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子どもの視点でストン!とわかる絵本 〜てらしま家の絵本棚から〜

「絵本袋」で車が移動図書館に!絵だけで楽しめる『よい子への道』

絵本記事を書いたり、絵本について研究の日々を送る、絵本研究家のてらしまちはるさん。その活動の原点には、小さな頃にお母様から読み聞かせてもらったたくさんの絵本があるそうです。子ども時代の一風変わった、けれど本当はどこにでもある絵本体験を、当時の視点で語ってもらいます。「絵本の楽しさって何?」「読み聞かせているとき、子どもは何を思っているの?」そんな大人の疑問を解く、意外なヒントが満載です!

一風変わったおもしろ絵本『よい子への道』

『よい子への道』という、一風変わった読み物があります。見開きごとに、ひとコマ漫画風の絵がいくつも描かれた絵本です(漫画じゃないのかって? いえいえ、れっきとした絵本です)。

『よい子への道』

小学生のみなさん! よい子になってお母さんを安心させましょう。この本を読めば誰でもよい子になれるハズ。月刊「おおきなポケット」連載中から喝采を受けた、子どものバイブル!

『よい子への道2』もあります!

【読んであげるなら】5・6歳~
【自分で読むなら】小学校低学年~
【私が昔読んだ年齢(連載をあわせて)】8歳~14歳

 

どの見開きにも、大きなお題が1つだけ掲げられています。たとえば、最初のお題は「学校へもっていってはいけないもの」。

 

それに答えるように「1.ことばづかいのわるい石」「2.ひげのはえるくすり」という調子で、4番までギャグテイストのひとコマ絵が繰り広げられます。要は、大喜利ですね。

 

これがね、本当におもしろかったんですよ、小学生の私には。理由は、ちょうど自分と同じくらいの子どもたちが、絵本の画面の中で平然といたずらをしでかしていたからです。

 

いたずらの内容は、本当にやったら怒られること必至のあれこれでした。「ひげのはえるくすり」で友達の顔にひげをはやしたかと思えば、歩道にこたつをひっぱり出してトランプしていたり、スーパーマーケットの陳列台でスイカに化けてみたり。

 

ああ、こんな愉快なこと、一度でいいからしてみたい……!

 

だれかをあっと驚かせたい欲求は、どんな子の奥にも眠っているんじゃないでしょうか。その欲求を、期待をひとまわり超えて満足させてくれる絵本が『よい子への道』でした。

ちなみに「漫画じゃなくて絵本です」といえる理由は、絵の描き方にあります。

 

『よい子への道』のコマ絵は、漫画特有のローカルルール的な記号に頼っていないんです。

 

ここでローカルルール的な記号と呼んでいるのは、たとえば、疑問をもつ登場人物の頭の上に「?」マークを浮かべたり、ほおを赤らめるのを表すのに顔に斜線を入れたりする表現のこと。漫画では、読者が物語をスムーズに読み進めるために使いますね。

 

この記号って、膨大なコマの流れの中で読者が必要な情報を得るには有用です。記号の意味さえわかっていれば、そういうことね、と理解の時間が短くて済みます。

 

一方で、記号の意味がわからなければ、絵の伝えようとする内容をとたんに読みとれなくなります。そして、小さな子どものほとんどは、こうした記号をお約束として絵を読むことを、まだしないんですね。

 

絵本の絵は、子どもの目を念頭に置いているので、この「わからない記号」を入れずに作るのが普通です。

 

『よい子への道』には、まったく使われていないわけではありません。けれど、これがわからないと絵が読み取れない描き方ではないですよね。

 

そもそも絵本は、絵から「即時に」意味を読みとることに漫画ほど重点を置いていないので、すばやく読むための記号をわざわざ使う必要はありません。むしろ逆に、読者が絵を心ゆくまでじっくり見て、内面に自分なりの世界を築くことをねらっています。

 

