【特別編】好きな絵本に理由なんかないよね<谷川俊太郎さん>
あなたが「今」好きな絵本3冊はなんですか?
ふいにこんな質問を投げてみたとしたら、どんな答えが返ってくるのでしょう。
この質問を投げかける相手の条件は「絵本の読者」。絵本ナビ編集長・磯崎による連載企画。
絵本を通して「今」が見えてくる
今回は、【特別編】として、こんな方に登場していただくことになりました。
今回この質問に答えてくださったのは、数多くの絵本を手がけられ、絵本ナビのインタビューにも何度か登場してくださっている谷川俊太郎さん。新作絵本を刊行されるタイミングで、この企画の中では「読者」として登場してくださることになったのです! 慣れないオンラインでのインタビューの中で、少し緊張しながらもいつもと同じ質問を投げかけさせていただきました。谷川さんはいったいどんな絵本を選び、どんなお話をしてくださったのでしょう。最後には最新作の紹介もあります。
お話を聞くのは…
1931年、東京に生まれる。高校卒業後、詩人としてデビュー。1952年に第一詩集『二十億光年の孤独』(創元社)を刊行。以後、詩、絵本、翻訳など幅広く活躍。1975年日本翻訳文化賞、1988年野間児童文芸賞、1993年萩原朔太郎賞を受賞。ほか受賞多数。絵本作品に『ことばあそびうた』(福音館書店)、『マザー・グースのうた』(草思社)、『これはのみのぴこ』(サンリード刊)、『もこもこもこ』(文研出版)、「まり」(クレヨンハウス刊)、「わたし」(福音館書店)、「ことばとかずのえほん」シリーズ(くもん出版)他多数の作品がある。翻訳作品も多数。
好きな絵本に理由なんかないよね
―― 今日はよろしくお願いします。実は私自身、こうして谷川さんに直接お話を伺う機会は3度目になります。1度目は今から11年前、絵本「ことばとかずのえほん」シリーズ(くもん出版)が刊行される際に、谷川さんのお宅にお伺いしての取材(記事はこちら>>>)。2度目は絵本『ともだち』(玉川大学出版部)をテーマに100人ほどの学生さんたちの前での公開取材(記事はこちら>>>)。そして今回になります。こうしてオンラインを通してお話をされる機会というのも増えているのではないかと思いますが、谷川さんは違和感を感じていたりはしますか?
当然感じますよね。しゃべる内容っていうのは変わらないですけどね。ただ生の時空と映像を通しての時空っていうのは、明らかに体に影響しますから。そういう点では、のり方が違うかもしれませんね。
―― 確かに取材をさせていただく立場としても、また違った緊張感を感じております。そんな中、ちょっと無茶な質問を投げかけさせていただきます。
あなたが「今」好きな絵本3冊は、なんですか?
―― この取材に先立って、質問内容を谷川さんにお送りしたところ、すぐにご返答くださって驚きました。困ったりはしませんでしたか?
困りませんでしたよ。自分の本棚に並んでいる絵本の中から3冊選ぶだけだから。でも、何が面白いかって聞かれちゃうと困っちゃいますね。好きな絵本に理由なんかないんだもん。
―― ということは、好きな絵本の好きな理由というのは……好きだから。
そうそう、それしかないですよ(笑)。読者の立場になるわけだから。もちろん絵本を書くという立場になれば、解説をしなきゃいけないことはよくありますけど。読者としては、面白いなあ、ただ好きだなあというだけですね。
―― それでも、聞いてしまうのが絵本ナビなのです(笑)。あげていただいた3冊のうち、まず1冊目がこちらです。
これはね、いろいろもらった絵本の中でも気に入ったから今も本棚に置いてあるの。確かシリーズで3冊ほど出ていたよね。
―― シリーズで5冊出ているんですよ。
ほんとう? ということは人気があるわけ?
