【編集長の気になる1冊】足先くらいは見えるかな?
小さい頃を思い出して目をつむると浮かんでくる景色は、大きなテーブルの裏側。
一体なにかと言えば、実家にあった父の部屋の低いテーブルの下からみた光景です。子どもの頃、なぜかここにもぐりこんでじっとしているのがたまらなく好きだったのです。
暇で時間を持て余している時、家族がまわりで談笑している時、ちょっと誰とも話がしたくない時、自分だけの時間を獲得した時。
要するに、特に理由はないみたい。だけど、そこにいるととても落ち着くし、ワクワクするし、色々な想像が膨らんでいく。考え事をするのにももってこいだし、無心になるにもちょうどいい。
今でも思い出す程の多くの時間を過ごしたらしい、テーブルの下。どうしてテーブルの下だったのだろうかとたまに考えるけど、「落ち着く」としか言いようがない。
でも、きっと誰にでもそういう場所ってあるんだと思う。はなちゃんは、悲しいことがあった時、お母さんの洋服ダンスに飛び込むんだって。わかるな、その気持ち……。
あのこのたからもの
悲しいことがあると、いつもお母さんの洋服ダンスに飛び込むはなちゃん。そのくらくてせまいタンスの中にいると、少しずつ悲しい気持ちが小さくなっていくのです。
ところが今日、はなちゃんが泣きながらタンスの中に入ろうとしたら……ごっちん! えっ、誰かいる?
ぶつかったのは知らない女の子。ショートカットで立派なまゆげをしたその子の名前はゆりこ。はなちゃんのお母さんと同じ名前です。はなちゃんはその不思議な女の子に今日あった出来事を話してみたくなります。
「きょうは ともだちの あんちゃんに おにんぎょうのあし とられちゃって」
するとゆりこちゃんも言います。
「あたしは おこると、いつも たんすのなかに とびこむの。
きょうはさ、ともだちの かなこちゃんと あそんでて…」
どうやら二人とも、それぞれのお友だちとケンカしてきたばかりみたい。だけど、二人はその友だちのことが嫌いになったのでしょうか。本当の気持ちを話しているうちに……。
今注目の絵本作家、種村有希子さん。彼女がこの作品を生み出すきっかけとなったのが、小さい頃よく眺めていたお母さんのアルバムをもとに描かれていた絵なのだそう。確かに「母にも子どもだった時がある!」 という発見は、子どもにとって思った以上に大きな出来事です。もし、その子どもだった頃の母と自分が友達になれたとしたら……。そんな素敵な想像の世界をどんどんふくらませてくれるのは、絵本の中のゆりこちゃんとはなちゃんがとっても「いい関係」だから。
そして、絵本を通じてはっきりと見えてくるのは、はなちゃんとゆりこちゃんのそれぞれの気持ちの変化。それはきっと、種村さんご自身が楽しい気持ちと同じくらい、悲しい気持ちや怒りの気持ちを大切にされているからかもしれませんよね。柔らかで豊かな色彩を背景に、二人のどの表情も魅力的に描き出します。
最後にゆりこちゃんがくれた「時をこえた宝物」、いいな。私も息子にあげられるもの、あるかな……。
(磯崎園子 絵本ナビ編集長)
今テーブルの下にもぐりこんでみたら、もしかして……!? そんな事を思うとちょっとドキドキしてくる。
でも、息子が小さい頃よくはまっていた場所は、壁とベッドの間の「くぼみ」。うーん……出会えるだろうか。足先くらいは見えるかな?
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磯崎 園子(絵本ナビ編集長)
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