【編集長の気になる1冊】好きだからこそ、怖い?『トラといっしょに』
私は獅子座のトラ年である。
これを言って、尊敬の眼差しを向け、心底うらやましがってくれたのは、かつての息子だけである。何しろ自分の憧れであるライオンとトラがそろい踏みしているのだ。
「すげえ……」
小さい頃は動物園に何度も訪れ、見上げるほど大きなゾウを眺め、ゆったりと目の前を歩くトラやヒョウに喜び、たまに聞こえるライオンのうなり声に驚き。図鑑をひっぱり出しては、どの動物が一番強いのか、足が速いのか、カッコいいのか私に説明してくれる。
それならこれはどうかと、人が黒ヒョウに変身して歩きまわるという有名なミュージックビデオを流してみると、食い入る様に見つめている。やっぱり好きだよね。
ところが息子は、その日の夜からトイレに一人で行けなくなってしまったのだ。暗くなったり、目をつぶったりすると、あの鋭く光る目が思い浮かんできてしまうのだという。なんてこと、なんて影響力! そんなに怖がっていたなんて気が付きもしなかった。私が見せたことを後悔していると、朝になればまたいつもと同じ様に図鑑をながめ、昨日のビデオを平気で見ている。そして「やっぱりヒョウもかっこいいんだよなあ……」なんてつぶやいている。
これは……なんだかすごい。
魅入られる、ってこういうことなのかな。
トラといっしょに
トムがじっと見つめているのは、美術館にあるトラの絵。家に帰ると、トムは紙と色えんぴつをとりだし、大きな大きなトラの絵を描きました。緑の宝石のような目、とがった歯、とても立派なトラです。
その夜。トムの部屋にはふいに暗闇が広がり、壁には緑の目。トラが向こうからやってきたのです! 息をのむトムに、トラはのどをならしながら言います。
「さんぽに いこう」
でも……。怖がるトムを背中に乗せて、ふたりは月の輝く夜の散歩に出かけるのでした。そこで待っていたのは、昼間見た絵のように、奥深く続いていく森。キツネやライオンやクマがいて、ウナギの泳ぐ大きな川があり、さらに夜の遊園地や洞穴も。
「ぼく、ちょっとこわいんだ」
小さな声でトムが言えば、トラは必ず答えます。
「こわくなんてない。しっかりつかまって」
そうやって少しずつ克服しながら、トムはトラとの時間を存分に楽しむのです。やがて疲れて眠くなってきたトムは……。
その美しく、たくましく、そして迫力のあるトラの姿を見ながら目が離せなくなってしまったのは、トムだけではありません。私たち読者だって同じです。それもそのはず、この絵本はフランスの画家アンリ・ルソーの実際にある絵から生まれてきたものなのです。絵が子どもの心を捉え、怯えながらもその世界に魅了されていく。そんな豊かで繊細な心の模様を、ファンタジックな手法で描き出します。月の光に照らされるトラの表情と言ったら……。
この絵本に出会えた子どもたちの心には、どんな景色が残っていくのでしょう。忘れられない1冊になりそうです。
(磯崎園子 絵本ナビ編集長)
一枚の絵画に心を奪われ、それを絵に描き、さらに夢の中で実際に出会ってしまう。なんて感受性の強い子なのだろうと感心してしまう。そして、驚くことに自分の描いたトラに怖がっているのだ。こんなに好きなのに。いや、好きだからこそ、なのか。
今なら息子の気持ちもわかる気がする。怖いって、そんなに単純じゃないのかもしれない。そして、そんなに悪いものでもないのかもしれない。トムが描いたトラを見ながら、ちょっとつぶやいてみる。
「私は獅子座のトラ年。」
怖いものなんて何もない…気がしてくる。
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磯崎 園子(絵本ナビ編集長)
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