―― 人気があるんです。『わにわにのおふろ』は絵本ナビでもたくさんのレビューが寄せられています。この強面だけどなぜか愛嬌のあるわにわにの絵がとても魅力的ですよね。「ずるずり」「ぐにっぐにっ」という言葉の響きも、印象に残っていて。
そうそう、そういうオノマトペ的なところが面白いよね。でも一番印象に残っているのは、文章を書いている小風さちさんが松居直(※)さんの娘さんだってこと。あの謹厳な松居さんの娘さんが、こんな愉快なわにわにのおはなしを書いちゃうんだもんね。それが気に入ったの(笑)。
※福音館書店の月刊絵本「こどものとも」を創刊し、数多くの名作を世に送り出した名編集者、児童文学者。
絵もいいよね。ワニがバスタブに入るという絵が描けちゃうんだから、すごい。テレビのドキュメンタリー番組を見ていると、動物の生態の番組なんかやってるでしょ。時々見るんだけども、本物のワニとわにわにって全然違う。リアリティーがないはずなのに、でもちゃんとワニに見える。ワニって怖いものなんだけど、その怖いものがちゃんと絵本になって、でも笑えちゃう。絵本ってずるいよね。でも、そこがいい。
人間には抽象化する能力があるでしょ。物語でも、絵でも、その能力がすごく役立っているよね。詩集や小説もそうだけど、でもやっぱり映像があるという部分で、絵本には強みがあるなって思いますね。映像って言っても、本当にドキュメンタリーでこのお話を撮ろうとしたら大変でしょ?
―― 確かにそれは怖すぎますよ(笑)!
実際にワニを連れてきて、自分の家のお風呂に入れるなんておおごとになっちゃう。絵本だったらわりと簡単にできるでしょ。「わにわに」っていうネーミングもいいよね。楽しんで作っているのが伝わってくる絵本が好きなんです。もちろん読者のことも考えているだろうけども、自分がまず楽しくて、興味があって描いちゃった……というのがいいんです。
―― ああ、確かにシリーズのどのおはなしからもそんな雰囲気が伝わってきます。またまとめて読み直したくなってきました。続いて2冊目は、この絵本。
「ぼくは一生なにも考えずに生きていけるのではないかと考えた」
これは自分の本です。自分と元妻(※)の息子である広瀬弦ちゃんとの本だから、ちょっとプライベートですね。
※作家の佐野洋子さん
―― どうして今この絵本を選ばれたのかなって、読みながら自分なりにいろいろ想像してみたんです。この愛らしいカバがつい笑っちゃうようなことをいろいろつぶやいている。それは役に立つような立たないような、共感できるようなできないような。そこには示唆があるようで、でも強制はしてこない。それがとても今の気分にぴったりきて心地いいなって。だから面白いのかなって……。
考えちゃうんだ。絵本ナビってそんな風になんで面白いかとか考えなきゃいけないんだ、かわいそうに(笑)。
―― そうなんです、考えちゃうんです(笑)。
これは、読めば「ワッハッハ」で終わっちゃう絵本。ノンセンスのものが好きなんですよ、絵本の場合は。あんまり筋道だったものよりはね。
さっきのワニもそうだけど、カバっていうのも、動物園にはいるけれど、もともと野生。巨大でけっこう怖いですよね。でも、それが絵描きさんの手にかかると全然違うものに変形しちゃう。だからこの絵本も、僕のテキストはどうでもよくて、弦ちゃんのカバの絵が面白いっていうところが好きなんです。愛嬌がありますよね。リアルなカバじゃないけれど、ちゃんとカバになっている。だから絵本作家はすごいなって思いますね。
弦ちゃんは、小学生の頃から粘土でカバやなんかを作っちゃう。何にも苦労しないで作っているように見えるけど、それがすごくリアルなの。絵を描く場合でも自然に描けちゃう。彼は、小学校時代から才能がありましたね。抽象化できる才能があるんですよね。カバだって違う生き物には見えない。
―― もう、その頃からファンだったんですね。
そうね。弦ちゃんの絵を売り出したいという気持ちがあって、できるだけ面白いカバにしなきゃと思って、カバの行動とか心理を考えて書きました。(谷川注:ウソです。)言葉の方は、いくらでも何でも言えちゃうわけだから。僕は割とお話が苦手で、断片的に書く方が楽なので、カバのいろいろな場面が出てくる形になったんですよね。でも、そんなに売れなかったんじゃないかなあ。
―― それでも、本当に印象的で面白いフレーズがたくさんあって。あげればキリがないですけど、例えば「今日はいい天気だったから、ずっと川で浮かんでいた。ぼくは一生なにも考えずに生きていけるのではないかと考えた」とか。そんな風に生きられたら幸せだなあ……と。
そりゃ、誰だってそうなんじゃない?
