【編集長の新宿絵本日記】やってやれないことはない。 2018年4月1日
朝、駅までの道すがら。
ふと目に入ってきたのは、前にも後ろにも大きなカゴのついた自転車を駐輪場に乗り付けるママ。こんな小さくて頼りなげな女性が3人乗りなんて出来るんだろうかと心配をしてしまうのだけれど、きっと毎日こなしているはず。
自分が息子の送り迎えしていた頃を思い出します。自転車が苦手、増してや二人乗りなんてもってのほか。だけど、歩くには遠いし、車にも乗らない。選択肢なんてありません。息子を前に乗せ、振らつく自転車を必死にこぐ姿のなんたる緊張感。だけどお迎えの時期が終わる頃には、大荷物を後ろのかごに入れ、涼しい顔でスイスイーっと、出来ている。やってやれないことはない、ということなのです。
まわりのママやパパはもっとすごい。
一人息子の育児に必死になっている私の横で、下の子の手を引き、大家族の食事を支度し、兄弟揃って野球チームに入れ、あれこれ仕切る。パパだって、忙しい仕事の合間に自分はコーチ。他の子の面倒まで見てくれる。そういう人たちを見ていると、尊敬の念を込めてやっぱり思うのです。やってやれないことはないんだなあ、と。子どもたちの事が好きだからこそ、なのでしょうね。
仕事はといえば。必要なものだけ引き受けるか、必要以上に引き受けるか。そこの線引きって難しい。出来ないものは出来ない、相手を思いやる優しい心だけでは成り立たないもの、そう思ってきたけれど。自分の身ひとつで、どーんと構えるワタナベさんを見ていると、何だかそれじゃあつまらない気がしてきて……?
ワタナベさん
「ワタナベさん やってるー?」
ガラガラっと戸を開ければ、待ちかまえているのはワタナベさん。ワタナベさんは、おなべひとつでどんな料理でも美味しくつくる名人です。
次々に材料が入っていき、ボッと火がついてワタナベさんの顔が真っ赤になった頃、いいにおいがしてきます。ふたがパッと開けば、今日は得意なおでんの出来上がり。他にも、ちゃんこなべにロールキャベツ、カレーに炊き込みごはん。お客さんのために次々と完成させていくワタナベさん、それはそれは見事です。
ところが、最後のお客さんの注文が「ナポリタン3人前」。いくらワタナベさんでも、おなべひとつでナポリタンなんて作れるのでしょうか!?困ってしまったワタナベさんですが、悩んだ末に……「ひらめいた!!」
どこにでもある、でもなんだか懐かしくてほっとする大きなお鍋。それがこの絵本の主人公ワタナベさん。親しみやすくて、とっても便利。家族のために毎日たくさんの料理を仕込んでいる方にとっては、このお鍋がどれだけ頼もしいのか、すぐにピンとくるのでしょうね。でも、ワタナベさんの魅力はそれだけではありません。優しいのです。そして器がとても大きいのです。困っている人がいたら、細かい事は気にしないで、とりあえず「やってみて」くれるのです。
井の頭自然文化園でポスターや展示デザインを担当していたり、図鑑等で動物のイラストも手掛けられている作者の北村直子さんによる初めての自作絵本は、読み終えた後もあたたかい気持ちにさせてくれるお話です。ワタナベさんの表情も、何だか力が抜けていてとても可愛い。でも、そんなキュートなワタナベさんは教えてくれます。「やって やれないことはない」ってね。
(磯崎園子 絵本ナビ編集長)
お鍋でナポリタン! しかも美味しそう! ワタナベさん、すごい。
無理だと思っていた何かを引き受けるって、理由はどうあれ大事なのはこの「なんとかなった」という成功体験なのかもしれませんね。この感じ、何とか息子に伝えたい……切実に思う今日この頃です。
合わせておすすめ! 北村直子さんの作品
磯崎 園子(絵本ナビ編集長)
この記事が気に入ったらいいね!しよう ※最近の情報をお届けします |