漫画と絵本、どちらも目的にそって適切な表現を選んでいます。だから、どちらの表現がいい、悪いというのは無意味です。

 

『よい子への道』のコマ絵は、一見漫画に見えますが、漫画特有の記号に頼らず、だれがいつ見ても、絵からさまざまなことを読みとって想像を進められるように描かれています。

 

だから、漫画っぽく見えるけれど、絵本といえます。

 

さて、絵本ナビ「みんなの声」のみなさんは、どう読んでいるんだろうとのぞいてみたら……。あら! これは珍しい。子どもの読者からのコメントを発見しましたよ。

おかあさんにすすめられて、この本を読みました。(中略)

一ばんおもしろかったのは、「おきゃくさまがきたときにしてはいけないこと」で、「みんなでにおいをかぐ」というのがあったのと、「レストランでしてはいけないこと」で、「となりの人にりょうりをみせびらかす」のところと、「台どころでつくってはいけないもの」の「なっとうだらけのりょう理」です。なっとうだらけのりょう理をそうぞうしたら、おえっとなってしまいました。

(ミルルンさん/10代以下、投稿2013年 ※原文から抜粋、表記ママ)

おもしろいところが、たくさんあったのね! 意気込みが伝わってきます。おえっとなるの、なんとなくわかるよ〜(笑)。

 

私も「レストランでしてはいけないこと」、大好きだったよ。「2.メニューにふしをつけてうたう」が、特にね。

2つあった、てらしま家の読書環境

『よい子への道』という作品に、私が初めて出会ったのは、一冊ものの絵本ではなく雑誌「おおきなポケット」の中でした。

 

「おおきなポケット」は、数年前まで福音館書店から出ていた子ども向けの絵本月刊誌です。創刊は1992年で、『よい子への道』はそのころ、毎月ここに連載されていたのでした。

 

創刊当時、私は8歳。この雑誌の対象年齢に、ちょうどぴったりの年ごろでした。

 

この「おおきなポケット」を楽しめる場が、てらしま家には2つあったんです。

 

1つは毎度おなじみ、母が読み聞かせてくれる絵本タイムでした。

 

うちの母は『よい子への道』のような、ふざけた話が大好物で……。寝る前に布団に寝転がってみんなで開いて、大人も子どもも絵に笑いころげながら読んだものです。

ちょうどこの記事のころの母

特に母は、絵の世界を歌にするのが上手でした。さっき話に出た「メニューにふしをつけてうたう」ところも、「♪タールタールソースー エービフーライ〜」と子どもに率先して歌っていました(笑)。

 

きっと彼女自身、面白くてたまらなかったんでしょう。おかべりかという作者の描く絵には、大人もとりこにする破壊力とあたたかみがありました。

 

そしてもうひとつ、母が読んでくれるのとは別に、自分だけのひそかな楽しみをかみしめられる場もありました。どこかというと、それは車の中でした。

 

うちは父も母も1台ずつ車を持っていて(地方だと多いですよね)、私が絵本を読んでいたのは、母の車の方でした。

 

持って乗るんじゃありません。子どもの乗る後部座席に、いつも何冊かの新しい本が待ち構えていたのです。

 

助手席のうしろにひっかけられた布製の大きなトートバッグに、5〜10冊ほどの本が、無造作に入っていました。もちろん、どれも子ども向けです。

 

「こどものとも」のような月刊絵本が何冊かと、それより少しページ量の多い「おおきなポケット」。私が小学校中学年にさしかかるころには「今昔物語」や「東海道中膝栗毛」などの、古典をもとにした漫画本も混じるようになりました。

 

この絵本袋のすてきなのは、1か月くらいで、中身がすっかり入れ替わるところです。だいたい「こどものとも」が発売されるころに、新しい本になっていました。

 

母はもともと本好きで、時間があると書店に足を運ぶ人です。子どもの分もついでに選んで、月ごとに変えていたのでしょう。

 