―― そうですね(笑)。個人的な話ですけど、「この人の話には哲学があるから説得力がある」なんて話をよく聞きますけど、「そうなのかなあ」と思っていたら、この絵本の中で「ぼくの恋人は、ぼくには哲学がないと言う。ぼくは気持ちさえあれば、哲学なんて要らないと思う。」という一節に出会って。やっぱり要らないんじゃない? なんて思ったりして。
ほんと(笑)? 今またちょっと哲学ブームみたいになっていて、若い哲学者が書く本が結構面白いらしくて。僕も何冊か読みましたけど。哲学って言うと、みんなどうしてもちょっと難しいものだと思うじゃない。漢字がたくさんで分厚い本だという印象があるんだけど。でも基本的に哲学っていうのは、我々普通の人間が、普通に生きている間に考えていくことの中にちゃんとあると思うんですね。だからあんまり哲学哲学って言わない方がいいと思うんですけどね。
―― 「子どものための哲学」という本も増えていますよね。
そうね、ベストセラーになっている本なんかもありますよね。壁がなく考えられるといいなと思いますけど。
―― 谷川さんの絵本『わたし』や『きもち』(ともに福音館書店)のような認識絵本の中にも、子どもが「考える」ということの出発点があるように思います。
そういうものを目指しましたね。大人が難しい言葉で言っていることを、もっと子どもにも通じるように言いたいっていうのは、それらの絵本をつくる動機としてはありましたね。
―― そういう意味では、『考えるミスター・ヒポポタムス』も10代の子に読んでもらうといいのかも?
これは、じいさんばあさんに読んで欲しいな。人生終わりに近づいていいかげんになっちゃってるけど、こういうものを読むと、「私は、生きるってことをもっと考えなきゃいけなかったんだ」と思うんじゃないかな。そうはいかないか(笑)。
―― では3冊目です。今度は雰囲気もうってかわって……谷川さんが翻訳されている、こんな絵本。
ムナーリのしかけ絵本シリーズ第2弾
ムナーリのしかけ絵本シリーズ第2巻。ぼうやのプレゼントを抱え家路を急ぐお父さん。あと10キロのところで車が故障して…。次々変わる乗りもの、家までの時間や距離の変化が巧みにしかけとマッチした名作。
ムナーリのでっかい絵本ね。シリーズの中の1冊。僕は当時この絵本の存在は知らなかったのね。これ、古いものなんでしょ?
―― そうですね、シリーズ名が「ブルーノ・ムナーリの1945」となっている通り、1945年にムナーリが当時5歳だった息子さんへのプレゼントとして手がけられた絵本だそうです。
ムナーリってイタリアの面白い人で、しかもちょっと哲学的なところがあったりして、前からすごく好きで。僕の友達の武満徹(※)がムナーリをモチーフとした音楽を作曲していたりしてね。そのムナーリの大きな絵本のシリーズが出るっていうのは嬉しかったですね。
※日本を代表する現代音楽の世界的作曲家(1930-1996)
―― 絵本作家の中でも作品がまた違う雰囲気ですよね。
もともとがデザイナーですから、絵本作家とは違う発想ですよね。絵を描くだけじゃなく、絵本に構造があるじゃないですか。この絵本も、めくるたびにページがだんだん小さくなっていったりして。お金はかかるんだろうけども、そういうところが僕は好きなんですね。
―― ムナーリはビジュアル的な要素で感覚的に物事を伝える作品が多く、文章を小さな子どもにもわかりやすく伝えられるように、谷川さんに翻訳をお願いしたと伺ったことがありました。(記事はこちら>>)苦労された点はありましたか?
いえいえ。もともとわかりやすいですから。構造がありますしね。そのまま訳せばいいから苦労はありませんでしたよ。ストーリーの線というものを一つ通して、子どもたちを楽しませようとしている感じがありますよね。
翻訳は、創作絵本のテキストや構成を考えるのとは全然別の仕事ですから、原文をどこまで日本語として通じるようにするか、しかも日本語としてちゃんとしていて楽しく読めるかということを考えなくちゃいけない。場面と文章があんまり合ってない場合は勝手に変えることも稀にありますけど、ムナーリの絵本でそういうことはないですよね。
―― この絵本、なんとなく見ている時は気がつかなかったんですけど、表紙のプレゼントの箱の絵に指紋の模様がべたべたついているんですよね。これ、なんだろうなあと思って。
あなたがつけたの? 違うよね(笑)。なんでついているのかって理由? それはムナーリだったらやるんじゃないの。楽しいから。子どもが「指紋がついてる」と思って、こすって取れなかったら面白いじゃん。「これ絵なんだー」って。最後のページもいいよね。プレゼントの箱の絵が開けられるしかけになっている。そうすると中を見たくなるよね。めくってみると、あり得ないくらいプレゼントがいっぱい詰まっている。本当ならこんなにも入らないくらい。そういうところが絵本の良さだよね。
絵本にとって、基本的なコンセプトというのはすごく大事。例えば物語のかわりに絵が動くというコンセプト。単純でもいいんです。僕はどちらかというと物語を書くのが苦手だから、そういうコンセプトのものの方がやりやすい。ページをめくることで展開が変わっていったり、絵や文章自身が変化していくみたいな。
安野光雅さんと作った『あけるな』(復刊ドットコム)という絵本、あれも扉を開けていくことで進んでいくわけでしょ。ああいう発想で絵本をつくるっていうのは楽しいですね。
―― 好きな絵本の話を聞いているだけでも、谷川さんのつくる絵本の魅力の秘密が少し見えてくるようです……。ところで、選ばれた絵本3冊に共通点はあると思いますか?
