【編集長の新宿絵本日記】それ、1個ちょうだい。2020年1月24日『わたしのわごむはわたさない』
ふと隣の席を見ると、机の上に小さなみかんが2つ。小さいけれど、色が濃くて特別感が半端ない。きっと、朝から食べるのをずっと楽しみにしているはず。
「それ、1個ちょうだい。」
躊躇なく言ってみたくなる。いやだろうなあと思いつつ。すると、彼女がみかんを1つ手に持って、おずおずと私の目をじっと見ながら話しかけてくるのです。
「これ……1個食べる?」
笑ってるような、我慢してるような、相手を伺うような、なんとも言えない表情で。私は言ってあげるのです。
「2つとも自分で食べたいんでしょ?」
すると、彼女はホッと肩をなでおろし、一気に笑顔になり、大きな声で言うのです。
「そうなのーーー! よかったあ、断ってくれて」
そうして、誰にもらったのか、どのくらい特別なものなのか、大いに語りながら美味しそうにあっという間に2個たいらげる。
そう、それはあなただけのもの。好きなようにすればいい。
わたしのわごむはわたさない
「あ。」
見つけたのは、わごむ。
ゴミ箱の脇に落ちていた、わごむ。
お母さんに「ちょうだい」って聞いたら「ドーゾ」だって。
やった!このわごむは、わたしのだ!!
わたしの好きにしていいの?
すごくない?
女の子が手にしたのは、どこにでもある、何の変哲もない普通の「わごむ」。色だって、よくある「茶色」。だけどこれは、お兄ちゃんのおさがりでもなく、みんなで使うものでもなく、貸してもらうものでもない。正真正銘、彼女のもの。
うん、ちょっとわかる。
だけど、彼女の溺愛ぶりといったら。
「わごむ」への期待度の高さといったら。
……かなり笑えます。
「わたしの わごむは わたさない。」
この強い意志こそ、子どもらしくて可愛らしい。
そうそう、たとえどれだけお金を積まれたってね。
あれ。私もこのわごむ、欲しくなってきたぞ。
作品を出すたびに、固くなった大人の脳みそや、当たり前だと思っていた価値観を揺さぶってくれるヨシタケシンスケさん。今度のテーマは「モノの価値観」。誰にだって自分だけの宝物ってあったはず。この絵本を読みながら思い出してみるのもいいし、子どもたちの宝箱をそっと観察してみるのも面白い。きっと思いもよらないものがあるはずで……。
やっぱり今回も少しだけ世界を広げてくれるヨシタケさん。最後の終わり方も最高です。
(磯崎園子 絵本ナビ編集長)
「わたしだけのもの」
こんな気持ちを大の大人の中に見つけると、なんだか嬉しくなる。
「これは誰にもわたさない」
大人が、とめられない強い意志と頑張って折り合いをつけている様子も好き。それが大したものじゃなかったりするとなおさらです。だからちょっと意地悪を言いたくなったりもする。
だって、こんな楽しみ方は……わたしだけのものですから。
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磯崎 園子(絵本ナビ編集長)
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