ちなみに、それまで車に積まれていた本はどうなるかというと、大丈夫。晴れて、家の絵本棚に収まるという流れが、採用されていました。

 

車の絵本袋は、私が小学校に上がるくらいから見かけるようになり、卒業するころまではあったと思います。

 

その中に入っていた本を思い返すと、絵を読むタイプのものばかりでした。『よい子への道』を見ても、感じがわかるのではないでしょうか。文字を追って理解する本は、ここにはなかったのです。

 

つい最近、母にその理由を聞いてみたら「車で読むものだからねえ。あんまり字が多いと、疲れるでしょう。中身の絵や話が面白いものを選んでたよ」と言っていました。

 

加えて、彼女が子どもの本を選ぶ基準も話していました。「タイトルや表紙が面白そうで、子どもがぱっと手を出しそうなもの。中身もちゃんと面白くて、絵が自分の気に入るもの」というのが、母なりの基準なんですって。これは車の絵本袋にかぎらないようです。

 

そういう視点であらためて見ると、なるほど。「おおきなポケット」や『よい子への道』には、ぜんぶの条件がそろっています。

 

こうして選ばれた本たちが、車内をいろどっていたわけです。

車の絵本袋を再現してみました。トートバッグは持ち手の片方を助手席のヘッドレストの根元に通し、もう片方は遊ばせて、本を取り出しやすくしていました

「動」と「静」の読書時間

私は、みごと母の術中にはまりました。車に乗ったら、すかさず袋に手をつっこんでいましたから。

 

開く本、開く本、どれも面白ければ、そりゃ読みたくもなりますよね?

 

特に、雨の日のしずかな後部座席で一人開く本は、いいですよ。窓ガラスの向こうの水滴が、雑多な音をさえぎって、とっぷり集中できます。エンジンも切っていれば、いうことなし。

 

「ん? なんで一人でそんなところに?」と思いましたか。そうなんです、私はこんな時間が多い子どもでした。

 

てらしま家の三姉妹は、年の差が2歳ずつです。そうすると、どこへ行くにも、たいてい3人一緒にまとめられます。平日は母の車でひとまとめに移動して、公文式の教室に、ピアノに、水泳に、と出向いていました。

 

でも、行った先でやることはそれぞれ違います。そして、年が小さければそれだけ時間もかかりますよね。

 

いちばん年長の私は、妹たちより早く済むことも多くて、残りの時間をもてあまし気味でした。

 

そういうときに、車で本を読むんです。絵本袋は、そんな時間に寄り添う存在でした。

『よい子への道』の連載は、新しい号をじっくり読めて、特にうれしかったのを覚えています。だれにも邪魔されない空間で思う存分、絵の世界に意識をとばせる心地よさは、格別でした。

 

思えば、毎日の絵本タイムは「動」の読書なのです。母が音読し、妹たちがきゃあきゃあ喜んで、遊びながら読むんですから。ときに末の妹がぐずり始めて、内容どころじゃなくなることもよくありましたしね……。

 

対して、車の中のひとときは「静」の読書です。本の面白さを一人占めして、好きなだけ没頭できます。

 

どちらもそれぞれ、なくてはならない時間でした。両方を行き来しながら、私の本好きは加速していったのでした。

 

そういえば、私はいまでも乗り物酔いをほとんどしないんですよ。このころ車中で本ばかり読んでいたのが、功を奏したのかしら。

 

というのは、冗談。

てらしま ちはる

1983年名古屋市生まれ。絵本研究家、フリーライター。雑誌やウェブ媒体で絵本関連記事の執筆や選書をするかたわら、東京学芸大学大学院で戦後日本の絵本と絵本関連ワークショップについて研究している。『ボローニャてくてく通信』代表。女子美術大学ほかで特別講師も。日本児童文芸家協会正会員。http://terashimachiharu.com/

写真:©渡邊晃子

掲載されている情報は公開当時のものです。
絵本ナビ編集部
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