【編集長の気になる1冊】自分のまわりの景色が違ってみえる瞬間。『ジェーンとキツネとわたし』
「自分の居場所はどこなんだろう。」
子どもの頃、こんなもやっとした悩みが大人まで続くなんて、思ってもいなかった。仕事をしていたって、家庭があったって、友達ができたって、それぞれの環境でそれなりに悩むものです。
でも、あの頃。
まだ自分の意志で物事を決定することなんて出来なかった小学生時代、
まだ繊細でとがった心を持て余していた思春期時代、
その頃の切実さに比べれば、なんでもないものです。
それなりに強くなっていくのでしょうか。
それとも、心がちょっと鈍くなっていくのでしょうか。
ひとつ思い出すのは、心が少し軽くなる「きっかけ」というものがあった気がします。はっきりとした出来事ではないけれど、自分のまわりの景色がふっと違ってみえる瞬間。今思えば、あの瞬間が大人になる第一歩だったのかもしれません。
そんな事を、今になって気がつかされたのは、この絵本を読んだから。なかなか言葉に表すのは難しい感情なのですが、とても好きな1冊です。
ジェーンとキツネとわたし
この広い学校で、今日もエレーヌは居場所がないと感じている。あの子が書いたに違いない落書きを見つけ、バスに乗れば聞きたくもない自分の悪口が耳に入ってくる。そんな時、エレーヌは大好きな本「ジェーン・エア」を読み、その世界の中に閉じこもる。ジェーン・エアは孤児でつらい子ども時代を送るのだけど、やがて、かしこくて思慮深い大人の女性になっていき…。
繊細で引っ込み思案な少女の一日はとても長い。色々な出来事が、ちくちくと心にささるのです。エレーヌの中に少女時代の頃の自分を見つける人も多いはず。決して一人が嫌いな訳じゃないけれど。そんな時、堪えがたい出来事が起こるのが学校なのです。学年全員で合宿、しかも四泊!ともだちなんて、ひとりもいないのに。「人が生きていくには、戦術というものが必要なときがある」本の中のジェーンと同じように、エレーヌは、バスの中で集中しているふりをして、本を読み続けます。でも、その合宿の中で起きた出来事をきっかけに、エレーヌの周辺に小さな変化が起こっていき、やがてエレーヌは…。
カナダ総督文学賞を受賞した本作。読み終わった後、じわじわと静かに心を沸き立たせられるこの絵本の表現方法は、グラフィック・ノベルと呼ばれる小説とコミックと絵本が融合した独特なもの。けれども、主人公エレーヌの繊細な心の動きを表現するには、この方法が最良なはず。それほどイラストが素晴らしく、魅せられるのです。本の世界と現実を行き来する感覚。答えが明快でなくとも、確実に何かのきっかけとなっているキツネとの出会いのシーン。そして、なにより美しい色に彩られたラストシーンの風景。言葉がなくとも、エレーヌの歩いていく道が伝わってくるようで、涙が出てきます。
この絵本をどう受け止めるのか。実在する小説「ジェーン・エア」の役割とは何なのか。読む子どもの、読む大人の、環境や状況で大きく変わるのかもしれません。でも、丁寧にしっかりと描かれたエレーヌの物語のどこかに、共感できる部分がきっと見つかるはず。大切におすすめしたい一冊です。
(磯崎園子 絵本ナビ編集長)
幸運なことに、私の思春期時代にも、この小さなキツネの様な存在に出会えていたのかもしれません。何度か読み返すうちに、そう思えるようになりました。
もちろん、大人になった今では、もやっとなんてしていない、はっきりとした重ーい大人の悩み事に押しつぶされそうになっている自分ですが…。せっせと戦術を磨いてきているので、大丈夫なのです。
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(磯崎園子 絵本ナビ編集長)
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