僕は共通点で選ぶより、バラエティーで選んでいますね。似たような作品や、同じ作者のものを3冊選ぶというよりも、いろいろな作品があるっていうのを見てもらった方がいいという考えが基本にあります。その方が楽しいんじゃないかなって。
―― 子どもたちにとっても、「こういう絵本を読みなさい」と勧められるよりも、いろいろな絵本があるんだという発見の方が興味を持てるかもしれませんよね。
それはそうですね。バラエティーそのものが「世界の豊かさ」というものと連動するわけだから。
今回選んだこの3冊もそうだけど、僕はノンセンスというものに行く傾向はあります。意味ありげなものはできるだけ避けようとする。
―― この3冊の並びに意味はないけれど、意味がないという部分では共通している。なるほど……。
特に教育的なものっていうのは自分にはできないと思っているから、ノンセンスという点でその3冊には共通点があると思いますけどね。
―― 最後に、せっかくの貴重な機会なので。思いきってもう一つだけ質問をさせていただければと思います。ここ最近、自分でも言葉に対して敏感になっている気がします。乱暴に扱われていると感じたり、一方では絵本の中の何気ないひとことに救われるような気持ちになったり。そんな時代だからこそ、絵本の存在の大きさも感じています。谷川さんは、変化していく時代の中でずっと作品をつくり続けられていらっしゃいますが、今の絵本・言葉を取り巻く状況について思うところはありますか? 質問が上手くまとまってないのですが……
思うどころか……それはもう24時間どっぷり浸って、そのことを考えているということですよね、我々の仕事は。今の言葉のインフレーションというのはきついですね。どうやって少ない言葉で対抗するかということを常々考えていますけど、結構大変なことだと感じています。詩というのは情報ではないですから、いかに情報が大量に押し寄せてきても、詩で対抗することは可能だと思っています。散文、絵本のテキストとなると、言葉の成り立ちがまた全然違うわけだけど。
言葉の問題というのは、今ますます大きくなっているんじゃないかな。いわゆる「フェイクニュース」なんて言葉は、我々が20代の頃はなかったですし、考えてもいなかった。そういうものがまかり通るようになっちゃった。言葉の基本的な意味の喪失みたいなところがありますよね。
だから逆にいうと「ノンセンスが面白い」と僕は思っちゃう。あんまり意味にこだわって、意味で悩みたくない。意味のない言葉というのは、どうやってつくれるだろう……絵本の創作の中では、そういう考えになっています。でも、実際はいろいろな企画の仕事を頼まれていますね。今も対照的な2冊が進行中で。一方は意味が重いものでノンセンスとは逆のところのもの。もう一方はノンセンスそのもので。
―― 谷川さんからどんな言葉が出てくるのか、どうしても依頼したくなってしまう編集者の方の気持ちもわかる気がします。
自分の中に違う面があるから、そういう依頼がくるんだと思うんですけどね。絵描きさんの言葉の解釈も多種多様で。そこも面白いですね。この年齢だから、そうはたくさん作っちゃいけないんですけどね。でも依頼があるとついね。ついのっちゃう(笑)。
―― ああ、それは一読者としては嬉しい限りです。まだまだ新しい絵本を読みたいと期待しちゃっています。最新刊『ちちんぷいぷい』では、50年ぶりに発見された堀内誠一さんの原画に谷川さんが文をつけられて完成した絵本ですよね。
そう。最初に原画を見せてもらった時は、言葉はいらないと思ったくらい、絵が本当に生き生きとしていて……。
『ちちんぷいぷい』についてのインタビューの続きはこちらの記事でしっかり読めます!
―― 今日は、貴重なお話をたくさん聞くことができて嬉しかったです。ありがとうございました!
谷川俊太郎さんの「今」の3冊
取材・文 磯崎 園子(絵本ナビ編集長)
編集・看板イラスト 掛川 晶子
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