【編集長の気になる1冊】そこは果てしなく遠い世界。『ごめんねゆきの バス』
まわりの子が先生と楽しそうに遊んでいる。さっきまで起きていたことなんて、なにもなかったように。いいな、私もまざりたい。大きな声を出して笑いたい。
でも私にはそれができない。
だって、私だけまだ言えてないから。
あの大事なひとことを。
目は見開いて、口はぎゅっと結ばれ、所在なさげに立ちつくす。こうなってしまったら、もう遅い。みんなの視界からはずれるように少しずつはじへ移動し、気配を消して、ものかげに身をかくす。地面や壁をじっと見つめ、耳だけをそばだてる。
そのうちにみんなの声も聞こえなくなってくると、そこにはもう誰もいない。さっきまでいた世界なんて、思い出せないくらい遠くに感じる。ここはどこだろう。そしてぼんやりと頭を動かしはじめるのだ。私はどうすればいいんだっけ。これからどうすればいいんだっけ……。
ごめんねゆきの バス
めぐちゃんは、おねえちゃんの大切なぬいぐるみにジュースをこぼし、カンカンにおこらせてしまいます。おねえちゃんはそのまま二階の部屋に行ってしまいました。
「どうしよう…」
こまってしまっためぐちゃん。こんな時どうしたらいいのか、本当はみんなどこかでわかっています。でも、おねえちゃんのいる二階は果てしなく遠く感じるものなのです。
「乗ってください」
突然、めぐちゃんの目の前にあらわれたのは、大きなバス。運転手は大きなクマ。バス停には「ごめんねゆき」と書いてあります。中に入ると、他にも小さな乗客たちが乗っていて……。
さっきまではあんなに近くにいたはずなのに。でも今、めぐちゃんは、バスに乗って、ドキドキしながらおねえちゃんのところへ向かっています。深い緑に囲まれたここはどこなのでしょう。先に降りていく乗客たちに運転手は何をささやいているのでしょう。不思議な出来事に背中を押されながら、めぐちゃんは少しずつ顔をあげていくのです。
不安なめぐちゃんの表情を印象的に描きだすのは、デビュー作品『あめかっぱ』(偕成社)でも話題となった注目の絵本作家むらかみさおりさん。緻密に描かれる背景が独特の世界観を生み出し、女の子の心情の変化を包みこんでいきます。
こんなバスが自分のところにも来てくれたらな。不思議だけれど、とっても身近に感じられる絵本です。
(磯崎園子 絵本ナビ編集長)
こんなに離れてしまったら、もうもとには戻れない。絶望を感じた瞬間にやってきてくれる「ごめんねゆきのバス」。運転手はちょっと怖そうな大きなクマ。彼は怒っているのだろうか。それともなぐさめてくれているのだろうか。けれども迎えにきてくれていることは確か。
そうして、私は私が行かなくてはならない場所までバスに乗って向かっていく。今回は、到着するまでどのくらい時間がかかるだろう。
この絵本を読みながら思い出す、小さい頃から繰り返してきたこの旅は、今もまだ変わらず続いているのです。
ごめんなさいって、言えるかな
磯崎 園子(絵本ナビ編集長)
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