【編集長の気になる1冊】しっくりくる場所。『おおきなきがほしい』
一番好きだったのは、二人でそこに座ってお菓子を食べること。
大きな木だけれど、背の届く高さで枝が分かれ、横に大きく伸びた太い枝が下向きに少し弓なりに曲がっていて、子どもが安定して座るのにぴったりな形をしているのだ。
横並びでも向かい合ってでも座れる。直射日光に当たることもなく、風が吹けば葉っぱがこすれる気持ちのいい音がして、枝はひんやり冷たくて。時が止まってしまえばいいのに、というくらい理想の場所……なのだけれど。
それがどこなのかとなると、記憶があやふやになる。枝のディテールはよく覚えているし、感触だって、友達のことだって明確に頭に浮かんでくる。候補はある。好きだった場所はいくつかあったのだけれど、どこの木も早々に「木登り禁止」になってしまったのだ。それぞれの記憶のいい部分が融合されて、理想が出来上がっていってしまっただけなのかもしれない。
結局、禁止にならなかったのは家の前の公園にある背高のっぽの木だけ。頼りないけれど、一人で登ってじっとしているには耐えうる太さはある。理想とは程遠いけれど、たまに思い出したように登っては静かに時間を過ごしてみる。悪くはない。でもちょっと不満。だって足をブラブラさせることが出来ない! ……そのうち飽きてしまい、木に登ることもなくなっていくのです。
おおきな きが ほしい
「おおきな おおきな 木があるといいな。
ねえ おかあさん」
かおるは窓から顔を出して言います。
「おや、まあ、どうしてなの」
お母さんに聞かれて、かおるは話しだします。
彼が考えたのは、こんな素敵な木なのです。
それは手をまわしたって抱えられないような太い木で、はしごをかけて上へと登っていきます。木の幹にぽっかり空いた洞穴の中にもはしご。せっせと登っていくと、いきなり可愛い部屋の中へ! そこは枝が三つに分かれたところに建てたかおるの小屋。テーブルと椅子、そして小さな台所まであるのです。ここでかおるはホットケーキを焼きます。
さらに登っていくと、見晴台。そこからは遠くの山が見えます。風がさっと吹いて髪の毛をそよがせます。少し揺れるけど、かおるは平気。
「わーい」
素敵な気分になって思わず声をあげます。さらにかおるの想像は続きます。夏になったら、大きな木の上の部屋はさぞ涼しいことでしょう。秋になれば…冬になれば…。
佐藤さとる・村上勉コンビによるこの傑作絵本が誕生したのは、今から50年近くも前のこと。だけど「かおるの夢」は全くもって色褪せることがありません。人はどうしてこんなにも「おおきな木」に惹かれるのでしょう。木の幹の部分から丁寧にはじまる説明と共に縦開きとなり、上へ上へと読み進めていく感覚はまるで一緒に木に登っている様で……少し長めの文章も気になりません。そして大人にとっても、子どもの頃に受けた衝撃がそのまま蘇ってくる「永遠の憧れの絵本」として存在し続けているのです。
今年もまた。
夏がくれば、あの「かおるの小屋」を思い出して、うっとりしてしまいます。
(磯崎園子 絵本ナビ編集長)
ある日、いつもの公園の横を通った時、その木に違う男の子が登っているのを見た。その細長い木の上の方でじっとして、なんというかその光景はとても「しっくりきていた」ので、私は思わず嫉妬してしまった。でも仕方ない、そこはその子の場所なんだと納得しながら通り過ぎたのです。
私にとっての「しっくりくる場所」は、結局今も夢の中。だけど諦めたわけではないのです。いつかきっと……。
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磯崎 園子(絵本ナビ編集長)
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