【編集長の気になる1冊】それはいつも突然やってくる…。『大ピンチずかん』
「ああ……おわった。もう私の時代はおわった。」
ピンチは突然やってくる。教室で、机にかかっているかばんの様子がおかしいとそっとのぞいてみると、何もかもが真っ黒になっている。瞬間にすべてを察知し、そっと閉じ奥にしまい込む。かばんの中で墨汁のフタがゆるんでいたのだ。
この状況は誰にも見られたくない、知られたくない。その思考が何よりも先行し、よって対応は三の次。惨状と正面から向かい合う頃にはすべてが乾燥し、あらゆるものが黒く染まり、当然筆はかちんこちん。かろうじて助かったものだけを救い出し、胸をなでおろす。
こうして、そのまま見事に「習字の時間は苦手」というトラウマを抱え大人になっている。こんな私だから、小学生時代から年がら年中ピンチだらけ。
忘れものをした。トイレに行くのを忘れた。くつしたにあながあいている。へんな服を着てきてしまった。集合時間にみんながいない。登校時、今日は雨がふるかどうか気にしたことがない。服を脱いだ時にポケットに何が入っているかなんて気にしたことがない。よって起こるピンチは誰もが想像するとおりの平平凡凡な出来事ばかり。けれど、ばれないように、何事もなかったようにふるまうための努力を怠らないので、とにかく毎日忙しい。
「ああ、生きるってこんなに大変なの?」
思わずつぶやいてしまうのである。その頃の私に、こんな図鑑があったら渡したい。
大ピンチずかん
「ああ、もうダメだ。おわった。これは大ピンチだ!」
きみがそう思うのはどんな時?飲もうと思って注いだ牛乳がこぼれた。ガムをのんだ。テープのはしが見つからない。ゲームの充電ができてない……。
大ピンチというのは、日常生活を送る中で、いつだって突然にやってくる。大人になってみれば小さなピンチに見えることだって、子どもたちから見れば、それは立派な「大ピンチ」。どうのりきればいい?
鈴木のりたけさんの最新作は、そんな大ピンチを徹底解説してくれる「大ピンチの図鑑」。そんなの見たことも聞いたこともない。でもすごく面白いのだ。よくあるピンチ、笑っちゃうピンチ、冷や汗のでるピンチからなぜか哀愁を感じるピンチまで。それぞれに「大ピンチレベル」や「なりやすさの5段階分類」、ちょっとした対処法までついている。この1冊で、もういつピンチが来ても大丈夫だ。……って、本当かな。笑っちゃうけど、意外と役に立つかも!?
きみたちが大きくなれば、大ピンチもどんどんやってくる。でも、きみならきっと乗り越えられる。どーんと背中を押してくれる1冊です。
(磯崎園子 絵本ナビ編集長)
人間、生きていれば、大なり小なり毎日ピンチはやってくるものだ。ピンチがあるから暮らしが豊かになり、笑いも生まれるというものだ。みんな同じ体験をしている。
……なんて今ならそう思えるが、子どもの頃にこれを読んだところで、何事にも冷静に対応できる子になっていたかというと、そんなことはないだろう。ふと我が子は大丈夫なのかとかばんを見ると、おいおい、墨汁が教科書に染みわたっているじゃないか。気にする様子もなく、今日も元気に学校へ行く。うーん、これは性格の問題か。
磯崎 園子(絵本ナビ編集長)
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