵本関連ワークショップについて研究している。『ボローニャてくてく通信』代表。女子美術大学ほかで特別講師も。日本児童文芸家協会正会員。http://terashimachiharu.com/

写真:©渡邊晃子

掲載されている情報は公開当時のものです。
絵本ナビ編集部
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