【編集長の気になる1冊】その瞬間に必要なのは……? 『およいでいえにかえりたい』
とぼとぼ歩く帰り道。暑い。今日はとくべつ暑い。いくら夏が好きだとしても、これはダメ。汗はじっとり、照り返しはつよく、おまけに荷物が重すぎる。そして、遠い。
「この道はいったいどこまで続くのか……」
もちろん、家まで続くのだ。ランドセルを背負い、両手には手提げ袋とひきずりそうな巾着袋、作ったことを後悔するほど大きな工作。帽子がずり落ちてくるけど、直しようがない。下を向き、ゆっくりとただ前進するのみ。
夏休みの前日によく見る光景である。身に覚えがありすぎる。
そして、暑さでぼんやりした頭で、彼らは必死に考えるのだ。「のどがかわいた」「氷入りがいい」「アイスが食べたい」「いやアイスはベトベトするからやめよう」「遠いな」「このまま道路が動いてくれればいいのに」「クーラー…」。この瞬間、もし願いごとが一つかなうと言われたら。結果はきっとひどくつまらないものになってしまいそうだ。もったいない。
けれどなぎちゃんは、こんな素敵なことをつぶやいてしまうのだ。
およいでいえにかえりたい
明日から夏休み。学校からの帰り道、重いランドセルを背負って、大きな朝顔の鉢植えをもったなぎちゃんは、汗びっしょり。
「あっつーい!」
へとへとになったなぎちゃんは、掲示板の横で座りこみ、思わずつぶやきます。
「あさがおさん、およいでいえにかえりたい……」
すると、朝顔がひゅーっとのびて、きらきらと光る水のシャワーを出し、掲示板の中が水でいっぱいに。泳ぎが得意ななぎちゃんは、ばっしゃーん、ぶくぶくぶく、中に飛び込みます! 泡のすきまから、遠くに人かげが見えたので、泳いでいってみると……?
いつもの景色が水でいっぱいに。流れるプールにすべりだい。ばしゃばしゃ、すいすい、ひんやり、ゆらゆら。泳いで進む帰り道、なんて気持ちよさそうなのでしょう!! なぎちゃん、うらやましい。あ、朝顔も忘れないで持って帰ってね。
幼い頃から泳ぐことが大好きだったという作者による初めての絵本。真っ青な空、じりじり熱いアスファルトの道、ランドセル。夏休み前の懐かしい感覚をを思い出しながら、絵本の中で味わえるのは夢のような水の中の世界。想像したことあるような、ないような。でも、一度読んだら夏が来るたびに開きたくなる、思いっきり爽やかな1冊です。
(磯崎園子 絵本ナビ編集長)
「およいでいえにかえりたい」
この状況に、なんてぴったりな願いごとなのでしょう。ひんやり冷たい水の中、スカートとランドセルをはためかせ。自由自在にスイスイ進む。得意な背泳ぎなんてしちゃったりして。
「そうそう、これこれ。これがしたかったの!」
たとえ夢だったとしても、たとえ絵本の中の世界だとしても、ちっともがっかりなんてしない。これもすべて、なぎちゃんのおかげ。なぎちゃんの「願いごと力」のおかげなのです。もしまたその瞬間がおとずれたとしたら。私たちもちょっときたえておいた方がいいのかも……!?
磯崎 園子(絵本ナビ編集長)
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